脳神経外科とは
橋本信夫
国立循環器病センター 総長
(前日本脳神経外科学会理事長)
脳神経外科とは脳、脊髄、末梢神経系およびその付属器官(血管、骨、筋肉など)を含めた神経系全般の疾患のなかで主に外科的治療の対象となりうる疾患について診断、治療を行う医療の一分野です。脳神経外科的治療の対象になるか否かは、それぞれの時代により異なります。したがって、対象疾患として扱う病気は必ずしも固定されたものではありません。従来外科的治療がなされてきた疾患が医学の進歩のなかで手術を行わずに治療できるようになったものもありますが、かつて治療の対象にならなかった疾患や病態が手術によって治療できるようになったものもあり、総体としてみれば治療対象は確実に増えているといえます。
英語ではneurosurgery、neurological surgery, surgical neurologyなどと表現されています。日本語に直訳すれば神経外科の方が正確ですが、本邦では神経と精神という言葉が混同される傾向があり、神経外科では精神病を手術で治すという誤解を生むおそれがあることなどから、脳・神経外科とされました。しかし昭和40年に標榜科として正式に認可されるときに、脳・神経外科という表現は認められず、脳神経外科となった経緯があります。脳神経とは脳幹から12対出ている神経 (cranial nerve)を意味するので、文字通り読めば脳神経の外科となってしまいますが、そのような誤解は一般的には起こりませんでした。12対ある脳神経というのは、かなり専門的な知識であるためと思われます。一般的には脳外科という言い方がされますが、脊髄や末梢神経も対象疾患であるということを意識すれば、脳神経外科の方が適切だと思います。アメリカでは脳神経外科手術の8割が脊椎・脊髄の手術であり、脳外科は脳神経外科の一部とさえ言える状態です。ちなみに、中国、台湾、韓国では神経外科と呼ばれています。
脳神経外科の歴史については、新石器時代の頭蓋にすでに人工的に穴があけられていたり、また南米ペルーのインカでは盛んに脳手術が行われていたことなどは有名ですが、現在の脳神経外科の手術に直接結びつくものではありませんでした。近代の脳の外科は主にヨーロッパで脳生理や脳解剖の発達に伴って発展してきたものです。19世紀後半にイギリスやドイツ、フランスなどで芽生えてきた脳神経外科は、やがて米国のHarvey Cushingによって大きく花開きました。Cushingの名前は、クッシング病などであまりにも有名です。脳神経外科の発展に大きく貢献した診断技術法として、1927年ポルトガルのMonizによる「脳血管撮影」、1929年Hans Bergerによる「脳波」の発見、近年では1971年G.N.Hounsfieldによる「コンピュータ断層撮影」の開発などがあげられます。その後のMRIや他の神経放射線学的診断法の発展は爆発的と言っても過言ではありません。画期的な脳神経外科手術の開発としては、1960年代の手術用顕微鏡の導入によるマイクロサージェリー(microsurgery)があげられます。その開発、発展はチューリッヒのG.Yasargilの貢献によるところが大きく、脳神経外科手術の安全性と有効性は手術用顕微鏡を用いることによって飛躍的に向上しました。それは現在の脳神経外科手術の多くが顕微鏡下で行われていることからも明らかです。
日本においては明治時代から先駆的な脳の外科的治療が行われてきましたが、現在の脳神経外科は第二次世界大戦前後に脳神経外科の確立に情熱を注いだ優れた指導者達のもとで育ったといってよいと思います。脳神経外科を専門とする医師達が脳神経外科という独立した診療科として診察を開始したのは昭和40年前後です。この頃は自動車の急速な普及によって交通事故による頭部外傷が多発し、交通戦争として社会的に大きな問題となりました。既存の大学医学部に脳神経外科が設置され、全国に脳神経外科を標榜する救急病院が多数開設され、交通外傷の治療にあたりました。やがて新設医科大学にも隈なく脳神経外科講座が設置されました。昭和41年には脳神経外科認定医制度が発足し、現在までに約6,000名の専門医が誕生しています。交通外傷の治療ということで全国隈なく展開された脳神経外科施設は同時に脳卒中医療に大きく貢献し、現在、日本全国どこででも脳卒中の外科的治療を受けることができます。これは医療先進国において必ずしも可能なわけではなく、米国などでは急性期くも膜下出血症例を何百キロも離れた施設に運ばざるを得ない地域が少なからずあります。また現代の脳神経外科の恩恵を受けられる国はむしろ少数で、多くの国では脳神経外科施設および専門医があまりにも少ない状態にあります。
脳神経外科的疾患とその治療方法に関しては、脳の特殊性ということに対する認識が必要です。脳の重さは1300−1400gで、体重のおよそ2%に過ぎません。しかし酸素消費量は全身の20−25%を占め、幼児では50%にも上ります。このために体重の2%に過ぎない脳は心博出量の15%の血液を必要としています。脳に血液が行かなければ、数秒で意識を喪失し、数分で神経細胞は死んでしまいます。このように大量のエネルギーを消費する脳においては間断なく多量の血液の供給を必要とします。常に一定のエネルギー源(ブドウ糖)と酸素の供給を受けるために、脳の特殊機能として自己調節能(autoregulation)があります。すなわちある範囲内では血圧の変動などがあっても常に脳に一定の血流が保たれるよう、あるいは必要な酸素が供給されるような調節能力があります。したがって、この調節能が障害されると脳は恒常性を維持できず、大きなトラブルの原因となります。もうひとつの特徴は、血液脳関門(blood-brain barrier, BBB)の存在です。これは脳に有害な物質が毛細血管壁を通過して脳の神経細胞などに接触するのを防ぎ、また水の通過をコントロールしています。BBBによって脳は保護されているわけですが、逆に薬がBBBを通らないなどの理由で治療を困難にしている面もあります。またBBBが障害されるといろいろな不都合が起こってきます。脳は頭蓋骨によって保護されていますが、これは脳は半閉鎖腔の中に存在するということもできます。すなわち、半閉鎖腔内においてVolume=脳+血液+脳脊髄液+αとなります。容積は一定で、脳も一定の容積とすると、血液が増える、脳脊髄液が増える、α(血腫、腫瘍など)が増えるなどによって頭蓋内圧が亢進します。また脳がはれる(脳浮腫)ことも頭蓋内圧亢進の原因なります。頭蓋内圧が著しく亢進し、血圧と同じ圧になればもはや脳に血液は行かなくなります。また頭蓋内圧が亢進すると脳が下方に押し出され、脳ヘルニアという状態になり、脳幹機能が失われて死に至ります。
最後に、中枢神経系の際立った特徴として、脳・脊髄の神経細胞は再生能、増殖能が事実上無いとされており、一度死滅した神経細胞は再生しないということがあげられます。このことがひとたび障害された神経機能の回復を難しくする原因となっていますが、後に述べるように近年、神経細胞の再生能、正確には神経幹細胞の存在、が注目をあびており、これが将来の治療戦略を大きく変えてゆく可能性があります。