波形・レポートの講評
2024年認定試験申請で提出された波形・レポートの講評
2024年認定試験が6月2日に実施されます。
認定試験の受験を申請するにあたり提出された波形・レポートを認定委員会にて審査致しました。この結果を講評として公開致します。
受験をされる方だけでなく、日ごろの診療においても参考としていただけますと幸甚です。
【脳波分野】
てんかん性放電(棘波・鋭波・棘徐波複合など)の定義
てんかん性放電すなわち棘波(spike)・鋭波(sharp wave)は通常後続徐波(afterslow/post-spike slow)を伴うものであり、伴わないものは鋭一過波(sharp transients)となりてんかんを示唆する所見とはならない。後続徐波を伴わず鋭一過波とすべき波形を棘波と判読しているレポートが散見された。みられる脳波波形がてんかん性放電の定義を満たすのか、あるいは満たさずに鋭一過波とすべきか、日々意識した脳波判読が望まれる。てんかん性放電の定義に関しては、最近の論文(Kural MA et al., Neurology. 2020;94:e2139-47. https://doi.org/10.1212/NE9.0000000000200073)などを参照されたい。また棘徐波複合(spike and wave complex)もてんかん性放電の一種であるが、棘波ないし鋭波が通常3つ以上連続する所見とされる。単発の棘波ないし鋭波に対して「棘徐波複合」と表記しているレポートもあった。脳波分野専門医・専門技術師を目指す場合、てんかん性放電(棘波・鋭波・棘徐波複合など)の定義についての確認が望まれる。
脳波所見と解釈の対応
てんかん性放電(突発性異常)がなく、徐波(非突発性異常)のみの脳波に対して、その徐波から示唆されるのは徐波がみられる部位の「局所機能異常」までであるが、「てんかんを示唆する」と解釈しているレポートがあった。また、例えば側頭部にてんかん性放電がみられる場合、「側頭部から出現する焦点発作」を示唆する脳波所見であるが、「(内側)側頭葉から出現する焦点発作」と解釈しているレポートがあった。頭皮上脳波の判読では、髄液を介して拡散する脳波を記録するため、「側頭部、前頭部」のように「葉」でなく「部」として記載することが望まれる。脳波判読能力の向上を目指す上で、脳波所見とそれに対応する解釈の対応を意識して、トレーニングいただきたい。
疑われる異常に対応する適切な表示モンタージュ
デジタル脳波の普及により、記録時とは異なる様々な表示モンタージュでの脳波判読が可能である。適切なモンタージュを選択することで、適切な診断しいては治療が可能であるが、不適切なモンタージュを選択することで診断を誤るリスクがある。全般性の脳波活動の評価には耳朶を基準とした単極誘導が良いが、average(AV)モンタージュで提示されているレポートもみられた。全般性の(広範な)脳波をAVモンタージュで表示するとあたかも局所性のようにみえ、誤った判読につながる。また側頭部の脳波活動の評価は双極誘導あるいはAVモンタージュが良いが、耳朶を基準とした単極誘導で表示することで全般性と誤った判読となっているものもあった。それぞれのモンタージュの利点・欠点を理解した上での適切な脳波判読が望まれる。
脳波の局在について
全般性の脳波活動を局在性、また逆に局在性のものを全般性、と判読しているレポートがあった。全般性の脳波活動は、通常前頭極部から少なくとも頭頂部にまで及ぶ両側性脳波活動とされる。局在性の脳波活動であれば双極誘導でのphase reversal(位相の反転)やAVモンタージュでの振幅から、その活動の局在・最大点を探す。上述の通り、判読に際しては複数のモンタージュを組み合わせて、全般性か、局在性であればどのような分布か(頭位マップをイメージあるいは実際に記載して)を論理的に考える必要がある。
※ 現在本学会ではHPにあるEラーニングコンテンツが充実しつつあり、特に「脳波判読の実際-正常脳波所見-」、「脳波判読の実際-てんかん性異常-」などは脳波判読を学ぶ上で非常に有用である。脳波分野専門医・専門技術師を目指す申請者にとってもこれらを用いた自己研鑽が推奨される。
