地域医療における脳神経外科・・・その役割は何か

鈴木倫保
(社)日本脳神経外科学会 専門医認定委員会 委員長

脳・脊髄・末梢神経系疾患を、主として外科的な方法で治療を行う脳神経外科は比較的若い医学分野で、神経科学の発展と科学技術革新の両輪を推進力としてこれまで飛躍的に進歩してきました。その結果、脳腫瘍、脳神経外傷、脳卒中(脳血管障害)、血管内手術、てんかん、不随意運動、脊髄等の多くの専門分野が分化発展してきました。一方、地域医療の現場における脳神経外科医は、「外科医の目と技を持った神経系総合医」として神経系初期治療の役割を担っています。 脳神経外科医が常勤する多くの病院で、意識障害等神経症状が疑われた患者さんが搬入されると、先ず我々がcallされます。患者さんが頭部外傷、脳卒中、てんかん、脳腫瘍の脳神経外科疾患の診断名を書いた札を首からぶら下げてくるのであれば話は簡単ですが、実際の意識障害には、不整脈・心筋梗塞等循環器疾患、糖尿病・肝/腎不全等代謝疾患、眠剤・農薬・一酸化炭素等中毒、ご高齢の方であれば肺炎・Na異常、果てはせん妄・過換気症候群・ヒステリー等の精神神経疾患に至るまで含まれます。我々は、このような神経系救急患者の適切なトリアージュを可能とするようトレーニングを充分に受け、その治療法を熟知しており、診断がなされた後、外科治療が必要であれば時間を浪費することなく自ら手術室に搬送して麻酔科医と共に手術を行いますので、緊急を要する神経疾患では我々がfirst callを受ける頻度が高いのも頷けます。勿論、そもそも頭部・脊椎外傷を治療する外科医ですので事故・災害による多発外傷でも頻繁にcallを受けています。

古き良き時代と現代を比較すると、余りにも科学・技術が細分化されて、「統合」や「総合」が叫ばれる時代となってきました。地域医療でも「総合医」が新たに語られるようになっています。しかし、患者さん一人一人に対して質が高く優しい医療を提供するためには、脳神経外科医一人では手に余るのが実情です。現在では神経内科、循環器内科、内分泌内科、眼科、耳鼻科、小児科、放射線科、精神神経科、整形外科、形成外科、麻酔科といった多くの診療科とチーム医療を行うことが脳神経外科診療の常識となっています。また、医師のみではなく看護師、薬剤師、リハビリテーション療法士(理学療法士、作業療法士、言語療法士)、放射線技師、検査技師、栄養士と言った多くの職種との円滑なチームワークが患者さんの予後を高めるためには必須であります。そのコンダクターの役割も我々は担っています。

地域医療における脳神経外科が受け持つ救急疾患について脳神経外傷を例に述べます(脳卒中は別項)。現在わが国では、急性硬膜外・硬膜下血腫や脳挫傷等の頭部外傷の患者さんに対して、年間9千件程度の開頭術が行われております。最近では、自動車の安全機構の性能が格段に改善したことや、「酒気帯び運転の罰則強化」等の交通法規改正と厳格な運用のため、平成17年の事故死亡者は昭和45年のピーク時の1/2以下と報道され、ある種の誤解を生んでおります。死亡数こそ半減しましたが、発生件数や負傷者数は昭和55年頃から再び増加し、現在はピーク時を上回っています。頭部外傷患者総数そのものは「ヘルメット着用罰則強化」等でやや減少傾向にありますが、多発外傷の頻度が多く重症化・複雑化しております。日本脳神経外傷学会が日本交通科学協議会の協力を得て集積した重症頭部外傷1,002例中314例(31%)は多発外傷であり、この傾向を裏付けております。脳神経外科医は、救急医や他の専門医との的確なチーム医療により、救命率向上や障害の軽減をはかっています。また、近年の急速な高齢化につれて、お年寄りの軽微な外傷を契機とする慢性硬膜下血腫の発症は増加し、年間3万件を超える穿頭洗浄術が施行されているのが注目されます。

これまでの脳神経外科治療のゴールは、1)救命、2)機能予後向上と少しずつステップアップしてきました。21世紀のゴールは、3)予防と4)失われた機能の再建につきると思います。予防については、画像診断と検査データーから脳卒中高リスク群を選択して、内科系の先生と共に高血圧・糖尿病・脂質異常症等のリスクコントロールをおこなうことや、必要であれば予防的脳神経外科手術も考慮する必要があります。機能再建の点では「神経再生」、「細胞移植」、「遺伝子導入」、「brain -machine interface」の観点から研究が行われておりますが、今しばらく時間がかかりそうです。しかし、地域医療の現場で問題となっている認知症の患者さんの中には、先述の慢性硬膜下血腫や特発性正常圧水頭症のように、手術で治療可能な認知症も存在しています。また、これまでの薬物療法では治療困難であった「てんかん」「パーキンソン病」の患者さんも、新たな外科治療によって社会における活動範囲が飛躍的に拡大してきました。

地域医療における脳神経外科は、大きな部分を担っております。更に患者さんの予後を改善するために、住民の皆様の暖かいご支援をお願いすると共に、柔軟な発想と情熱有る若い人々が脳神経外科の門を叩いて頂けることを切望して止みません。

このページの先頭へ

Neuroinfo Japanについて お問い合せ