プリオン病/亜急性硬化性全脳炎(SSPE)/進行性多巣性白質脳症(PML)とは
プリオン病の治療
堂浦克美(東北大学大学院医学系研究科プリオン蛋白分子解析分野)
プリオン病の治療薬や治療法として確立されたものはありません。しかし、疾患モデル動物などを用いた治療薬や治療法の開発が国内で活発に行われています。例えば、岐阜大学と長崎大学の研究グループは共同で、正常型プリオン蛋白に結合し異常型プリオン蛋白(プリオン)への変換を抑える治療候補化合物の開発において成果を上げておりますし、東北大学の研究グループは異常型プリオン蛋白が凝集体を形成する性質を利用して、プリオンの増殖を抑える治療候補化合物の開発に成果を上げております。しかしながら、候補化合物を改良し治療効果や安全性を高める必要があるため、これらの研究が実際に患者さんに応用されるまでには、まだまだ時間がかかります。
一方、すぐにでも患者さんの治療に応用できるものを探索する研究も続けられています。これは、他の病気の治療に使われている医薬品の中から、プリオン病の治療に応用できるものを探索するものです。これまでにマラリアの治療薬であるキナクリンやキニーネ、間質性膀胱炎や静脈炎の治療薬であるペントサンポリサルフェート、鎮痛剤であるフルピリチン、抗生物質であるドキシサイクリン、高脂血症の治療薬であるシンバスタチンなどにプリオンの増殖を抑える効果やプリオンによる神経細胞障害を抑える効果が観察されています。この中で、キナクリン、キニーネ、ペントサンポリサルフェート、フルピリチンはすでに患者さんで実験的治療が行われました。キナクリンやキニーネは、一過性の脳機能改善効果が患者さんで観察されましたが、肝障害などの副作用が高率に発生したため、現在のところ積極的には患者さんへの投与は行われておりません。ペントサンポリサルフェート脳室内持続投与は、変異型ヤコブ病患者さんなどで延命効果を認める可能性はありますが、亜急性に進行するヤコブ病患者さんでは効果がないことが明らかになりつつあります。この治療手段は脳神経外科手術を必要とする侵襲的な方法ですので、一般的ではありません。現在は緩徐に進行する病型のプリオン病患者さんで、効果が評価されているところです。フルピリチンは、患者さんの認知機能障害の改善に有効ですが、生命予後を改善する効果はないことが明らかとなっています。一方、ドキシサイクリンやシンバスタチンは、イタリアとドイツで患者さんへの実験的治療が始まっています。国内においても、これらの医薬品を使った実験的治療の準備が進められています。
なお、このような実験的治療の効果を、どのように評価するのかということも重要な研究課題です。現在、病気の発症から亡くなるまでの罹病期間が効果の指標として一般的に使われておりますが、罹病期間は発症年齢、性別、病型、看護・介護、延命治療などにより影響を受けるため良い指標とは言えません。患者さんの脳内のプリオンを直接測定することが出来ないことや、診断や病気の進行の指標となる良い代理マーカーがないことが問題です。現在、患者さんの脳内に蓄積した異常型プリオン蛋白をPET(ポジトロン・エミッション・トモグラフィー)と呼ばれる最先端の画像化技術を用いて評価しようとする試みが東北大学で行われております。まだ感度などに問題がありますが、実験的治療の効果を脳内に蓄積した異常プリオン蛋白量で評価できるようになる可能性があります。