脳神経外科医になるためのステップ

新井 一
順天堂大学 医学部 脳神経外科
(社)日本脳神経外科学会 卒後教育委員会委員長

脳神経外科医は、脳神経疾患領域の広い範囲にわたって、その予防、救急対応、診断、外科的・非外科的治療、周術期管理、リハビリ、長期予後管理などを一貫して担当しています。外科的治療を行う場合、繊細で複雑な神経組織に何らかの形で侵襲を加えることになるため、当然のことながら脳神経外科医には高度な外科技術が求められます。しかし同時に、脳神経疾患全般に関する広くかつ深い知識を備えることによって初めて、一人の患者さんをその診断から治療、そして長期健康管理に及ぶまで包括的に診療することが可能になるのです。このようなことから日本脳神経外科学会では本邦でいち早く「専門医制度」を発足させ、良質の専門医を養成してきました(日本脳神経外科学会ホームページ )。本稿では、どうすれば「脳神経外科専門医」になれるのか、そもそもどういう医師が脳神経外科医としてふさわしいのか、などについて解説させていただきます。

1.「脳神経外科専門医」になるための研修と手続き

卒後2年間の初期臨床研修を終了した後に、脳神経外科に関する専門的な研修を4年間受けることが必要です。この4年間の研修については、従来は脳神経外科学会認定の「専門医訓練施設」で行うことになっていましたが、平成23年度からは制度が変更され学会認定の「研修プログラム」のもとでの実施になります。

平成23年度からの新制度では、脳神経外科専門医に求められる到達目標が明確に定められており、この到達目標を達成するに充分な条件を満たしていると認定された「研修プログラム」のもとで専門医研修が行われることになります。「研修プログラム」は複数の病院群によって形成されますが、今のところ全国に100前後の「研修プログラム」が誕生する見込みです。

「研修プログラム」での専門医研修を修了すると、専門医認定試験の受験資格が得られます。専門医認定試験は毎年夏に行われますが、受験生は筆記試験と口頭試問の両方を受けなくてはなりません。専門医認定試験に合格すると、「脳神経外科専門医」となります。

専門医になるのは最短で卒後6年ということですが、この間、海外留学や大学院入学などのオプションもあります。

卒業から専門医認定試験合格までの流れ(平成23年度以降)

2.「脳神経外科専門医」になったあとは?

「脳神経外科」の領域は、バリエーションに富んでいます。脳卒中、頭部外傷、良性・悪性の腫瘍、脊髄・脊椎疾患、末梢神経疾患、てんかん、難治性疼痛、パーキンソン病、認知症、先天異常、感染症など神経系に発生する多種多様の疾患が対象になります。

これら全体を守備範囲とする「総合的脳神経外科医」を目指すのか、一部の分野に特化した「専門中の専門医」を目指すのかは、本人の考え方や周辺の状況によります。多くの専門医は「得意分野」を持ちながら「全般的に対応できる」脳神経外科医として、本邦の脳神経外科診療を担っています。

3.「脳神経外科医」になりたいけれど・・・Q & A.

* 若手専門医(資格取得3年目)からの回答

Q1.脳神経外科に向いているのはどの様な人間でしょうか?

A.脳神経に興味がある人、責任感があり真面目な人、冷静な人。

Q2.脳神経外科の手術は手先が器用でなければ出来ないのでは?

A.器用さよりも、知識と計画(治療戦略)が重要なようです。野球の守備でいうと、ファインプレーよりも、エラーや後逸しないことが大事かと思います。

Q3.脳神経外科の研修はきつくはありませんか?

A.緊急呼び出しも多く、肉体的にきつい面もありますが、特別頑強な体が必要なわけではありません。むしろ診断や治療法などの進歩が著しく、日々勉強することが重要です。やりがいはあると思います。

Q4.術者として一人前になるのには何年くらいかかりますか?

A.最近は手術手技も高度なものを要求されており、何をもって一人前の術者とするかは難しいですが、脳神経外科医として最低限の緊急処置や救急手術は5〜6年で概ね可能になります。

Q5.専門医試験は非常に難しいと聞いていますが?

A.脳を含めた神経系を扱うため多くの知識が要求され、ある程度ハードルが高いのは仕方ないですし、そうあるべきでしょう。

Q6.脳神経外科医はとても忙しいと聞いていますが?

A.忙しいですが、慣れてきます。チーム医療を行っており、年齢など立場によって忙しい内容が変わってくるようです。勤務施設によっても色々と思います。

Q7.日本では脳神経外科医が不足しているのでしょうか?

A.外国と比べて脳神経外科専門医の数が多いようです。しかし、日本では外国と異なり、診断から血管撮影などの検査、外傷や脳卒中の治療全体から頭痛、めまいなどの初診患者さんまで「神経の専門家」として幅広く対応しています。小中規模の病院ではとくに少ない人数でカバーしており、脳神経外科医の不足がめだつのが現状です。

Q8.女性でも可能でしょうか?

A.実際に女性で活躍されている方も多く、可能だと思いますし、最近増加しているようです。女性の方が向いている場合もあるようです。

Q9.脳神経外科で開業することができるのでしょうか?

A.可能ですし、実際開業されている方もいらっしゃいます。普通に勤務していると頭痛などに対する内科的な知識も得ることができます。

Q10.脳神経外科医となっていいと思えることは何でしょうか?

