髄膜腫
1.髄膜腫とは?
髄膜腫とは脳腫瘍の一つです。ひとことに脳腫瘍といっても様々ですが、脳腫瘍のなかでは比較的ポピュラーな腫瘍です。近年の日本脳腫瘍統計では1位で、脳腫瘍の約20数%をしめる脳腫瘍です。脳腫瘍の発生頻度は一般に年間発生率が1万人に一人といわれますから100万人の人口がいれば年間20数人ほどの方がこの病気がみつかる計算になります。しかしながらこれまでの統計は何らかの症状があって見つかった病気の割合が主です。最近は脳ドックの普及により無症状であるにもかかわらず、偶然みつかることも多くなりました。女性に多い腫瘍で、女性ホルモンとの関係も認められています。時に多発することがあります。
2.良性?悪性?
髄膜腫は脳の外側、頭蓋骨の裏側にある硬膜という膜から発生する腫瘍です。つまり脳そのものから生じる腫瘍ではなく、脳の外側に発生して脳を外側から圧迫するできものです。
すなわち、脳を傷つけずに治療できる可能性があります。
髄膜腫はほとんどの場合組織学的には良性です。これはすなわちおとなしいということであり大きくなるスピードが癌などとはちがって遅いということと、転移しないという意味です。まれに急速に大きくなるものも存在し、これらは悪性髄膜腫といわれ、転移することもあります。
3.どんな種類があるの?
髄膜腫は細かく見れば細胞成分の違いで分類することができますがむしろその腫瘍のできる場所によって分類することが大切です。なぜかというと同じ大きさの腫瘍でもできる場所によって治療の難易度が違ってきますし生じる症状も違うからです。
以下に代表的なものを示します。
1)円蓋部髄膜腫
前頭部、側頭部、後頭部といった頭の上半分の頭蓋骨裏側にできる髄膜腫です。(写真1)
写真1:円蓋部髄膜腫
造影MRI前額断 白く浮き上がり脳に食い込むように写っているのが脳腫瘍です。この方はけいれん発作にて発症しました。
2)傍矢状洞髄膜腫
頭の正中(真ん中)線上に矢状洞という脳から心臓に還っていく血液(静脈血)が通る場所があり、これに接して生じる髄膜腫です。広い意味では円蓋部髄膜腫と同じですが、静脈洞に接していることが治療と関係してくるので分けられています。
3) 大脳鎌髄膜腫
大脳は左右1対あり、この左右の大脳を隔てるように大脳鎌という膜が存在しています。この膜にできる髄膜腫です。
4)テント髄膜腫
大脳と小脳や脳幹を隔てるようにしてテントという膜がありこれにできる髄膜腫です。
5)鞍結節部髄膜腫
大きく分ければ頭蓋底髄膜腫に分類されますが、視神経の近くにできる腫瘍で特徴的な症状を呈するので特別に分類されます。(写真2)
写真2 鞍結節部髄膜腫 造影MRI矢状断 造影剤にて白く浮き上がっている丸いものが髄膜腫。この方は視力障害にて発症しました。
6)蝶形骨縁髄膜腫
これも大きく分ければ頭蓋底髄膜腫に分類されます。
7)頭蓋底髄膜腫
頭(頭蓋骨)の下半分(頭蓋底)にできる髄膜腫です。頭蓋底にも前頭蓋底、中頭蓋底、後頭蓋窩とあり、それぞれ症状や治療の難易度が異なります。
8)脳室内髄膜腫
髄膜腫の中では唯一脳の中にできる腫瘍です。摘出するためには必ず脳を切開する必要があります。
4.どんな症状がでるの?
腫瘍のできる場所により症状が異なりますが、全体にいえることは腫瘍が大きくなるほど症状が強くなるということです。また、頭という硬い骨で囲まれた限られた空間に余分なものができるので大きくなるにつれ脳の圧迫症状がでてきます。
どのタイプでもおこる症状
腫瘍がかなり大きくなると脳を圧迫するため、脳圧が高くなり吐き気、嘔吐、頭痛などが生じ特に朝起きたときのほうが症状が強く出ます。
前頭部に腫瘍ができると
小さいうちはほとんど無症状ですが、脳を圧迫するようになるとけいれんをおこすことがあります。非常に大きくなってくると物忘れや認知症のような症状、歩行障害などが生じます。
頭頂部にできると
手や足の麻痺が生じることがあります。けいれんを起こします。
大脳鎌や矢状洞近くにできる髄膜腫では両足の麻痺が生じたりけいれんをおこします。
鞍結節部髄膜腫や蝶形骨縁髄膜腫などでは腫瘍が視神経を圧迫するために視力障害や視野障害が生じます。
後頭蓋窩にできる髄膜腫では比較的症状がでにくく、症状がでたときにはかなりの大きさになっていることが多いです。顔面の知覚障害、顔面神経麻痺、眼球運動障害などがみられます。
5.診断方法は?
