2023年度日本植物形態学会3賞として、下記の通り学会賞1件、平瀬賞2件、奨励賞3件が決定されました。
「学会賞」 | 永田 典子 氏(日本女子大学・理学部) |
「平瀬賞」 | Toyooka, K., Goto, Y., Hashimoto, K., Wakazaki, M., Sato, M., Hirai, M. Y. Endoplasmic reticulum bodies in the lateral root cap are involved in the direct transport of beta-glucosidase to vacuoles. Plant Cell Physiol (2023) 64: 461-473. doi: 10.1093/pcp/pcac177 代表受賞者 Toyooka, Kiminori 氏 (理化学研 究所・CSRS) Moriya, K. C., Shirakawa, M., Loue-Manifel, J., Matsuda, Y., Lu, Y.-T., Tamura, K., Oka, Y., Matsushita, T., Hara-Nishimura, I., Ingram, G., Nishihama, R., Goodrich, J., Kohchi, T., Shimada, T. Stomatal regulators are co-opted for seta development in the astomatous liverwort Marchantia polymorpha. Nat Plants (2023) 9: 302-314. doi: 10.1038/s41477-022-01325-5 代表受賞者 Moriya, Kenta 氏 (京都大学・生態学研究センター) |
「奨励賞」 | 浅岡 真理子 氏(神奈川大学・理学部) 澁田 未央 氏(山形大学・理学部) 元村 一基 氏(立命館大学・生命科学部) |
受賞理由は下記のとおりです。
【学会賞】
永田 典子 氏(日本女子大学 理学部 化学生命科学科)
永田氏は、東京大学大学院在籍中から、理化学研究所 研究員を経て日本女子大学理学部における現職に至るまで、一貫して細胞内の様々なオルガネラ(色素体、ミトコンドリア、リピッドボディなど)の形態や動態を詳細に捉える研究を行ってこられました。その過程では、超広域電子顕微鏡観察法や連続切片SEM法など精力的に新しい光学/電子顕微鏡手法を開発・導入しており、それらの方法の有用性と永田氏の顕微鏡技術の高さにより、国内外で多くの共同研究を実施することを通じて、植物形態学のみならず植物科学全般の発展にも大きく寄与してこられました。そうした研究の成果は、高等植物の細胞質遺伝様式の決定機構、葯タペータム細胞の脂質系オルガネラ、特にエライオプラストが花粉壁形成に果たす役割の解明、黄化芽生えの子葉に存在する巨大ミトコンドリアの発見などを報ずる81編の原著論文、13編の総説、6編の著書として実を結んでおります。さらに、新しい顕微鏡観察手法の開発や改良を行う過程の共有や開発した技術の継承を通じて、植物形態学分野の将来を担う後進の育成にも寄与しています。永田氏はまた、学生会員の頃から継続して研究成果を本学会で発表されており、長年にわたり本学会の評議員、会計幹事、庶務幹事などの役職を歴任されており、本学会への貢献度も極めて大きいものがあります。以上の通り、研究、技術開発とその普及、後進の育成、学会運営などあらゆる面で永田氏の植物形態学という学問分野に対する貢献は非常に大きく、学会賞を授与するにふさわしいと判断いたしました。
【平瀬賞】
Toyooka, K., Goto, Y., Hashimoto, K., Wakazaki, M., Sato, M., and Hirai, M. Y. (2023)
Endoplasmic reticulum bodies in the lateral root cap are involved in the direct transport of beta-glucosidase to vacuoles. Plant Cell Physiol 64: 461-473.