【筋電図・神経伝導分野】
皮膚温について
神経伝導検査にとって温度管理は大変重要です。末梢神経伝導検査は、平常時の深部体温より5℃以上低く、外気温により大きな影響を受けやすい四肢末梢部の神経を評価します。温度の低下は神経伝導に様々な変化を起こします。よって、末梢神経伝導検査は四肢の温度管理の指標として、皮膚温を測定することが求められています。「どこ」で測定するか、は、成書にも記載がないものが多いのですが、EAN/PNSによるCIDPのガイドラインでは、手掌33℃以上、外果30℃以上と部位と温度を明記しており、これを参考に出来ます。例年、提出レポートに上肢で36℃以上、あるいは下肢で35℃以上などと、非発熱下ではなかなかあり得ない数値が記載されているものがあります。近年、非接触式体温計で皮膚温を測定することも多くなりましたが、非接触式体温計の体温測定モード(前額部の皮膚温から推定される舌下温を体温として表示するとされています)を用いている可能性が高いと思われます。通常非接触式体温計には表面温度測定モードが付属していますので、皮膚温の測定にはそちらを用いるべきです。また、皮膚温を「書けばよい」というような態度のレポートも認められます。皮膚温は適切な温度管理を行っていることを示すために求められているのであって、大切なのは温度を書くことではなく、温度管理です。もし、血流障害などにより温度管理が不十分にならざるを得なかった場合、その旨をレポートに記載すべきです。
被検筋の選択について
末梢神経伝導検査のルティン検査では、被検筋は定められおり、正常値もそれに従って作成されていると思います。しかし、例えば、下垂足に対する腓骨神経伝導検査では、振幅正常値の変動が大きいEDBだけでなく、脱力のある前脛骨筋を被検筋として追加検査を行うべきです。その他の神経の検査においても、可能な場合は被検筋として脱力がある筋を選んだ検査を追加した方が診断に結びつきやすいと考えられます。
感覚障害と神経伝導について
皮膚の感覚鈍麻は、皮膚の感覚情報が中枢に伝わっていない状態を示します。これが末梢神経由来である場合、感覚神経の伝導障害(軸索変性か伝導ブロックか)を示す所見です。病態が軸索変性であるときに、感覚鈍麻を示す神経において感覚神経活動電位が正常であることは後根神経節より近位の障害を示唆する所見です(伝導ブロックであれば「検査区間より近位」です)。一方で、「しびれ感」は、感覚過敏や異常な感覚神経発火、あるいは時には感覚の中枢性過感作状態を表す病態で、なんらかの感覚異常を示しているに過ぎません。感覚鈍麻の有無を述べずに「しびれと感覚神経活動電位正常」をもって、節前性障害と診断することはできません。そのような推測ができるのは、高度の感覚鈍麻ないし感覚脱失があるにも関わらず感覚神経活動電位が正常な場合だけで、その場合にも言えるのは、1)末梢神経軸索の近位部での伝導ブロック(Waller変性進行前の急性期を含む)、2)節前性障害(後根神経節より近位の神経根での障害)、3)中枢神経での障害、のいずれかであるということにとどまります。
下肢の神経伝導検査に関して
本年度試験におけるレポートには、下肢の伝導検査を求めていませんでしたが、次年度よりそれをレポートの要項に含めたいと思います。長さ依存性の末梢神経障害は下肢から始まるので、障害に対する感度は下肢の伝導検査が鋭敏です。レポートに下肢の伝導検査を含めない受験者が見られましたが、是非とも下肢の伝導検査を習得していただくようお願い致します。
針筋電図記録について
筋電図・神経伝導分野の専門医試験受験申し込み時のレポート提出に際し、「針筋電図においては、線維自発電位/陽性鋭波波形など客観的に判読可能な波形を少なくとも1例分付けるようにして下さい」とお願いしています。これは、試験において非常に基本的な波形判読問題の正答率が予想よりも低いことを鑑み、試験前に指定した波形を適切に判読出来ているか確認させていただく目的で行っています。針筋電図、とりわけ安静時活動ではリズムの評価が大切です。これがわかりやすいように、波形は「ラスター表示」、すなわち連続する複数スイープを上から順に並べた波形で提示していただくことが望まれます。
