一般社団法人 日本頭頸部癌学会

頭頸部がん

Ⅷ.頭頸部がん治療における支持療法

1.支持療法とは

 支持療法(supportive care)とは、がん患者さんの生活の質(QOL: quality of life)を維持し、治療の妨げとなるような事柄を予防・軽減し、がん治療を行う患者さんを支える治療のことです。

 がんによる症状に対して行うもの、治療の副作用に対して行うもの、心理面のケア・生活習慣の是正など周辺症状に対して行うものなどがあり、状況に応じて下記のような支持療法を組み合わせて行っていきます。

2. がんによる症状に対して行う支持療法

1 )痛み

 がんはしばしば痛みを伴います。痛み止めは、適切な薬剤を用いれば治療の妨げになることはありません。むしろ辛い痛みを我慢することで、十分な栄養が取れずに体力が低下してしまうことが問題となる場合もあります。また、痛みが強くなってから痛み止めを使うと、効果が出づらくなることがあるため、早いうちから対処することが大切です。痛み止めには下記のようなものがあり、症状によっては組み合わせて使用することもあります。

  • 解熱鎮痛薬:アセトアミノフェンやロキソプロフェンなど
  • 弱オピオイド性鎮痛薬:トラマドールなど
  • オピオイド性鎮痛薬(=麻薬):モルヒネやオキシコドンなど
  • 鎮痛補助薬:うがい薬、口腔内塗布薬など

医療用の麻薬性鎮痛薬は、癌性疼痛のために開発されたものであり、安全かつ効果的であることがわかっています。「麻薬」という言葉に不安を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、必要に応じて医師と相談しながら適切に使用すれば、中毒を起こしたりすることはありません。

2 )嚥下障害(えんげしょうがい:飲み込み機能の低下)

 口や喉のなかにがんができることで、嚥下障害(=飲み込み機能の低下)が生じることがあります。嚥下障害があると、十分な栄養を取れない場合や誤嚥(食べ物が誤って空気の通り道である気管に入ってしまうこと)を起こす場合があります。嚥下障害のタイプや程度によって、下記のような対応が検討されます。

  • 痛み止めの使用
  • 食事形態の変更:おかゆ、とろみ剤の使用など
  • 食事方法の指導:嚥下リハビリテーション
  • 経鼻胃管栄養:鼻から胃にかけてチューブを入れ、栄養剤を注入する方法
  • 胃瘻、腸瘻栄養:手術によって、お腹に小さなチューブを設置し、胃もしくは腸に栄養剤を注入する方法

 どのような方法がよいかは、嚥下障害の状態や、がんに対する治療内容によって異なるため、嚥下の状態についての検査を行い、その後の対応を検討します。

3.治療の副作用に対して行う支持療法

1)化学療法(抗がん剤)の副作用

 抗がん剤の副作用は、薬の種類によって異なります。代表的な副作用とその対処方法には、下記のようなものが挙げられます。

■殺細胞薬(シスプラチン、カルボプラチン、ネダプラチン、パクリタキセル、ドセタキセル、5FU、S-1など)による副作用

・吐き気、食欲不振
制吐剤を使用します。吐き気を起こしやすい抗がん剤(シスプラチンなど)については、事前に予防的な制吐剤を使うこともあります。予防的な制吐剤を使っても吐き気が続く場合には、追加の制吐剤や点滴による対処を検討します。

・倦怠感、関節痛
どのお薬でも生じることがありますが、特にパクリタキセルやドセタキセルでは、投与数日後に関節痛が生じやすいと言われています。こうした症状がある時は、ふらついて転びやすくなることもあるため、注意が必要です。

・便秘、下痢
シスプラチンやカルボプラチンは便秘、5FUやS-1は下痢を起こしやすいと言われていますが、他の薬剤で症状が出ることもあります。便秘の際には緩下剤や座薬、下痢の際には止痢剤を使うことがあります。

・血液検査の異常:白血球減少(感染しやすくなる)、赤血球減少(貧血)、血小板減少(血が止まりにくくなる)、腎機能障害、肝機能障害 など
こうした異常は身体に症状が現れにくいため、定期的に血液検査を行って確認します。検査結果に応じて、白血球減少に対する白血球を増やす注射(G-CSF製剤)や抗菌薬、赤血球減少・血小板減少に対する輸血、腎機能障害に対する点滴、肝機能障害に対する内服薬などの対応を検討します。白血球減少は様々な抗がん剤で生じやすく、投与後1~2週間で起こることが多いため、うがいや手洗いなどの感染予防が大切です。

