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心身相関に関与するストレスマーカー候補の発見
―尿中コルチゾール/コルチゾン比と自覚ストレス、および抑うつとの関連―

佐賀大学医学部附属病院 薬剤部
島ノ江 千里

Shimanoe, C., Matsumoto A., Hara, M., Akao C., Nishida, Y., Horita, M.,Nanri H., Higaki, Y., Tanaka, K.
Perceived stress, depressive symptoms, and cortisol-to-cortisone ratio in spot urine in 6878 older adults
Psychoneuroendocrinology, 2021, 125: 105125, doi: 10.1016/j.psyneuen.2020.105125
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0306453020305485

ポイント

  • 日常生活における心理社会的ストレスや抑うつなどの精神健康は、心血管疾患や2型糖尿病などの身体疾患との関連が報告されていますが、生物学的メカニズムは完全には理解されていません。
  • 主要なストレスホルモンであるコルチゾールは、代謝調節、炎症、血圧、血糖コントロールなどにも関与しています。したがって、コルチゾールを介して精神健康と身体疾患が関連する可能性があります。
  • 11β-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ(11β-HSD)は、活性型のコルチゾールを不活性型のコルチゾンに変換する酵素(11β-HSD2)です。したがって、尿中のコルチゾールとコルチゾンの比率は、体内でのコルチゾールの活性化、および不活性化の調節機構を反映する有望なバイオマーカーであると考えられています。
  • 本研究は、一般住民約7000名の尿中コルゾールとコルチゾンを測定し、コルチゾール/コルチゾン比が高いと自覚ストレスが高く、一方、抑うつとの関連はみられないことを報告しました。
  • 今回の研究成果により、ストレスマーカーとして、尿中のコルチゾール、コルチゾン比が有用である可能性が示唆され、精神健康が身体疾患に関連するメカニズムにおいて、11βHSD2 がどのように寄与しているかについて、今後の更なる研究が期待されます。

研究の内容

佐賀大学医学部附属病院 島ノ江千里教授は、佐賀大学医学部 社会医学講座 田中恵太郎教授、原めぐみ准教授、松本明子講師らと共同で、11β-HSD2の活性を反映する尿中コルチゾール/コルチゾン比が、自覚ストレスと関連することを報告しました。

これまでに、精神的な不健康が身体疾患に関与する生物学的なメカニズムはよくわかっておらず、身体疾患に関連するストレスマーカーは、精神的な不健康による身体疾患のリスクを客観的に評価する指標として活用できる可能性がありますが、有用なバイオマーカーは見つけられていません。

コルチゾールは、生体における恒常性を保つための重要なストレスホルモンとして知られていますが、日内変動があることから、これまで主に急性ストレス反応などの評価に用いられてきました。活性型のコルチゾールと不活性型のコルチゾンの比は、グルココルチコイド活性化酵素(11βHSD)の調節状況を反映すると考えられており(図1)、メタボリックシンドロームなどとの関連も報告されています。しかしながら、高齢者におけるコルチゾール/コルチゾン比と精神健康との関連については明らかにされていませんでした。


図1.コルチソールとコルチゾンの変換を調節する酵素(11βHSD)

本研究は、日本多施設共同コーホート研究(J-MICC study)の参加者(45~74歳)約7000名の尿中グルココルチコイド類(コルチゾールやコルチゾン)を測定し、コルチゾール/コルチゾン比と自覚ストレス、および抑うつとの関連について検討しました。尿中グルココルチコイドの濃度に影響する可能性がある性、年齢、採尿時間、クレアチニン値、喫煙、身体活動、睡眠時間、および身体的健康状況(BMI、疾患の有無[糖尿病、脂質異常症、高血圧症])などの影響を考慮しても、日常生活における自覚ストレスが高いとコルチゾール/コルチゾン比が高いという関連がみられ、この関連は、コルチゾールのレベルが低い対象者で顕著でした(図2)。一方、抑うつの高さは、コルチゾール/コルチゾン比との関連はみられませんでした。


図2.コルチゾールレベルによるコルチゾール/コルチゾン比と自覚ストレスとの関連

研究成果の意義

今回の結果は、日常生活における自覚ストレスが高いとコルチゾール活性を調節する酵素である11βHSD2が低下している可能性を示唆する初めての報告となります。また、自覚ストレスとは異なり、抑うつとコルチゾール/コルチゾン比の関連がみられないこともわかりました。今後、活性型のコルチゾールからコルチゾンへ不活化する酵素(11β-HSD2)の調節不全を反映する尿中コルチゾール/コルチゾン比と身体疾患との関連を明らかにすることで、11βHSDに着目した創薬研究や心と身体がつながるメカニズムを解明するためのエビデンスとして役立てることが期待されます。

謝辞

本研究の遂行にあたって、コホート・バイオリソース支援(日本多施設共同コーホート研究; J-MICC studyによるdataおよび尿試料の提供)をいただいたことに心より感謝申し上げます。また、本研究は、科研費(基盤C)「生活習慣病のリスクを予測する精神ストレスマーカーの疫学的検討」、「エピゲノムワイド関連分析による疾患予防のための精神ストレスマーカーの探索」(研究代表者 島ノ江千里)の研究支援を受けて行ったものです。


日本多施設共同コーホート研究(J-MICC study) http://www.jmicc.com/
J-MICC studyは2005年に開始され、10万人以上の一般の方々の協力を得て、20年にわたり日本人の生活習慣や遺伝的要因が疾病とどのように関連しているかを明らかにすることを目的としている医学研究です。
(主任研究者:名古屋大学大学院医学系研究科 予防医学分野 若井 建志教授)

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