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1日当たり1時間の歩行と1週間当たり5時間の運動が心不全死亡リスクの低下と関連

筑波大学医学医療系 山岸 良匡

Kushima T, Yamagishi K, Kihara T, Tamakoshi A, Iso H
Physical activity and risk of mortality from heart failure among Japanese population
J Atheroscler Thromb, 29(7): 1076-1084, 2022, doi: 10.5551/jat.62843
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jat/29/7/29_62843/_article

本研究のポイント

  • 運動等の身体活動は、心血管疾患や冠動脈心疾患の発症リスクとの間に逆相関があることがこれまでに示されており、欧米諸国の報告では、身体活動と心不全発症リスクとの間の関連も示されていますが、これまでに、アジア人における身体活動量と心不全リスクの関係について報告した研究はありませんでした。
  • 本研究では、日本人を対象とする大規模コホート研究であるJACC Study(Japan Collaborative Cohort Study)において、日本国内の一般住民約11万人に1日当たりの歩行時間と1週間当たりの運動時間を尋ね、約20年間追跡調査を行った結果、1日当たり1時間以上の歩行と1週間当たり5時間の運動が、心不全による死亡リスクの低下と関連することを報告しました。
  • 長期間にわたり歩行や運動習慣を継続することで、心不全の発症予防と死亡リスクを低下させることが期待できます。

研究の内容

 今回、日本人集団における運動等の身体活動量と心不全による死亡の関連を報告しました。本研究成果は、日本動脈硬化学会の学術誌「Journal of Atherosclerosis and Thrombosis」に公開されました。

 これまでに、運動等の身体活動が、血圧値の低下やインスリン感受性の向上、HDLコレステロール値の上昇などに影響を及ぼすことが報告されています。また、海外の報告では、身体活動量と心不全発症リスクとの間の逆相関が示されています。一方で、これまでアジア人に関する身体活動量と心不全リスクとの関係についての報告した研究はありませんでした。
 今回の研究では、JACC Studyの参加者のうち、1988年から1990年の間に日本全国45地域の40歳から79歳の110,585人を対象にアンケート調査を実施しました。アンケート調査では、身体活動量に関する項目として、

  • 1日当たりの歩行時間(室内または戸外で歩かれる時間は1日平均して、1.1時間以上 2.30分〜1時間以上 3.30分位 4.ほとんどしない)
  • 1週間当たりの運動時間(スポーツや運動は平均して1週間でどのくらいされますか。 1.5時間以上 2.3〜4時間 3.1〜2時間 4.ほとんどしない」)

を調査しました。
 解析の対象者は、アンケート調査時点で脳・循環器疾患等の既往のある方や身体活動量に関する情報がない方等を除いた86,838人でした。
 1日当たりの歩行時間を0.5時間、1週間当たりの運動時間を1〜2時間と回答したグループを基準として、そのほかのグループの追跡期間中の心不全による死亡リスクを比較しました。解析では、年齢、BMI、喫煙状況、飲酒状況、職種、魚の摂取量、その他の身体活動量について統計学的に調整し、これらの影響を取り除くようにしました。
 約20年間の追跡調査中、対象者のうち994人の心不全による死亡を確認しました。1日当たりの歩行時間を0.5時間と回答したグループと比較して、1時間以上と回答したグループでは、心不全による死亡リスクが男性で24%、女性で22%低いことが示されました。また、1週間当たりの運動時間を1〜2時間と回答したグループと比較して、5時間以上と回答したグループでは、男性で、心不全による死亡リスクが38%低いことが確認されました。
 なお、アンケート調査時点で身体活動量が少ないと回答したグループの中には、回答時点ですでに心不全等の疾患を発症していたために身体活動量が少なかった方が含まれている可能性が考えられます。このため、アンケート調査時点から5、10、15年以内に心不全で死亡した方を除外し解析したところ、女性の歩行時間では除外しない場合と同様の傾向であった一方、男性の歩行時間及び男女それぞれの運動時間では、死亡リスクの低下との関連が見られなくなりました。

本研究成果の意義

 本研究の結果から、1日当たり1時間以上歩行すること、1週間当たりの5時間以上運動することにより、心不全による死亡リスクが低下する可能性が示されました。これらの結果は、これまでに欧米で報告されているものと矛盾しないものです。これまでの研究では、運動が、交感神経の抑制や、血圧値の低下、インスリン感受性や血中コレステロールの改善に寄与すること、また、冠動脈疾患のリスクを低下することが報告されており、これらの影響により心不全による死亡リスクが低下した可能性が考えられます。
 一方で、アンケート調査時点から5、10、15年以内に心不全で死亡した方を除外して解析したところ、女性の歩行時間以外の身体活動と心不全による死亡リスクの関連が見られなくなりました。このことから、身体活動が少ないと回答した方の中に、アンケート調査時点ですでに心不全等の疾患があったために心不全死亡との関係が見かけ上生じた可能性が考えられます。
 また、アンケート調査時の心不全の既往を調査しておらず解析から除外できていないことや、追跡調査中に死亡統計における心不全の診断方法に変更があり1995年以前は不正確である可能性があること、身体活動量が自己記入式であり正確な身体活動量を推定できていない可能性があることが本研究の限界として挙げられます。
  しかしながら、アンケート調査時点から15年以内に心不全で死亡した者を除外しても、女性での1日当たり1時間以上歩行するグループでは心不全による死亡リスクが低かったことから、長期間にわたり歩行や運動習慣を継続することで、心不全の発症予防と死亡リスクを低下させることが期待できる可能性があります。

【グラフ】