・脱毛
パクリタキセル、ドセタキセルによって特に生じやすい症状です。治療開始後2~3週間から出現し、治療終了後2か月頃から回復してきます。髪の毛が回復してくるまでの間は、医療用かつらやケア用の帽子をご用意いただき、特に外出の際には日光の刺激を避けるために帽子などを使用し、シャンプーは刺激の少ないものを用いることが勧められます。

・しびれ、聴力障害
しびれはパクリタキセル・ドセタキセル・シスプラチンで、聴力障害はシスプラチンなどで生じることがある副作用です。症状が強く、日常生活に支障をきたす場合(しびれの場合、箸を取り落とす、ボタンがかけられない、歩くときにふらつく、聴力障害の場合、日常会話に支障がある)、抗がん剤の調整を行うことがあります。

■分子標的薬(セツキシマブ)による副作用

・皮膚症状
ざ瘡様皮疹(ニキビのような皮疹)、皮膚の乾燥・亀裂、爪囲炎(爪の周囲の荒れ)、などが生じます。こうした皮膚症状はセツキシマブを使う場合は高率に出てくるため、治療を開始する時点であらかじめ皮膚の保湿などを心掛けることが大切です。皮膚の状態によって、保湿剤・ステロイド外用薬・抗菌薬(外用、内服)を用います。

・低マグネシウム血症
セツキシマブを長く続けていると生じやすい副作用で、体のだるさにつながることがあります。血液検査で分かるため、マグネシウムの数値によっては点滴や内服薬でマグネシウムを補充します。

■殺細胞薬、分子標的薬のどちらでも起こりうる副作用

・アレルギー反応、またはインフュージョンリアクション
セツキシマブでは初回投与もしくは2回目の投与時、殺細胞薬(特にパクリタキセル・シスプラチン・カルボプラチンなど)では複数回使用した時にアレルギー様の反応が起こることがあります。頻度としては稀ですが、重症化しうる副作用なので注意が必要です。症状としては抗がん剤投与中の発熱・ほてり・まぶたや唇の腫れ・空咳・動悸・嘔吐・めまいなどで、重症の場合は呼吸困難・意識障害を生じることもあります。

・間質性肺炎
薬剤による肺炎で、特にセツキシマブ・パクリタキセル・S-1などで生じます。アレルギー反応と同じく頻度は稀ですが、重症化することがあるので注意が必要です。症状としては空咳・発熱・息切れ・呼吸困難などが挙げられます。間質性肺炎が疑われる場合はレントゲンやCTの検査を行い、必要時はステロイド薬などの投与を行います。

■免疫療法(ニボルマブ)による副作用

・過剰な免疫反応
軽度の副作用である疲労、悪心、下痢、掻痒、発心、食欲減退などから重度の副作用である間質性肺炎、甲状腺機能障害、大腸炎・下痢、1型糖尿病など多岐にわたります。軽度の際には内服薬などで対処しますが、重度の際にはステロイド薬の投与や入院が必要となることもあります。また治療開始から数ヶ月が経って副作用が出ることもあるため、注意が必要です。

2)放射線治療の副作用

 放射線治療は、がんのある部分に「やけど」を起こして効果を発揮しますが、がんの周囲にある粘膜や皮膚にも炎症を起こします。こうした副作用を、支持療法でできるだけ和らげながら、治療を最後まで行うことが大切です。放射線治療の副作用とその対策の詳細については、別項をご参照ください。

Ⅵ-1-4)放射線治療の副作用

3) 心理面のケア、生活習慣の是正など周辺症状に対して行うもの

痛みなどの身体的なストレスのみではなく、精神的なストレスが大きな負担になる場合もあり、こうしたストレスへの対処も大切な支持療法となります。また、それまでの生活習慣(喫煙・飲酒)や併存症(がん以外に合併している疾患)が発がんに繋がっている場合もあり、こうした場合は生活習慣や併存症の改善も同時に行っていくことが大切です。

■心理的ストレス

頭頸部がん患者さんにおいて、生じうる心理的ストレス(不安・恐怖)には以下のようなものが判っています。ただし、多くはすべてのがんの患者さんにも共通したものです。

≪主な不安・恐怖≫

  • がんが進行するのではないか。
  • 死んでしまうのではないだろうか。
  • 治療の副作用はどのようなものだろうか。耐えられるだろうか。
  • 自分ひとりでは生活できないのではないだろうか、誰を頼りにすればよいのか。
  • これまでどおりの生活は送れるのだろうか。
  • 今まで楽しめていたことがまた楽しめるだろうか。
  • 飲んだり、食べたり、声を出すことが出来るだろうか。
  • 声を出してコミュニケーションが出来るだろうか。
  • 痛くないだろうか。
  • 見た目がひどく変化するのではないだろうか。
  • 人から差別を受けないだろうか。