【術中脳脊髄モニタリング分野】
症例レポート作成時における出力波形
Tc-MEP(経頭蓋電気刺激・運動誘発電位)モニタリングの症例を提出する場合、導出筋を明記し、審査者がベースライン波形、MEP振幅低下時の波形がどれかわかるように明記してください。また、術前・術後または時系列で変化がわかるように提示してください。
波形が小さい、複数の波形がオーバーラップしている、などの理由で波形変化の確認が困難な症例レポートが散見されました。出力される波形が小さすぎないよう、複数の波形がオーバーラップしないように調整してから症例レポートを作成してください。
Tc-MEPの刺激条件の記載
提出されたレポートの中にMEPの刺激強度や刺激間隔の設定の確認が必要な症例が散見されました。本年度試験におけるレポートには、MEP刺激条件を詳細に記載することを求めていませんでしたが、次年度より「刺激強度、刺激間間隔、刺激頻度、連発回数」を記載していただくようレポートの要項に含めたいと思います。
Tc-MEPモニタリングにおける電気刺激強度の設定における注意点
脳外科領域ではTc-MEPモニタリングにおける電気刺激強度の設定は注意が必要です。刺激強度が強すぎる場合、モニタリングしたい部位(病変)よりも深部まで刺激が到達し、手術操作による障害が起こってもMEPが変化しない偽陰性を引き起こす危険性があります。
<刺激強度を設定する際の注意点について>
①刺激の効果を決める大きな要因は電流強度(mA)と刺激幅(msec)の積である電荷(μC)です。安全性と刺激効果の両方を高めるためには、電流強度と刺激幅を最適化することが重要です。経頭蓋刺激における刺激幅の推奨値は0.2msec$301C0.5msecとされていますが、麻酔による抑制が大きい運動誘発電位においては0.5msecが有用です。刺激幅を0.5msecにするとより低い電流強度でより安定した振幅の大きな運動誘発電位を記録することができます。
②強度設定は頭蓋内病変と脊椎脊髄病変を区別しておこなう必要があります。頭蓋内病変に対して強すぎる強度を用いると、モニタリングしたい部位(病変)よりも深部まで刺激が到達し、手術操作による障害が起こってもMEPが変化しない偽陰性を引き起こす危険性があります。その対策として、可能な限り弱い刺激強度でかつ安定した電位の誘発を意識する必要があります。具体的には電位を常に左右両側から同時記録し、刺激対側のみに誘発が限局する強度を目安とします。また、MEPの振幅が小さいと波形消失が起こりやすくなるので、500μV以上の電位でのモニタリングが望ましいと考えます。至適な刺激強度には大きな個人差があります。強度の検討は症例毎に実施してください。
Tc-MEPモニタリングの判定について
提出された症例レポートの中にモニタリングの判定の根拠が明確でないものが散見されました。モニタリングの判定は手術終了時のMEP振幅で判定しますが、アラームレベルの設定(アラームポイント)によってモニタリングの判定が変わります。所属施設によってアラームポイントが異なりますので、症例レポートにはアラームポイントを記載するようお願いします。
手術終了時のMEP振幅がアラームポイント以上であれば判定は ‘negative’ となり、術後麻痺が生じていれば False negative、術後麻痺が生じていなければ True negativeと判定します。一方、手術終了時のMEP振幅がアラームポイント未満であれば判定は ‘positive’ となり、術後麻痺が生じていれば True positive、術後麻痺が生じていなければ False positiveと判定します。また、True negativeと判定される症例で、手術中にMEP振幅がアラームポイントを超えて低下していた場合は<rescue症例>と判断しTrue negative (rescue)と判定します。