ある程度の大きさになるとCTでわかります。石灰化といって腫瘍の中に石のように固くなった成分がある場合にはすぐにわかりますがそのようなものがない場合にはCTで脳の色合いと同じように描出されるため、わかりにくいことがあり見逃されることもあります。造影剤を使えば通常髄膜腫はよく造影されるので脳とはっきり区別され、通常見逃されることはありません。
MRIでも同様ですがCTより感度が高く特に後頭蓋窩など厚い骨に囲まれている部分の診断力に優れています。また、造影剤を使わなくてもCTより感度が高く診断できます。CT同様、造影剤を使うと腫瘍は強く造影されはっきりと描出されます。
脳血管撮影(脳血管造影)などはおもに治療する際に血管と腫瘍との関係をみるときに用いられます。
6.治療は?
髄膜腫は組織学的には大部分が良性です。すなわち、増殖するスピードは遅く、他の部位に転移することはありません。
しかしながら、腫瘍であることには違いないですから多くの場合は長い年月の経過のうちに大きくなっていきます。
症状がでて見つかった場合
この場合は症状の原因を取り除く必要がありますからあまり議論の余地はなく治療が必要と考えられます。
無症状で見つかった場合
この場合は少々難しいです。腫瘍ですから一般的には小さいうちに取り除くほうが治療も簡単ですし合併症発生率も小さくなります。脳を圧迫していれば治療することに異論はないでしょう。しかしながら、腫瘍が脳を圧迫していない場合や、治療が難しい場所にある腫瘍の場合は少し話がかわってきます。
手術が簡単な場合でも必ずいくらかの合併症発生率は存在しますし、手術では皮膚、骨を切るので手術後切ったところがしびれる、頭痛持ちになる、骨が少しへこんだ、などのささいなことが手術後に生じることがありますのでその点は十分に理解しておく必要があります。
手術が難しい場所に腫瘍が見つかった場合、手術後に新たな症状が生じることもあり治療にあたっては十分な理解が必要です。
いずれにしても良性腫瘍とはいえ腫瘍ですから徐々に大きくなりますし、いずれは治療が必要になると考えてよいでしょう。要はどのタイミングで治療を行うかということです。
治療の種類
治療の基本は手術による摘出です。再発を防ぐためには腫瘍を摘出するだけでなく腫瘍の周囲の硬膜をある程度いっしょに摘出する必要があります。
しかしながら、腫瘍のできる場所によっては必ずしも周囲の硬膜を十分に摘出できるとは限りません。
手術以外には放射線療法があります。これには大きく分けて2種類あり、一日あたり少しずつの放射線量を数週間かけて照射する方法と定位的放射線療法(ガンマナイフなど)といって一度に大量の放射線量を腫瘍に絞って照射する方法があります。
手術を行わないで治療できるため理想的にみえますが、放射線により腫瘍周辺の脳が腫れたり、機能障害をおこすこともあり万能ではありません。手術の後に摘出仕切れなかった場所に放射線をあてたり、しゅようの増殖能が高い(悪性度が高い)場合に放射線をあてたりします。もちろん、場合によっては手術を行わずに放射線療法をおこなうこともあります。どちらがよいかは専門の医師とよく相談する必要があります。
治療方法
手術の実際
腫瘍がある場所を特定し、その部分の皮膚を切開します。円蓋部の腫瘍の場合には腫瘍のサイズにあわせて頭蓋骨を切り取ります。骨の下には硬膜がありここに腫瘍が存在します。時に、腫瘍が骨に及んでいることがあります。腫瘍を摘出するとともに腫瘍を取り囲む硬膜をできるだけひろく切除します。腫瘍を摘出する際には顕微鏡を用いて摘出します。特に脳の表面と腫瘍が癒着していることもよくあり、この部分の摘出が難しいです。また、脳の表面の血管と腫瘍がひっついていたり、血管が腫瘍の中に取り込まれていることもあり、このような場合には腫瘍を残さざるを得ない場合もあります。
腫瘍を摘出した後は通常、人工硬膜をあてがいます。骨の裏側には腫瘍が浸潤していることも多いのでその部分を削り取って、骨を元の位置にもどしたり、最初に切り取った骨は戻さずに人工骨やチタンプレートなどで置き換えることもあります。
皮膚を縫合して手術を終了します。
腫瘍の場所によっては硬膜を摘出することができなかったり、腫瘍が脳と強く癒着していて腫瘍の一部を残さざるを得ないこともあります。
治療成績
手術による治療成績は通常腫瘍のできる場所に大きく左右されます。
円蓋部髄膜腫では腫瘍や腫瘍周囲の硬膜を切除できることも多く完全に摘出できる割合は90%以上という報告が多いです。
傍矢状洞髄膜腫や大脳鎌髄膜腫では周囲の血管に腫瘍が入り込んだり、腫瘍が血管をまきこんでいたり、脳と癒着していたりすることが多く、完全に摘出できる割合は60%―70%前後です。
鞍結節髄膜腫などの前頭蓋底腫瘍では腫瘍そのものを摘出できる割合は60%程度ですが、硬膜も摘出できることは少なく、再発する可能性があります。
テント髄膜腫や後頭蓋窩前半部の腫瘍は摘出が難しく、合併症発生率も高くなります。
手術により麻痺などの症状がどの程度改善するかは腫瘍が脳をどのくらい圧迫しているか、脳にどの程度癒着しているか、などさまざまな条件があるため一概にはいえません。
けいれん発作などが手術後も残ることがあります。鞍結節髄膜腫などで視力視野障害がある場合も改善率は50−60%程度です。
いずれにしても症状が生じている期間や程度、腫瘍と脳との関係などによりまちまちです。
個人の状態に応じて違いますので専門の医師に尋ねるのがよいでしょう。
再発率は腫瘍がどの程度摘出できるかにかかっており専門的にはSimpson Grade 分類というものが一般に用いられています。
これは腫瘍がとりきれるかどうか、腫瘍の周りの硬膜や骨の処理ができるかどうかによって分類されています。一般には腫瘍を全摘出できて、硬膜や骨の処理ができた場合10年後の再発率は数%といわれていますが、腫瘍が全摘出できなかったり硬膜や骨の処理ができない場合には10年後には半数近くの症例で再発するといわれています。
7.手術による合併症は?