 このようなストレスはがん患者さんにとって一般的なものですが、治療そのものに加えてこれらが重なってくることで「うつ病」、「適応障害」、「不安障害」などの精神疾患を併発する場合があります。健康な方に比べて、がん患者さんは2〜3倍の頻度で抑うつ症状が出現することが研究で明らかとなっており、頭頸部がん患者さんの16〜20%が「適応障害」や「うつ病」の診断を満たすことも明らかになっています。必要に応じて薬物療法や精神療法が行われます。

≪うつ病とは≫

 気分の落ち込み、意欲や興味の消失、不眠や過眠、食欲の低下や増加、考えや動きが遅くなる、集中できなくなる、過度に自分を責める、死にたくなる、といった症状が出現し持続する気分の障害です。

≪適応障害とは≫

 明らかなストレスがあり、そのストレスが直接の原因となって予測を超える苦痛や情緒面や行動面での症状が出現し持続する障害です。

≪不安障害とは≫

 パニック障害、全般性不安障害、急性ストレス性障害などに代表される、不安を主症状とした障害のことです。発汗、動悸、頻脈、などの自律神経症状を伴うこともあります。

■飲酒や喫煙

頭頸部のがんの発生には喫煙や飲酒が大きく関わっていることがわかっています。このため、禁煙、断酒もがんの治療とともに重要になってきます。しかし、禁煙や断酒の背景には物質依存(ニコチン依存、アルコール依存)の問題があり、一人で行うことはなかなか困難です。そのため、きちんと診断を受け専門家に相談することが重要です。

指定された医療機関の「禁煙外来」では保険診療で治療を受けることができます。また、断酒については断酒会や専門の治療機関において治療を受けることができます。

長期に飲酒を続けていた場合、急な断酒によりアルコールが体内から急に抜けていくことによる症状(離脱症状:動悸、発汗、手の振るえ、幻覚、など)が起こることがあります。この場合にはお薬(一部の精神を安定させる薬剤など)を使用することで、離脱症状を和らげることができます。また、長期に飲酒を続けていた場合、適切な栄養摂取が出来ずにアルコール性の認知症が起こることもあります。この場合にも、早期であれば適切な栄養補給による治療を行えばある程度の改善が期待できます。

■せん妄

 がんの治療を行っていく過程において、「せん妄」という病態が問題になることがあります。せん妄とは、手術後やがんの脳転移、脱水、感染、貧血、薬物など、体に負担がかかったときに生じる脳機能の乱れであり、以下のような特徴があります。

≪せん妄の症状≫

  • 話をしていても集中できない、気が散る(注意力の障害)
  • 現実にありえない考えに支配される(妄想)、存在しないものが見える(幻覚)。
  • 昼と夜が分からない、病院と家を間違える、家族のことが分からない(見当識の障害)。
  • 夜眠れなくなり、日中眠くなる(睡眠覚醒リズムの障害)。
  • ぼうとする(意識レベルの低下)。
  • 治療していることを忘れて点滴などのチューブを抜いてしまう、興奮する(混乱、錯乱)。
  • 夕方以降に症状が悪化する(日内変動)。

など

一般の総合病院に入院している患者さんの20〜30%にみられる症状であり、ご高齢の方、飲酒量の多い方、認知症あるいは普段から物忘れのある方、以前にせん妄になったことがある方に生じやすいことが判っています。せん妄が起こることで、本来の治療が出来なくなる場合や治療期間の長期化に繋がることも少なくないため、適切な対応が必要です。

せん妄は、体の症状のひとつであり「気持ちの持ちよう」や「こころの問題」ではありません。適切な治療を行えば、半数以上の患者さんで改善するといわれています。

治療では、脳機能の乱れを改善する薬(うつ病や認知症、統合失調症の患者さんに対して認知機能を回復するようにはたらく薬がせん妄にも有効です)や患者さんが安心できるような環境の調整をあわせて行っていきます。

禁煙・節酒宣言
日本における頭頸部悪性腫瘍登録事業の実施についてのお知らせ

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