科学捜査村

研究不正を「支援する」学会
 たとえ内容がただの落書きだったとしても,とにかく実験ノートを提出した小保方晴子氏がスターだったのは、どう長く見積もっても、2014年1月30日にネイチャーに論文が掲載されてから7月2日の撤回まで,わずか半年だった。一方いまだに実験ノートを提出していない土橋氏は、今世紀初頭に毒殺魔守大助を追い詰めてから今日まで16年間,科学捜査のスターダムに君臨し続けている。この差はひとえに学会の「支援」の有無にある.小保方氏の場合には,国内外を問わず健全なpeer reviewが行われた.一方土橋氏の場合には,学会が全面的に支援した.その典型例がディオバン事件である.
 フロッピーディスクの改竄よりもはるかにわかりやすい捏造(だって生データを出せないんだからね)を土橋はどうやって隠してきたのか?一面では検察官、裁判官の無知を利用したことになるが、それだけではない。生データを出せない「鑑定」を見て見ぬふりをしてきた学会の「支援」なかりせば、土橋大先生の御栄達はありえなかった。

 学会の「支援」がなけれ ば、年余にわたって研究不正に対する追求から逃れることはできない。それはSTAP細胞問題とディオバン事件を比較すれば一目瞭然である。STAP細胞問 題では論文発表直後から peer reviewが国内外から入り、関連学会を含めたアカデミアの中での研究不正認定は迅速に終了した。それとは対照的に、研究不正防止に最も大切な役割を果 たすpeer reviewの場であるはずの学会が、むしろ研究不正を奨励し医薬品販売利権をむさぼってきたことが明らかになったのがディオバン事件である。

Jikei Heart Study (JHS)のイカサマプロトコールも、Kyoto Heart Study (KHS)の査読スルーと奨学寄付金ロンダリングも、論文発表直後から誰の目にも明らかだった。JHSもKHSも発表直後から桑島巌氏の厳しい批判を浴びた。しかし日本高血圧学会はバルサルタンを含むARBの販売利権にしがみつき、桑島氏の批判に対し、ある者は居丈高に反論し、ある者は無視した。私の指摘な どはそもそも読まなかった。そうした徹底抗戦で、時間を稼いだおかげで、JHSもKHSも目出度く誇大広告としての公訴時効を迎えることができた。医学 ジャーナリスト達のお祭り騒ぎが一段落した後は、桑島氏と検察側証人となったKHSのお医者様達を除き、高血圧学会会員のお医者様達は裁判などなかったか の如く診療に集中した。

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 土橋鑑定に対する法科学・法医学関連諸学会の態度も、ディオバン事件と全く同様だった。2001年8月に脱稿、2002年5月に出版の運びとなった薬毒物分析実践ハンドブック(じほ う)には、総勢65名の薬毒物分析家が共著者として名を連ねている。その中で土橋氏は筋弛緩薬の項を担当し、世界中の他の研究者と同様にベクロニウムの質量分析ではm/z258は出ない と明言している。一方で脱稿と出版の間の時期にあたる2001年11月には、法廷でベクロニウムの質量分析で間違いなくm/258が出ると証言している。もちろん法廷での証言の方が 嘘であり、2005年に英訳版までもが世界中に販売されるようになった本の記載の方が真実である。

 2001年7月に始まった北陵クリニック事件の裁判では、勾留中に否認に転じた「毒殺魔守大助」を裁く北陵クリニック事件の裁判には全国が注目していた。有罪立証の唯一の物的証拠である土橋鑑定は、一審の段階か らその妥当性に強い疑問が持たれていた。その裁判で鑑定人である土橋氏が証言するのだから、その内容に対して、薬毒物分析実践ハンドブックの64人の著 者達が無関心であったはずがない。専門家である彼らは知っていた。、ベクロニウムの分子イオンがm/z557であることは、すでに1989年に明らかだった、2000年9月には分子量関連イオ ンとして、2価イオンのm/z279が検出されること、m/z258は決して検出されないことを知っていた。質量分析の素人である私にもこれらの文献は簡 単に検索できた。プロである科学捜査村の人間達がそれを知らなかったはずがない。

 にもかかわらず、北陵クリニック事件で、土橋氏が嘘をついているとデータで実証した研究者は、影浦光義氏(当時福岡大学法医学教授)、志田保夫氏(鑑定当時 東京薬科大学教授)のたった二人だけであ る。この二人は上記64人には含まれていない。彼らは全員、今日まで16年間、警察官、検察官、裁判官だけでなく、急変の際に守氏が命を守ろうとした患者 さんとその家族までも騙した捏造鑑定を黙認している。

 それだけではない。日本法科学技術学会は、その学会誌に、土橋が実は志田鑑定と同様に、ベクロニウムを質量分析するとm/z557が分子量イオンとして観察されるが、 m/z258は影も形もないという、世界の質量分析研究者そして志田保夫博士と同様の結果を得ているから、押しも押されぬ日本の薬毒物分析の第一人者であ ることを証明する論文を載せた。捏造土橋鑑定ロンダリング・m/z258ロンダリングである。

一般の研究不正よりも高い鑑定不正のリスク

鑑定不正による悲劇は一般の研究不正の比ではない。個人の尊厳・人生・命に関わる鑑定は、一般の科学研究よりはるかに頑健な科学的妥当性を求められる。だから、 「鑑定は研究とは違う。だから不正はありえない。だから研究不正として議論の対象にならない」などという寝言は絶対に通じない。その一方で鑑定不正のリスクは一般の研究不正よりも高い。

人は誰でも間違える。医療のあるところに事故がある。研究のあるところに不正がある。古畑種基の事例に代表されるように、鑑定に携わる研究者が、特別に優れているという保証はどこにもない。国家権力に対し極めて重大な非金銭的利益相反が関わる鑑定は、それ以外の研究よりもはるかに不正のリスクが高い。明らかになっているだけでも、古畑種基以来、不正な鑑定は何度も繰り返されてきた(押田茂實 法医学者が見た再審無罪の真相)。 にもかかわらず、一般の研究よりもはるかに頑健な科学的妥当性が要求される鑑定に対し、何の不正防止策も講じられてこなかった。責任は誰にあるのか。当然 我々自身である。他に誰が責任を取るというのか?古畑の死後40年以上経っても、土橋鑑定のようなあからさまな不正がやり放題となっているのは、我々以外 に誰も責任を取らなかったからこそである。

鑑定不正はデフォルトで刑事免責
 鑑定不正と冤罪を自分たちの利権としてきた マスメディア・警察・検察・裁判所という冤罪カルテルには、鑑定不正を奨励こそすれ、防止しようなんて気はさらされない。それは古畑以来の歴史が 証明している。土橋均が、いつでもどこでも誰でも読める研究不正防止ガイドラインを、北陵クリニック事件の歴代土橋鑑定に典型的に見られるように、彼らは 喜んで鑑定人に騙される。そして騙されたとわかった後も絶対に鑑定人の責任を問わない。古畑のような、「わかりやすい」前例があれば、どんな悪質な不正を やろうとも、責任は問われない。自分は古畑のように偉くはないが、そこは科学捜査の世界。末端の職員がトカゲの尻尾として斬られた前例もない。必ず組織が 守ってくれる。それがわかっているから、でっち上げでも捏造でも「やったもん勝ち」の世界となっている。これではイカサマをやるなという方が無理である。

参考文献:今後不可避となろう科学捜査村改革のために、大いに参考になる資料である
The National Academy of Sicences. Strengthening Forensic Science in the United States: A Path Forward (2009).
A Quick Summary of The National Academy of Sciences Report

法的リテラシー