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球脊髄性筋萎縮症のオリゴデンドロサイトにおけるシナプス関連遺伝子の異常
-球脊髄性筋萎縮症の発症前から発症初期において、オリゴデンドロサイトは活性化する-

名古屋大学医学部附属病院 脳神経内科 飯田 円

Iida M, Sahashi K, Hirunagi T, Sakakibara K, Maeda K, Iguchi Y, Li J, Ogura Y, Iizuka M, Akashi T, Hinohara K, Sugio S, Wake H, Nakatochi M, Katsuno M.
Dysregulated synaptic gene expression in oligodendrocytes of spinal and bulbar muscular atrophy.
JCI Insight. 2025 Jun 23;10(12):e182123. doi: 10.1172/jci.insight.182123
https://insight.jci.org/articles/view/182123


球脊髄性筋萎縮症(SBMA)は、男性のみが中年以降に発症し、筋力低下や筋萎縮が緩徐に進行する遺伝性の神経筋疾患です。原因は、アンドロゲン受容体(AR)のCAG繰り返し配列が異常に伸長することです。これにより変異ARが運動ニューロンや骨格筋細胞の核内に蓄積し、転写障害を引き起こすと考えられていますが、その詳細な分子メカニズムは解明されていません。

私たちはSBMAの病態を明らかにするために、SBMAマウスモデル(AR97Qマウス)の脊髄を用いて、発症前から進行期に至るまでの4つの時期(3、6、9、13週齢)でシングル核RNAシーケンス(snRNA-seq)を行いました。野生型マウスと比較したところ、各細胞種の中で最も変化が大きかったのはオリゴデンドロサイトでした。オリゴデンドロサイトは、神経細胞の軸索を覆ってミエリン鞘を形成し、軸索の保護や神経細胞の恒常性維持に重要な役割を果たします。解析の結果、AR97Qマウスでは発症前から病初期(3〜9週齢)にかけて、オリゴデンドロサイトでシナプスやイオンチャネルに関連する遺伝子が上昇しており、異常な活性化が起こっていると考えられました。一方、進行期(13週齢)ではこれらの遺伝子の発現は低下していました。さらに、バイオメディカルデータ解析支援活動において行なっていただいた共発現遺伝子ネットワーク解析(hdWGCNA)でも同様の結果が得られ、SBMAのオリゴデンドロサイトでは病初期にシナプス伝達に関わる遺伝子群が上昇し、進行期には低下することが示されました(図1)。

次に、オリゴデンドロサイトの実際の活動を調べるために、AAV(アデノ随伴ウイルス)を用いてオリゴデンドロサイト特異的にカルシウムセンサーであるGCaMP7sを発現させたマウスを作製しました。二光子顕微鏡で観察すると、AR97Qマウスではオリゴデンドロサイトの活動が野生型に比べてより頻繁に起こっており、異常に活性化していることが確認されました。さらに、オリゴデンドロサイトとニューロンの共培養実験を行ったところ、AR97Qを発現しているSBMAオリゴデンドロサイトと培養したニューロンでは、ニューロンの活動性と同期性が上昇しており、SBMAオリゴデンドロサイトがニューロンのネットワーク活動を乱している可能性を示唆していました。

本研究により、SBMAの早期病態においてオリゴデンドロサイトが重要であると考えられました。SBMAの発症前からオリゴデンドロサイトは異常活性化し、ニューロンの活動に影響を与えていると考えられました。イオンチャネルやシナプス関連遺伝子の異常は、将来的に治療標的となる可能性があります。


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