代表受賞者:Toyooka, Kiminori 氏(理化学研究所環境資源科学研究センター)
シロイヌナズナの葉では、傷害や食害によって液胞が崩壊すると、液胞内に蓄積しているグルコシノレートが、ERボディ内にあるβ-グリコシダーゼと細胞質内で混合し、病虫害忌避物質が生成され根圏に放出されるという防護機構が存在します。本論文は、シロイヌナズナの側部根冠細胞においてERボディが多数存在すること、その内部に存在するβグルコシダーゼがERボディと液胞との直接接触・融合を介し植物の成長過程において恒常的に液胞に輸送されること、また液胞膜の一部が崩壊し液胞内の物質が細胞質内へ漏れ出ることを初めて明らかにしました。この発見は、その基盤となる高圧凍結技法、広域電子顕微鏡法、連続断面SEM法、光-電子相関顕微鏡法(CLEM)など植物形態学の王道とも言える様々な先進的な微細構造解析手法と、今後の根圏における防御・共生関係の理解、プログラム細胞死や細胞内輸送など様々な分野へ与えるであろう生物学的示唆の、両面から高く評価されるものです。以上の理由から、本論文は植物形態学会の論文賞である平瀬賞にふさわしいと判断いたしました。
【平瀬賞】
Moriya, K. C., Shirakawa, M., Loue-Manifel, J., Matsuda, Y., Lu, Y.-T., Tamura, K., Oka, Y., Matsushita, T., Hara-Nishimura, I., Ingram, G., Nishihama, R., Goodrich, J., Kohchi, T., and Shimada, T. (2023)
Stomatal regulators are co-opted for seta development in the astomatous liverwort Marchantia polymorpha. Nat. Plants 9: 302-314.
代表受賞者:Moriya, Kenta 氏(京都大学大学院理学研究科)
本論文は、被子植物の気孔の形成制御に必須とされるbHLH型の転写因子のオルソログとして、気孔をもたないコケ植物タイ類に属するゼニゴケのMpSETAおよびMpICE2を発見し、それらがシロイヌナズナで気孔形成能を持つ一方で、ゼニゴケにおいては胞子体の蒴柄細胞の分裂・分化を制御し蒴柄形成に関わるという、全く異なる現象を制御していることを、分子遺伝学的及び形態学的解析により明らかにしました。この被子植物の気孔とコケ植物の蒴柄が共通分子基盤を持っているという予想外の発見は、被子植物の成長に重要な役割を果たす気孔の進化的起源に迫るものです。そしてその成果は、植物の形態形成に関する遺伝子ネットワーク系の進化と流用に関する洞察を与え、今後、蒴柄形成と気孔形成との関係を遺伝子レベルで解析することで、植物の進化過程における新規組織獲得のメカニズムが明らかになることも期待されます。以上の理由から、本論文は植物形態学会の論文賞である平瀬賞にふさわしいと判断いたしました。
【奨励賞】
浅岡 真理子 氏(神奈川大学理学部生物科学科)
浅岡真理子氏のこれまでの研究は、液胞局在型H+-PPaseの研究と、花茎の力学的側面に関する研究の、大きく2つに分けることができます。浅岡氏はその両方の研究において、原著論文の発表および本学会でのポスター発表により、植物形態学の発展に貢献しています。特に、後者のシロイヌナズナの花茎に亀裂が生じる現象に着目した研究では、変異体や組織特異的相補株を用いた分子遺伝学的解析と植物形態学、バイオメカニクスを組み合わせた詳細かつ緻密な解析を行い、亀裂という発生事故を科学的に解釈することに成功しました。その一連の成果は、2報の論文としてDevelopment誌に掲載され、うち1報はその号のResearch Highlightに選ばれました。また当該論文は、2022年度の本学会平瀬賞を受賞しています。2022年度には、日本植物学会にて「植物の成長・発生における機械的力」をテーマとした本学会共催の国際シンポジウムをオーガナイズするなど、植物形態学のみならず植物バイオメカニクス分野における今後の活躍も期待されます。以上の業績・将来性が評価され、奨励賞を授与されるにふさわしいと判断いたしました。
【奨励賞】
澁田 未央 氏 (立命館大学生命科学部)