A.興味のある脳神経やその機能に直接的にも間接的にもあらゆる方面からアプローチすることが可能なこと。日本では、脳神経の分野で脳神経外科の占める役割が大きいこと。新しい治療法が開発できること。人を助けているという実感が大きいこと。

* 広報委員長からの回答

Q1.脳神経外科に向いているのはどのような人間でしょうか?

A.本人がやりがいをもてる点では脳、脊髄、神経とその疾病に興味がある方が向いていると思います。患者さんを幸せにできるという点では人に優しく、責任感が強い方が向いていると思います。診療全般をとおして人間味があり、かつ冷静な判断ができることが求められます。

Q2.脳神経外科の手術は手先が器用でなければ出来ないのでは?

A.「手先が器用」なことはよいことですが、本当に重要なことは「頭が器用」なことだと思います。疾患と病態、治療オプションを熟知した上で柔軟に考え、正しく判断し、注意深く治療する必要があります。このような知力や技術を養うのが「脳神経外科の研修」です。

Q3.脳神経外科の研修はきつくはありませんか?

A.詳しく比較したわけではありませんが、他の外科系研修と同程度と思われます。特別な体力が要求されるわけではありません。研修の内容は施設によっても差があります。研修医によると「ハードな施設」ではそれなりに豊富な経験を積むことができ、逆に「楽な施設」では丁寧に指導され、勉強する時間もあり、身につくことが多いとのことです。複数の施設をローテートする研修プログラムが用意されています。いずれにしろ研修は患者さん中心という診療習慣を身につける基盤となります。

Q4.術者として一人前になるのには何年くらいかかりますか?

A.穿頭術など簡単な手術では研修初期から術者となります。4年間の研修終了時には一般的開頭法がマスターされます。顕微鏡手術は研修中に修練を始め、研修後期に比較的安全な顕微鏡手術の術者となり、一般的には卒後10年位で通常の顕微鏡手術がこなせるようになります。

Q5.専門医試験は非常に難しいと聞いていますが?

A.専門医試験は中小規模の病院の部長が務まるレベルを基準としています。診療責任者としての資格ですのでそれなりに難関です。ただし、学会認定の施設で研修し、受験準備された方は最終的にはほとんど合格します。この資格は研修を堅実にこなし、独立して脳神経外科の診療ができる知識と診療能力を備えた証として高く評価されます。

Q6.脳神経外科医はとても忙しいと聞いていますが?

A.忙しさは勤務する施設や担当する領域により異なりますが、4〜5割の専門医は「やや忙しい」、2〜3割は「非常に忙しい」と述べています。領域でいえば血管系や外傷系では救急患者が多く、脊椎や機能系外科、脳ドックでは少なく生活は規則的になります。これまでは社会的必要にせまられ救急関係の領域が発展してきましたが、今後かなり変貌するものと見込まれています。脳神経外科はかつて喧伝されたような重症、緊急手術、長時間手術の時代から軽症、予定手術、低侵襲短時間手術の時代に様変わりしつつあります。脳神経外科医の生活の中で休暇や余暇も重要な位置を締めています。

Q7.日本では脳神経外科医が不足しているのでしょうか?

A.不足しています。欧米ではそれぞれの学会が専門医の数を「制限」してきましたが、本邦では逆に「できる限り多く」の脳神経外科医を育ててきました。それでも本邦の5〜6割の施設では脳神経外科医が「やや不足」、1〜2割では「極度に不足」し、「ほぼ適正」とみなされる施設は2〜3割です。(平成17年の学会調査)

日本は世界でまれなほど脳神経外科が進歩、発展した国です。このような体制を維持し、さらに前進させるにはなお多くの人材を必要としています。

Q8.女性でも可能でしょうか?

A.もちろんです。アカデミックな外科です。女性、男性、変わりありません。とくに最近の女性の若手専門医の台頭には目を見張るものがあります。(表1)彼女らによるとこの領域は女性に向いており、活躍しやすいとのことです。

表1.女性の脳神経外科専門医の増加(平成17年の学会調査、回収率約50%)

卒業年 〜S39 S40〜44 S45〜49 S50〜54 S55〜59 S60〜H1 H2〜H6 H7〜
女性専門医 1
(0.6%)
0
(0%)
4
(1.9%)
3
(1.0%)
7
(1.3%)
10
(2.1%)
17
(3.6%)
18
(7.4%)
全専門医 154 132 210 290 537 481 471 243

Q9.脳神経外科で開業することができるのでしょうか?

A.できます。脳神経外科の開業は「意外な穴場」といわれます。専門医の1割弱が開業しています。一部の有床診療所を除くと本格的な手術はおこなわず、神経系疾患についての診断や保存的治療が中心となります。専門的知識と実際の手術経験が患者さんからの信頼につながっているようです。

Q10.脳神経外科医となっていいと思えることは何でしょうか?

A.脳神経外科は人の人としての存在と活動の原点である脳や脊髄を直接みて、触れて、治す分野です。そのため常に神経科学や医療技術の最先端とともに歩み、進歩しており、これを実感できることは大きな喜びとなります。また対象が広く、神経学はもとより内科、小児科、外科、産婦人科などを含めた全身の疾患や機能と関係しています。診療と研究、勉学をとおして多くの人に信頼され、また人間を深く考え、深く知ることができます。

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