手術により起こりうる合併症は腫瘍の場所によってまちまちで一概に論じることはできません。
大別すると
- 腫瘍周囲の脳の障害
- 腫瘍周囲を走行する神経の障害
- 腫瘍周囲の血管の障害
- 手術中の出血による合併症
- 脳髄液循環の障害
- 感染症
- 全身麻酔に伴う合併症
- 骨切開、皮膚切開に伴う合併症(美容的な面も含めて)
などがあげられます。
どのような合併症がどのような頻度で起こり得るかは腫瘍の場所や大きさなどによりまちまちですのでそれぞれ専門の医師に尋ねるのがよいでしょう。
8.放射線治療は効くの?
一般に手術後に腫瘍組織の悪性度が高いことが判明した場合や、再発した場合、手術が困難な場合に行われます。
ここでは定位的放射線治療(ガンマナイフなど)について説明します。
定位的放射線治療は頭部を固定し、病巣をMRIやCTなどで計測し一気に集中的に放射線をあてる治療です。詳細は定位的放射線治療の項に譲りますが髄膜腫でもその適応があります。ただし、この治療のみで腫瘍を消失させる(治癒させる)ことは困難です。多くの場合は腫瘍を縮小させる、あるいは腫瘍の増大を引き留める効果をねらっておこなわれます。周辺の脳への影響も考えながら照射量を決める必要があり、治療後に周囲の脳が腫れて一時的に症状が悪化することもあります。手術と同じく合併症もあり後遺障害が生じることもあります。
9.トピックス!
腫瘍栄養血管塞栓術
髄膜腫は通常周囲の血管(とくに硬膜)からの血流が豊富で、手術中には脳外科の手術の中では出血量が多い部類に属します。手術に際しては手術前に血管内手術の手法を用いて髄膜腫を栄養する血管をつぶしておくことがあります。このようにして開頭手術を行うと手術中に腫瘍や腫瘍周囲からの出血が少なくなり、手術の危険が少なくなるだけでなく出血量も減少させることができます。ただし、どんな症例でもできるわけではありません。
手術と自己血貯血
髄膜腫は血管からの血流が豊富なので手術中の出血量は脳外科の手術の中では多い方です。時に輸血が必要になることもあります。輸血に際しては通常同種血輸血といっていわゆる献血でえられた血液を輸血しますが、あらかじめある程度の出血量が予測される場合には手術に先立って事前に自分の血液を採っておいておく(貯血)ことがあります。この血液を手術中に戻し輸血するわけです。これにより輸血の危険性を減らすことができます。
ただし、貯血を行うと当然の事ながら貧血になりますし、体の状態によっては貯血できないこともあります。貧血を防ぐ薬もありますが、保険適応の条件が厳しく使えないことも多いのでこの手法が必ずしもよいとはいえません。また、貯血中の血液が感染したりする危険性もありますので万能ではありません。
脳ドックと髄膜腫
髄膜腫は脳ドックでみつかる腫瘍の代表例です。脳腫瘍の場合、悪性腫瘍が脳ドックで見つかることは少なくむしろ脳ドックで見つかる腫瘍は良性のことが多いのです。良性とはいえ腫瘍ですから通常は徐々に大きくなります。腫瘍の大きさが小さい場合はすぐに手術する必要はありませんが定期的な画像診断による追跡が必要です。
脳ドックでみつかった髄膜腫をいつどのように治療するかは結局のところ、腫瘍の大きさ、場所と腫瘍による脳の圧迫の程度、腫瘍の大きくなる速度という医学的なことと患者様の社会的、経済的要因から決定するのがよいでしょう。
悪性髄膜腫
髄膜腫は基本的に良性腫瘍ですが、組織学的に悪性のものがあり、これらは急速に増大したり転移したりします。通常これらのものでは、手術によって得られた組織から悪性度を判定し放射線療法が必ず必要になります。