“Shame on the Lancet!” ダブリンで開かれたコクラン・コロキウムに集ったGRADE working groupの親睦の会食(ちなみに中華だった)の席上で,たまたま私の真ん前に座ったGordon Guyattが勝ち誇った笑顔でそう言い放った時,それまでも和やかな雰囲気だった場が爆笑の渦に包まれた.もう一昔以上も前の2006年10月,Jikei Heart Studyが発表される前年のことだ.
ランセットが,”北斗の拳”状態になったことを示すエビデンスには,もう,翌年の2007年で出揃った.ランセットは世界最大の生命科学系出版社エルゼビアの看板雑誌である(基礎系雑誌の有名どころでは,Cellや Trends in シリーズがやはりエルゼビア).つまり,典型的な商業誌だ.掲載の優先順位が金に左右される危険性は常にあるので,ランセットが自ら墓穴を掘って死亡宣告 を下したからといって何ら驚くにはあたらない.
その墓標に2007年に追加された論文は,ろくろくランセットを読んでいない私がちょっと考えただけでもこれだけある.
Lancet. 2007; 370: 1687-97:焼き直し FIELD study 主要評価項目でプラセボと差がつかなかったという結果がすでに2年も前に出ている(Lancet. 2005; 366: 1849-61)FIELD study の三次評価項目の後付け層別解析.こんなみっともない論文の掲載は,六条河原の晒し首と同じ扱い.
Lancet 2007; 370: 591-603:何の根拠も無しにARBは最善の降圧剤と賞賛する,製薬企業の宣伝ビラ顔負けの降圧薬の 提灯持ち総説.
Lancet. 2007 370: 221-9. 降圧剤を重ねたら,重ねた方がより血圧が下がったという,小学生にもよくわかる試験結果を紹介しただけの論文
Lancet. 2007; 369: 1431-9.:Jikei Heart Study. 事実上のオープン試験で,バルサルタンの有効性を主張.primary endopointを試験の途中ですり替えるという,前代未聞の裏技もランセットは見逃してくれることを証明した点で画期的な論文(*下記参照)
いずれも,たった一つだけでも,ランセットに死亡宣告を与えるに十分な”インパクト”を持った論文である。2008年は,ランセットにどん なに質の悪い論文が載っても,誰も驚かなくなる年になるだろう.
(2007/12/31)
→「歴史に残る」子供だまし−これがホントの「誇大広告」&NEJMは「死んだふりしたブラック企業」−(2015/9/24)
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Jikei Heart Study:嘘はつけないしペテンも不可能: (2007/12/10)
Mochizuki
S et al for the Jikei Hearty Study group: Valsartan in a Japanese
population with hypertension and other cardiovascular disease (Jikei
Heart Study): a randomised, open-label, blinded endpoint
morbidity-mortality study. Lancet. 2007; 369: 1431-9.
高 血圧,心不全,虚血性心疾患などの心疾患を有する症例に対して,現行治療にバルサルタンを上乗せした場合の心血管イベント予防効果をバルサルタン以外の降圧薬と比較したところ,一次エンドポイントである心血管疾患による入院および死亡の複合の発症はバルサルタン上乗せ群の方が有意に少なかったと主張している.
しかし,それはペテンである.なぜか?まず,最も大切な主要評価指標 (Primary Endpoint)の評価が盲検ではなく,PROBE(prospective randomized open-labeled blinded study)法である.PROBE法では,自分がどの薬を飲んでいるか,患者も医者も知っている.その結果,どんなことが起こるかは,みなさんよくご存知の通り.バルサルタン群の患者は,自分は,あの素晴らしいお薬を飲んでいるから大丈夫と思い,非バルサルタン群の患者はあの素晴らしいお薬を飲めない自分はどんな怖い病気になるかもしれないと恐怖におののき,救急外来を受診する.
非バルサルタン群患者A ”先生,どうも昨日から,だるくて”
治験医師X ”大丈夫,ただの風邪ですよ”
患者A”でも先生,熱もないんですよ.なのにだるいっていうのは,あのお薬を飲んでいないんで,心臓が悪くなったんじゃないかって,心配なん です”
医師X”大丈夫,心電図とっても異状ないし”
患者A”でも先生,だるいのは,脳の血管が詰まってるなんてこと,ないでしょうね.昨年,母親がくも膜下出血で倒れた時も,はじめは風邪の頭 痛だって言われていたんですよ”
医師X(参ったなあ.脳卒中見逃したら訴えられるし,でもいますぐMRI撮れないし・・・)”そんなに心配なら,どうします.1−2日入院し て検査してみますか?”
患者A”ええ,先生,是非お願いします”
こんなもんが”臨床試験”とは片腹痛い.それとも,この会話にみられるような”実地臨床”を反映しているからこそ,PROBE法が有効とでも言うのだろうか?だったら,PROBE法なんて無理してかっこつけないで,まるきりのオープン試験の法がずっといいだろう.後述のように,ランセットはprimary endpointのすり替えさえ許容してくれるのだから,オープン試験だってOKと言ってくれるだろうよ.
PROBEでは,医者の介入ではない,検査値のような客観的指標をエンドポイントに採用しなくてはならない(それでも患者側の受診行動に対するバイアスは排除できないのだが,とりあえず)のに,このJIKEI Studyの悪質なところは,入院という,医者の判断そのものをエンドポイントにしてしまっている点にある.それだけでも,このJIKEI Studyは,臨床試験として三流の価値しかないと考えられるのに,さらに,Primary Endpointの変更という,常軌を逸したプロトコール修正が途中で行なわれている.
つまり,当初の試験計画(Cardiovasc Drugs Ther 2004; 18: 305-309)では,primary endpointを”心血管疾患の発症”としていたのに,いつのまにか(!!),”心血管疾患による入院”にすりかえられていたのである.