ワルファリン |
ウシの出血性疾患(後述のスイートクローバー中毒)を契機として発見された抗血栓薬です。発見から80年、臨床現場で使用されて60年以上経過していますが、依然、最も重要な抗血栓薬の一つで、一部の疾患では新規開発薬より有用性が示されています。また薬価は極めて安価です。
ワルファリンは肝臓におけるビタミンKサイクルのビタミンKエポキシド還元酵素(VKOR)とビタミンK還元酵素の両酵素活性を非可逆的に阻害します。両酵素のうち、通常の臨床使用量ではVKORのみ阻害され、ビタミンK還元酵素は阻害されません。ビタミンK還元酵素が阻害されるのは極めて大量のワルファリンを服用した場合のみです。
VKORが阻害されるとビタミンK依存性凝固因子はγ-カルボキシグルタミン酸(Gla)残基を持たない未成熟で不完全な凝固因子 (protein induced by vitamin K absence: PIVKA) の状態のままとなります。その結果凝固因子の活性は低下し、抗凝固作用が発揮されます。
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経口投与ののち、上部消化管から完全に吸収され、内服後1-2時間程度で最高血中濃度に達し、40-60時間の半減期で代謝されます。主に肝臓細胞のチトクロームP450 (CYP)、特にCYP2C9と呼ばれる酵素によって分解されます。CYP2C9は様々な薬剤によって阻害を受けますが、特にミコナゾール(商品名フロリード)は強力にCYP2C9を阻害するため、ワルファリンと併用するとワルファリンの効果が増強・遷延化するため、併用禁忌となっています。これに対して、リファンピシンやリトナビル(合剤として商標名カレトラなど)などはCYP2C9を誘導するため、これらの薬剤との併用によって効果が減弱します。
ワルファリンの効果は個人差が大きく、この原因の一つとしてCYP2C9の遺伝子多型が挙げられています(別の要因としてVKORの遺伝子多型があります)。これらを調べることでワルファリンの必要量が推測できる研究も進んではいますが、実臨床では食事(納豆や青汁などビタミンK含有量が多い食事)の影響が大きく、これらの遺伝子多型を応用する例はほとんどありません。
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ワルファリンは過剰になれば出血傾向を呈し、時に致死的出血を合併する場合もあります。このため適切な投与量の調節のためモニタリングが必要になりますが、一般にプロトロンビン時間(PT)、特にINR-PTが用いられています。これはPTの値が試薬間で異なる点を克服するために導入された値で、INRがinternational normalization ratioの略語であることからもINR-PTが標準化された値であることが理解されると思います。このほかトロンボテストも指標として使用される場合もあります。
ワルファリン投与量の指標としてPTが用いられる理由として、二つの点が挙げられます。一つはワルファリンによって低下するビタミンK依存性凝固因子の中で、凝固第VII因子の半減期が5時間と短く、このためPTにワルファリンの投与量が比較的早く反映されると言う点が挙げられます。また別の理由として、PTの経路ではビタミンK依存性凝固因子以外の因子は凝固第V因子のみ(フィブリノゲンはかなり低下しない限り凝固時間に反映されません)である点が挙げられます。APTTもワルファリン投与によって延長しますが、凝固第VIII因子や凝固第XI因子、凝固第XII因子、高分子キニノゲン、プレカリクレインなど様々なビタミンK依存性凝固因子以外の因子が関与しているため、適切なワルファリン投与量の指標としては使用しにくいところがあります。
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ワルファリン投与後早期には凝固第VII因子やプロテインCが低下します。先天性凝固第VII因子欠損症では出血傾向を呈するのは、凝固因子活性が極めて低い場合のみで、出血傾向とは逆の血栓素因を呈する場合もあります。一方先天性プロテインC欠損症ではヘテロの欠損症(すなわちその因子活性が50%程度の低下)でも血栓症の重要なリスクファクターとして扱います。このためワルファリン投与後早期には抗凝固療法を施行しているにも関わらず、血栓症の発症リスクは高まることになります。特にワルファリンを投与しなければならない患者さんは、血栓症が存在している(もしくはリスクが高い)方ですので、ワルファリン投与初期には注意が必要になります。このためワルファリン導入時にはヘパリン化している状態でワルファリン投与を開始し、INR-PTが目標の値になった状態の後、3日間ヘパリン投与を継続しその後ヘパリン中止・ワルファリン単独投与を行います(いわゆるヘパリンブリッジング)。
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ワルファリンはビタミンKの作用をVKORを阻害することで作用を発揮します。このため、同じワルファリンを服用中でVKORやCYP2C9などの活性に変化がなくても、摂取されるビタミンKの量によって効果は大きく変動します。
ビタミンKは腸内細菌によって産生されるため、抗生物質内服や、静脈投与でも胆道排泄型の抗生物質の使用では腸内細菌叢が変化しワルファリンの効果が不安定になる場合があります。抗生物質でもN-methyl tetrazole thiol基(NMTT基)やthiadiazole-thiol(TDT基)、methyl-thiadiazole-thiol(MTDT基)などを有するセフェム系抗生物質(セフメタゾールなど)は直接VKORを阻害する作用があります。このためワルファリン使用中の抗生物質の使用には頻回のモニタリングなど注意が必要です。また腸炎や下痢などを合併した場合や、経管栄養などの導入後などでも腸内細菌叢が変化する場合があり、この時もワルファリンの効果が不安定になります。
