リビング・ウィルに従って延命治療を中止した医師は
罰せられることはないのか
わが国では、欧米のように、医療者がリビング・ウィルに従って延命治療を中止した場合、法的には罰せられないことを定めている法律はありません。
しかし、2006年に世間を騒がせた射水市民病院呼吸器取り外し事件の後に、厚生労働省、日本救急医学会、日本医師会、日本学術会議、日本病院協会、全国老人保健施設協会などが相次いで出した終末期医療に関するガイドラインにおいて、リビング・ウィルや事前指示書を尊重することが謳われています。
厚生労働省のガイドラインにおいてのみ、リビング・ウィルないしは事前指示書という文言はありませんが、「家族等が本人の意思を推定できる場合は、その推定意思を尊重し、」と書かれており、リビング・ウィルがあれば、当然、本人の意思を推定できますから、実質的には、リビング・ウィルは間違いなく尊重されるでしょう。
どのガイドラインも、医師が単独で治療方針を決定するのではなく、複数の医療者により構成される医療・ケアチームが決定することを求めています。
これらのガイドラインが出された後に、ガイドラインに従って無意味な延命治療を中止したという報道はありましたが、警察の捜査が行われたことはありません。
加えて、あれほどマスメディアで大々的に報道された射水市民病院事件も、2003年におきた北海道立羽幌病院の呼吸器取り外し事件も共に警察の捜査が行われ、マスメディアで話題にはなりましたが、警察は一応書類送検したものの、富山地方検察庁も北海道地方検察庁も呼吸器を取り外した医師たちの罪を問うことなく、不起訴処分にしています。
射水市民病院事件も羽幌病院事件の患者さんたちは、リビング・ウィルを書き残していなかったのですが、それでも不起訴処分になっていますから、リビング・ウィルがあれば、おそらく、警察は捜査にのりだすこともないでしょう。
したがって、わが国では法整備はされていないものの、リビング・ウィルを尊重する形で、無意味な延命治療の中止を、複数の医療者により構成される医療・ケアチームが判断するのであれば、医療側が罰せられることはないと断言してほぼ間違いありません。
事実、私の周りの医療者たちは、リビング・ウィルを尊重しつつ、終末期の医療に対応してくれています。
なお、厚生労働省は、2007年に初出し、2018年に3度目の改訂版を出した「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」において、アドバンス・ケア・プランニン(ACP)の概念を導入し、心身の状態の変化等に応じて本人の意思は変化しうるものであり、医療・ケアの方針を、繰り返し話し合うことと、本人が自らの意思を伝えられない状態になる前に、本人の意思を推定する者について、家族等の信頼できる者を前もって定めておくことを記載しており、ここで作成される文書は、事前指示書そのものです。