澁田未央氏は、シロイヌナズナ花成におけるフロリゲン遺伝子の転写制御やフロリゲンの輸送制御、およびエピジェネティック修飾による遺伝子発現制御に関する新たなメカニズムの解明に取り組んできました。特に、後者の研究では、RNAポリメラーゼIIの活性制御に関わるリン酸化レベルを細胞内抗体プローブを用いてライブイメージングする技術を開発し、シロイヌナズナの根の細胞分裂期において転写活性化がダイナミックに変動すること、花粉を形成する細胞における特殊な転写状態が存在することなどを明らかにしました。本研究成果は、国際的にも評価が高く、Communications Biology誌に掲載されました。また、これまでRNAポリメラーゼIIのリン酸化の検出は、固定した細胞で解析されており、生きた組織や器官で遺伝子転写の活性化度合いをモニタリングする本技術は画期的であり、植物形態学の発展に大きく寄与することが期待されます。以上のことから、奨励賞を授与されるにふさわしいと判断いたしました。
【奨励賞】
元村 一基 氏 (立命館大学生命科学部)
被子植物の花粉管の中で、花粉管細胞の核である栄養核は、2つの精細胞と数珠繋ぎになって花粉管先端領域を輸送されます。元村氏は、シロイヌナズナを用いて世界で初めて細胞質中に“細胞核” が存在しない花粉管を作出することに成功し、この細胞核を除いた花粉管が、雌しべの奥にある胚珠へ正確に辿り着く能力を保持していることを明らかにしました。これまでの定説を覆した本研究成果は国際的に評価され、Nature Communication 誌に掲載されています。さらに、"細胞核"が存在しない花粉管を用いて、核非依存的な花粉管伸長機能について明らかにするとともに、持続的な花粉管機能の維持を可能にする分子機構モデルを提唱しています。元村氏は、学位取得以降、毎年のように筆頭著者として論文を発表するとともに、JST さきがけや創発的研究支援事業などの大型予算を始めとした研究費を獲得し、自らのアイデアで独立して研究を推進しています。今後も生殖に関連した植物形態学分野における重要な現象が発見されることが期待されることから、奨励賞にふさわしいと判断いたしました。
委員会メンバー
(主選考委員会)唐原一郎(委員長)、稲田のりこ(Plant Morphology編集長)、酒井敦、佐々木成江、豊岡公徳
(予備選考委員会)唐原一郎(委員長)、稲田のりこ(Plant Morphology編集長)、酒井敦、佐々木成江、塚谷祐一
本年度も下記の要領で日本植物形態学会3賞受賞候補者を募集いたします.自薦・他薦を問わず多くの方々の応募を歓迎いたします.これら3賞は,同一年に同時に受賞することも,また繰り返して受賞することもできます.
pdfはこちらから
1.日本植物形態学会3賞について
日本植物形態学会は,植物形態学の発展に寄与した研究者を賞賛する目的で,「日本植物形態学会賞」,「平瀬賞」,「日本植物形態学会奨励賞」の3賞を設けております.
「日本植物形態学会賞」は,植物形態学の進歩に長年寄与し,植物科学の発展に貢献した研究者に与えられます.「平瀬賞」は,この賞を創設した1996年が平瀬作五郎によるイチョウの精子発見の百周年にあたることに因み,平瀬の功績を讃えてその名を冠したもので,植物形態学の進歩に寄与する独創的で優れた論文に与えられます.「日本植物形態学会奨励賞」は,植物形態学の分野で将来の活躍が期待される若手研究者に与えられます.
2.日本植物形態学会3賞受賞候補者募集要領
1)応募資格:各賞とも,本学会員に限ります.
2)応募方法:各賞とも他薦,自薦を問いません.2023年6月12日(必着)までに,以下の資料をいずれも電子ファイルの形で日本植物形態学会事務局に送付して下さい.自薦の場合,推薦書は特に必要としません.
3)授賞および記念発表:各賞の受賞者は当該年度日本植物形態学会総会のおよそ1ヶ月前までに通知いたします.受賞者には,総会において賞状と記念品を授与いたします.また,受賞者には,本学会の講演会で受賞記念講演を行ない,本学会誌'Plant Morphology'にミニレビューを執筆していただきます.
4)選考方法:各賞の受賞者の選考は,日本植物形態学会によって設けられた選考委員会によって行われます.
3.日本植物形態学会3賞受賞候補者選考要領
毎年7月までに選考委員会を設置し,会議によって遅くとも大会の一ヶ月前までに選考を終了する.
