本研究の背景
日本は高齢化社会を迎え,非常に多くの医療費を必要としております.医療水準の向上,先進医療の増加なども医療費の増加の要因となっていますが,一番は高齢者の人数が多くなり,医療を必要とする方が増加していることが最も大きな要因となっています.つまり,加齢によって発症頻度が増加する疾患に対する医療費は,どうしても増加してしまいます.そのため医療費をいかに効率よく分配するかということは,日本の医療政策の最も大きな課題の一つであり,加齢性疾患の病態解明,治療法の開発,そして最終的に加齢性疾患の予防の推進は,医学における大きな課題といえます.
加齢性疾患の特徴は,加齢により多臓器にわたって機能低下,機能障害を有し,多臓器に疾患を罹患することです.その疾患に対して従来までの研究は,単一臓器の視点から行われてきました.具体的には,心筋梗塞は心臓を研究,脳梗塞は神経を研究,骨粗鬆症は骨を研究,歯周病は歯を研究という具合に行われてきました.この研究手法は多くの疾患の病態解明,治療法の開発に寄与しており,現在も中心的な役割を果たしております.一方で,高齢者が罹患する多臓器疾患に対して,各臓器の障害の単純な足し算では十分な理解は得られないことも明らかとなってきました.高齢者の臓器障害は,それぞれが独立して存在しているのではなく,多臓器が連関しながら多臓器疾患は進展していく可能性が指摘されています.つまり加齢性疾患の研究において,各臓器が相互に連関する「臓器連関」の視点から研究を進めていくことが,非常に重要です.
高齢化社会での加齢性疾患の研究において,高齢化社会の社会的背景も考慮に入れる必要があります.高齢化社会では,人口動態や社会基盤など社会的背景も大きく変化してきます.その社会的背景の変化は,加齢性疾患にも大きな変化を与えていると予想されます.たとえば,戦後の高度成長時代では,第一次ベビーブームにより多くの若者が社会に存在し,高齢者は若者とともに生活をしておりましたが,現在では高齢者が高齢者を介護する「老老介護」や高齢者が独居するなど,社会的背景は変わってきています.その中で,食生活をはじめとする日常生活も大きく変化しており,その変化も疾患の研究に加味する必要があります.そのようなことから,高齢化率が高い地域での臓器連関の視点からの疫学研究は,今後我が国が迎える「超高齢化社会」の日本国民に対して有益な知見を与えると予想されます.
新潟県では,農村部を中心に高齢化率(65歳以上の人口が総人口に占める割合)が高い市町村が存在します.その中で,佐渡市の老年人口は40%以上と高く,佐渡市の人口構成は,日本の約20年後の将来像に相当するといえます.その一方,新潟県の県民一人あたりの医療費は47都道府県の中で最も低いことは大きな特徴です.さらに佐渡市の後期高齢者一人あたりの医療費は,新潟県全体の平均より低いことから,佐渡市の高齢者一人あたりの医療費は全国的にみても低いといえます.その佐渡市でのコホート研究は,疾患の研究という臨床医学だけでなく,将来の日本が対峙しなければならない超高齢化社会の医療政策という社会医学に対しても,大きく寄与すると考えています.
以上のことから本研究プロジェクト研究者は,佐渡市での「臓器連関」の視点での疫学研究とその研究を通じて佐渡市民の末永い健康の維持を目的として,佐渡プロジェクト「PROject
in Sado for Total health, PROST」を開始することにしました.
PROST
PROSTは,ドイツ語で「健康を祝す,乾杯」の意味です.