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非典型的4リピートタウオパチーを伴う右側頭型前頭側頭型認知症症例におけるMAPT遺伝子イントロン9の新規スプライシング変異

大阪大学 大学院医学系研究科 精神医学 森 康治
東京都医学総合研究所 長谷川 成人 (被支援者)

Mori K, Shigenobu K, Beck G, Uozumi R, Satake Y, Suzuki M, Kondo S, Gotoh S, Yonenobu Y, Kawai M, Suzuki Y, Saito Y, Morii E, Hasegawa M, Mochizuki H, Murayama S, Ikeda M
A heterozygous splicing variant IVS9-7A>T in intron 9 of the MAPT gene in a patient with right-temporal variant frontotemporal
dementia with atypical 4 repeat tauopathy.
Acta Neuropathol Commun., 11: 130, 2023, 10.1186/s40478-023-01629-3


 前頭側頭型認知症(前頭側頭葉変性症)は、脳の前頭葉や側頭葉の神経変性により、人格変化や行動障害、言語障害などが出現し、緩徐に進行していく病気です。臨床的には3つのタイプに分類され、これらのうち行動異常型前頭側頭型認知症と意味性認知症は国の指定難病となっています。しかし前頭側頭型認知症のうち、右側頭葉に強い病変がある一群の位置づけは現行の臨床診断基準の中で明確に定められていません。最近の研究によれば、この一群は典型的な行動異常型前頭側頭型認知症や左側頭優位型の意味性認知症とは異なる特徴をもつ可能性が考えられています。

 本論文では、上記のような右側頭葉に強い病変をもち、人格変化、行動障害、言語障害をきたした一人の患者さんの詳細な臨床経過を記載しました。池田学博士、繁信和恵博士らの診察により、この患者さんはかなり症状が進行してからも意味記憶の障害が比較的軽いという特徴があることが明らかになりました。亡くなられた後、ご家族のご篤志により病理解剖が行われました。CoBiA 「ブレインリソースの整備と活用支援活」班長・研究支援分担者である村山繁雄博士らによる死後脳の神経病理学的解析では、脳の中の側頭葉、扁桃体、黒質という部分を中心に4リピートタウタンパク質が多量に蓄積していました(4リピートタウオパチー)が、3リピートタウタンパク質の蓄積はみられませんでした。長谷川成人博士らが脳から抽出したタウ繊維のウエスタンブロットを実施したところ、4リピートタウオパチーの一つである皮質基底核変性症によく似たパターンが確認されました。一方で顕微鏡レベルでの観察では代表的な4リピートタウオパチーである進行性核上性麻痺や皮質基底核変性症でみられるtufted astrocyteやAstrocytic plaqueは見つからず、本症例は非典型的な4リピートタウオパチーであると考えられました。

 次にタウタンパク質をコードする遺伝子(MAPT)に異常がある可能性について調べてみたところ、既知の病原性遺伝子変異は見つかりませんでした。しかしイントロン9の中のエクソン10との境界付近のポリピリミジン(T, C)鎖領域に、これまでに報告のない遺伝子多型(MAPT IVS9-7A>T)がみつかりました。培養細胞を用いてスプライシングアッセイを構築し検討したところ、この新規多型がタウ遺伝子のスプライシング異常を引き起こしてエクソン10の挿入を促進し、3リピートタウタンパク質の産生を減らす一方で4リピートタウタンパク質が選択的に産生されるようになることが明らかになりました。

 以上のように本研究では臨床-病理-分子生物学の連携により、右側頭型の前頭側頭型認知症と分類される症例で新たに見つかったタウ遺伝子イントロン多型がスプライシング異常を通じて非典型的な4リピートタウオパチーを引き起こす新規病原性変異であることを明らかにしました。タウのスプライシングは古くから多くの研究が積み重ねられてきましたが、本研究によりこれまであまり注目されてこなかったイントロン9とエクソン10の境界部分の重要性が示唆されました。なお本変異は以下の国際的データベースにも登録されました。
https://www.alzforum.org/mutations/mapt-ivs9-7at

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