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ワルファリン過剰状態ではVKORは阻害されますが、ビタミンK還元酵素まで阻害されることは稀です。このため安定型のビタミンK製剤である酸化型(quinone form)ビタミンKを投与すると、ビタミンK還元酵素の作用で還元型(hydroquinone form)ビタミンKが産生されます。還元型ビタミンKはγ-グルタミルカルボキシラーゼによるGla残基形成に補因子として関与し、自身はビタミンKはエポキシド型(epoxide form)となります。正常な状態ではVKORの作用によって還元され再利用されることになりますが、ワルファリン過剰状態では還元され再利用されることはありません。したがって、ワルファリン過剰状態でビタミンKを投与すると、「一回だけ」γ-グルタミルカルボキシラーゼを動かすことができます。ワルファリンの生体内半減期は40-60時間ですので、1-2日のビタミンKの補充でワルファリン過剰状態から離脱することができます。しかし、ミコナゾール併用時などCYP2C9が阻害されている状態ではより長期の投与が必要となる場合があり、また殺鼠剤に含まれるスーパーワルファリンの中には半減期が3ヶ月(90日)以上の物質もあり、殺鼠剤中毒の場合は連日のビタミンK投与が必要になる場合もあります。
ワルファリン過剰状態で致死的出血症状を合併している場合や緊急手術などで観血的手技が必要な場合にはビタミンKを投与することでビタミンK依存性凝固因子を上昇させ、止血可能な状態にします。しかしワルファリン導入時に一過性に血栓傾向が悪化しますが、ワルファリン過剰状態にビタミンKを投与した状態では、出血傾向が一過性に悪化する可能性があります。これは導入時の逆に、半減期が短い凝固因子および凝固制御因子が正常化しますので凝固第VII因子やプロテインCが正常化します。一方、凝固第IX因子や凝固第X因子、並びにプロトロンビンが正常化するまでには幾許かの時間がかかります。臨床検査でもビタミンK補充によってPTは速やかに改善しますが、APTTの延長は継続している場合があります。PTが正常でAPTTが延長している病態は血友病B(凝固第IX因子低下)と同じ病態ですので、止血異常が消失したとは言えない病態と考えられます。
このため適切な投与量状態も含め、ワルファリンを服用中の患者さんが、緊急手術など何らかの理由でワルファリンの効果をキャンセルする必要がある場合には、ビタミンK製剤の投与とともに新鮮凍結血漿もしくはケイセントラなどのビタミンK依存性因子濃縮因子製剤の補充が必要になる場合があります。
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1920年代の米国中西部で、飼育している牛が出血多量によって死亡する奇病が発生しました。原因は比較的早く特定され、カビの生えたスイートクローバー(シナガワハギ(外部リンク)やシロバナシナガワハギ(外部リンク)など)と呼ばれる牧草との関連が示唆され、「スイートクローバー中毒」と呼ばれる様になりました。しかしなぜカビが生えたスイートクローバーを飼料として与えると、出血性の疾患を引き起こすかの真の原因は不明のままで、対象的にカビの生えた飼料を家畜に与えないことが推奨されてはいましたが、経済的な問題もあり実現できないのが実情たっだ様です。
この様な状況の1933年の冬、ウィスコンシン州ディアパークのEd Carlsonという酪農家が、死んだ牛と集乳缶いっぱいの固まらない血液、それに100ポンド(約45kg)のスイートクローバーをトラックに積み、約320キロメートル離れたところにあるウィスコンシン大学に助けを求めたそうです。大学の建物で唯一明かりが付いていた研究室に駆け込み、たまたま研究室にいた生化学者 Karl Link に助けを求めましたそうですが、その時はLinkは何もできなかったということです。
しかしLinkはすぐにスイートクローバー中毒の原因となる化学物質を突き止めるための研究チームを立ち上げ、7年に及ぶ研究の後、原因となる化学物質を同定しました。この物質は「ジクマロール (dicumarol)」と名付けられクマリン(coumarin)系の物質です。スイートクローバーには、配糖体メリロトシド(melilotoside)を含んでおり、β-グルコシダーゼで糖がとれると、クマリンが生成します。クマリンは、Penicillium nigricans感染などによって代謝されて、ジクマロールとなります。
ジクマロールは牛のみならずネズミやウサギなど多くの動物で血液が固まるのを妨げる物質でした。このジクマロールを現代風に言うところのリード化合物として、ネズミの駆除用の新たなクマリン系物質が開発され、「ワルファリン(warfarin)」と名づけられました。「warfarin」は開発に関係したWisconsin Alumni Research FoundationのWARFとcoumarinのarinから名づけられています。
なおスイートクローバーは国外では牧草として使われていますが、国内ではほとんど用いられていません。 しかし、外来雑草として国内にも広く分布しています。
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初期には殺鼠剤として応用されたワルファリンですが、すでに多くのネズミはワルファリンに対する耐性を獲得しており(分解の促進やVKORの変異など)、東京都のドブネズミの60%はワルファリン耐性(この様なネズミをスーパーラットと呼ぶ場合があります)と言われています。このため、これらのネズミに対しても有効なワルファリンの誘導体が開発され、スーパーワルファリンと呼ばれています。一般にスーパーワルファリンはVKORに対する阻害定数が低下し、また半減期がワルファリンの2-3日に対して90日以上の物質もあり蓄積毒性が増強されています。このため殺鼠剤誤用などでは通常のワルファリン過剰よりも長期のビタミンK補充が必要になります。
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