「頭頸部」という言葉は多くの人にとって聞きなれない言葉で、わかりにくいと思いますが、胃がんや肺がんのように特定の臓器を示す言葉ではなく、胸部や腹部と同じように領域を示す言葉です。頭頸部とは頭蓋底部から下、鎖骨より上の顔や首の領域を指します。(図Ⅰ-1-1)この範囲に含まれる鼻・副鼻腔、口腔、咽頭・喉頭(のど)、唾液腺、甲状腺などにできるがんを総称し「頭頸部がん」として扱います。ただし、脳の病変は脳外科で、目の病変は眼科で、頸椎や肩は整形外科で専門に取り扱いますので除外します。
頭頸部は呼吸・食事(咀嚼/そしゃく・嚥下/えんげ)など人間が生きる上で欠かせない機能や発声、味覚、聴覚など日常生活を送るうえで重要な機能が集中しています。この部分に障害が起きると直接QOLに影響するため、がんに対する根治性とQOLとのバランスを保った治療を考慮する必要があります。また、顔面形態の維持や表情の形成は社会生活を行う上で重要であり治療に際して整容的な配慮も欠かせません。
頭頸部がんは胃がん、大腸がん、肺がん、など他のがんに比べて発生頻度は少ないのが特徴です。2014年地域がん登録による推計値(国立がんセンターがん対策情報センター)によると代表的な頭頸部がんのうち、口腔咽頭がんは男性21.6人、女性8.4人、喉頭がんは男性7.8人、女性0.5人、甲状腺がんは男性6.1人、女性16.1人(人口10万人にたいして)と全てのがんの5%程度と考えられています。全体数は少ないですが、鼻・副鼻腔がん、耳下腺がん、舌がん、歯肉がん、喉頭がん、上咽頭がん、中咽頭がん、下咽頭がん、甲状腺がんなど種類が非常に多く、発生原因や治療法、予後が異なるのが特徴です。
頭頸部がんの発生に喫煙や飲酒、口腔内の衛生状態が大きくかかわっていることが分かっています(図Ⅰ-2-1)ので、日本頭頸部癌学会では「禁煙・節酒宣言」を出して啓蒙活動を行っています。また、頭頸部がんの一部とウィルスとの関係も注目されています。代表的なものは中咽頭がんとヒト乳頭腫ウィルス、上咽頭がんとEBウィルスなどです。頭頸部がんの多くは中高年の男性に発症しやすい傾向がありますが、口腔がんや上咽頭がん、中咽頭がん、甲状腺がんなどでは若年者や女性でも発生することがあります。 頭頸部がんは食道がんなど他の部位のがんと重複して発生しやすいことが知られているため、頭頸部がんの治療後も定期的に検診をうけることが大切です。