口腔ケアとは患者さん自身(自分でできない場合は家族,介護士,看護師など)が行う歯磨きやうがい薬による含嗽(がんそう:うがい),保湿剤塗布による口腔内保湿などの日常的なケアにより,口腔内の清潔を保つことです。歯垢1gの中には数百億個の微生物が存在し,口腔内全体には約4000億個の微生物が存在します(図Ⅹ-1-1A)。
口腔ケアが行われず、清潔が保たれていない場合には、術後の手術部位の感染、誤嚥性肺炎などを生じることがあります(図Ⅹ-1-1B)。
そのため,口腔内の細菌を少なくしてからがんの手術を受けることが術後の感染予防に有効です。また,食事の準備として口の機能が衰えないように嚥下(えんげ)体操や唾液線マッサージ,舌・唇・頬のストレッチなどを行うことも広い意味で口腔ケアに含まれます。口から食事をすることは生活の質(Quality of Life; QOL)を維持するためにも大切です。
周術期とは,手術を受ける患者さんの手術前、手術中、手術後の一連の期間のことを示します。周術期口腔機能管理はがん治療などを実施する際に患者さんの入院前から退院後を含めて歯科が一連の包括的な口腔機能管理を行うことで、手術だけでなく化学療法や放射線治療中の管理も含みます。 口腔機能管理では,歯科医師や歯科衛生士がいる病院などで患者さんの口腔衛生状態や口腔内の状態などの把握,がん治療に関連する口腔機能の変化を評価します。がん治療前から虫歯や歯周炎(歯槽膿漏)の治療、入れ歯の調整・作製を行い,将来感染する可能性がある歯は抜歯します。このように口腔の総合的な機能も含めて歯科が管理することを口腔機能管理と呼びます。
頭頸部がんの手術では口腔内の細菌による術後感染の頻度が高くなるため,手術の前後の口腔機能管理が非常に重要です。手術後に生じる嚥下(飲み込み)障害からの誤嚥性肺炎や術後の栄養障害の予防を行うことも重要です。また,頭頸部がんの化学療法や放射線治療では,ほぼ全例に口内炎ができます。特に化学療法、放射線治療は免疫力の低下が起こるため感染が生じやすい状態になります。
そのため,頭頸部がんの治療前・治療中・治療後に歯科を受診し,口腔機能管理を行います(図Ⅹ-3-1)。
放射線治療の顎への影響は,放射線治療終了から長期の年数が経過しても消失することはありません。もし,治療後にどうしても歯を抜かなければならない場合にはがん治療を行った主治医に相談し、口腔外科などの専門機関を受診してください。また,頭頸部がんの放射線治療後は唾液の分泌量が減り,口腔乾燥が生じます。唾液分泌が少ないと虫歯や歯周炎が進行しやすくなります。そのため定期的な歯科受診を行って,歯周病の定期的な治療を継続することが必要です。
頭頸部がんに対する放射線治療後の有害事象(副作用)として放射線性顎骨壊死という非常に治りにくい病気があります。放射線性顎骨壊死は,放射線治療をうけた部位の抜歯あるいは虫歯、歯周炎(歯槽膿漏)の悪化により,口腔内の細菌が顎の骨に感染し,顎の骨が腐ってしまう病気です(図Ⅹ-4-1)
放射線性顎骨壊死の治癒は非常に困難で,がんは治癒しても顎骨の痛みが生じたり、口の中に骨が露出した状態、あるいは膿が出る状態が続き,場合によっては手術が必要となることがあります。そのため頭頸部がんの放射線治療前には必ず歯科を受診し,歯周病の評価をおこない、重度の歯周炎がある場合には抜歯が必要です。
具体的には患者さんごとに適切な歯ブラシの選択,歯磨き方法および口内炎を悪化させないための含嗽(うがい)の方法を指導することで,合併症の重症化を予防することができます。
がん治療はがんの治療を行う医師だけではなく,その治療をサポートするたくさんのスタッフがかかわっています。口腔機能管理もその一つで,歯科医師・歯科衛生士がその役割を担っています。がん治療を行う主治医に一度歯科を受診したいことを相談してみてください。