選考委員会メンバーについての細則
応募書類送付先:
〒950-2181 新潟県新潟市五十嵐二の町 8050
新潟大学理学部(自然環境)内
日本植物形態学会事務局 (庶務幹事:林 八寿子)
Tel. 025-262-6370
e-mail: yhayashi@env.sc.niigata-u.ac.jp (@は半角に直してください)
*第9回(2004年度)以降の平瀬賞は論文賞につき,受賞論文の代表著者氏名を記載しています.
受賞論文リストについては,こちら(PDFファイル)をご覧ください.
氏名のリンク先は受賞者が'Plant Morphology'誌に執筆したミニレビューとなっています.
回 | 年度 | タイトル | 受賞者 |
---|---|---|---|
第18回 | 2006 | 単一葉緑体分裂装置の機能解析 | 吉田大和,黒岩晴子,三角修己,西田敬二 |
第19回 | 2007 | angustifolia3 変異によって発現レベルが低下する遺伝子が葉の形成に果たす役割 | 堀口吾朗,塚谷裕一 |
第20回 | 2008 | 花粉管誘引物質の同定として -活性型リガンドの大量精製系と新規誘引アッセイ系の開発 | 奥田哲弘,佐々木成江,椎名恵子,筒井大貴,武内秀憲,金岡雅浩,東山哲也 |
第21回 | 2009 | 2つの精細胞の特異的受精機構の解析 | 浜村有希,齊藤知恵子,金岡雅浩,佐々木成江,中野明彦,東山哲也 |
第22回 | 2010 | 電子線トモグラフィー法を用いた褐藻アミジグサの原形質連絡の微細構造解析 | 寺内真,梶村直子,長里千香子,Christos Katsaros,峰雪 芳宣,奥田一雄,本村泰三 |
第23回 | 2011 | 細胞内バクテリアを保有する緑藻カルテリアとその近縁種における比較形態学的観察 | 川舩かおる,野崎久義 |
第24回 | 2012 | 葉の柵状組織におけるDNA量と細胞体積の解析 | 片桐洋平,長谷川淳子,塚谷裕一,松永幸大 |
第25回 | 2013 | 真正粘菌におけるバクテリア分裂因子によるミトコンドリアとミトコンドリア核様体の分裂制御 | 山田佳歩,佐々木妙子,由比良子,東山哲也,佐々木成江 |
第26回 | 2014 | 耐塩性イネ科植物ローズグラスにおける塩腺細胞の微細構造とその形成 | 大井祟生,三宅博,谷口光隆 |
第27回 | 2015 | 顕微鏡画像データ提示における3Dプリンタの活用 | 小笠原希実,比留川治子,桧垣匠,秋田佳恵,馳澤盛一郎,東山哲也 |
第28回 | 2016 | シロイヌナズナの胚軸及び花芽メリステムの分化維持に関わる新規因子の解析 | 高橋和希,郡司玄,堀口吾朗,塚谷裕一,Ferjani Ali |
第29回 | 2017 | ハイパースペクトルおよび凍結割断法によるヘマトコッカス細胞の色素とオイル顆粒の光応答動態解析 | 大田修平,森田彩,大貫慎輔,平田愛子,関田諭子,奥田一雄,大矢禎一,河野重行 |
第30回 | 2018 | 平面状群体の胚発生の解析から探るボルボックス系列緑藻における球状群体への進化 | 山下翔大,野崎久義 |
第31回 | 2019 | シロイヌナズナの黄化芽生えでみられる多様なミトコンドリア形態の解析 | 福島早貴,高木智子,小林啓子,秋田佳恵,盛一伸子,菅 谷元,有村慎一,永田典子 |
学会事務局
〒860-8555
熊本県熊本市中央区黒髪2-39-1
熊本大学理学部内 日本植物形態学会(庶務幹事:武智克彰)
ktakechi@kumamoto-u.ac.jp
(@は半角に直してください)
日本植物形態学会ウェブサイト担当
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愛知県名古屋市千種区不老町
名古屋大学ITbM 日本植物形態学会(広報委員長:栗原大輔)
kuri@bio.nagoya-u.ac.jp
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