<酸塩基平衡番外編>

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Henderson-Hasselbalchの式 >>酸塩基診断篇はこちら

 二酸化炭素(CO2)と重炭酸イオン(HCO3-)は水溶液中で平衡関係にあり、その濃度は
pH=pKa + log([HCO3-]/(α x PCO2)) (Ka:定数、α:溶存度)
の関係にあります。
 血液は重炭酸を主なイオンとする緩衝液と捉え、古典的アプローチでは
血液の酸塩基平衡状態を
  pH=6.1 + log([HCO3-]/(0.03xPCO2)Henderson-Hasselbalchの式)
を満たすとして考えます。
 実際、生体ではPCO2を肺で[HCO3-]を腎で独立に制御しており、この考えは生体における酸塩基異常を評価する方法として適切だと考えられます。
 しかし、pKaは血液中に存在する他の物質に影響され、また、αも変化します。そこに注目し、[HCO3-]を独立変数としない酸塩基診断法を提唱したのがStewartです。実際、pH, PCO2, [HCO3-]を独立に測定すると、ほとんどの症例で、上記の式を厳密には満たさないことが報告されています。
 現在、pH, [HCO3-], PCO2の中で、実臨床で使用される殆どの血液ガス測定器で実測される項目はpH, PO2のみで、[HCO3-]はこれらから計算で求めた値です。各測定器で用いているpKaとαの値は異なり、この違いにより得られる[HCO3-]は異なりますが、通常は、pKa 6.1とα 0.03に近い値が用いられており、pH=6.1 + log([HCO3-]/(0.03xPCO2))をほぼ満たします。ですから、血液ガス測定器で表示されるpH, [HCO3-], PCO2は、Henderson-Hasselbalchの式を大きな誤差なく満たすはずで、もしも満たしていない場合は、測定器が故障していると考えられます。しかし、測定の問題ではなく、計算の問題ですから、そのようなことは ないと考えられます。
つまり、実臨床ではHenderson-Hasselbalchの式は機械の中の問題で、酸塩基異常の診断には不要です。
 (機械の計算を疑うなら携帯電話もメールも使えませんし、このページの表示も信用できません。)

※酸塩基異常に関する参考書や特集でも、このことを理解せず解説している記載が散見されます。
 例えば、日本内科学会雑誌にシリーズとして特集されている「One Step more 〜苦手を得意に!血液ガス」3回目で提示されている症例はpH, [HCO3-], PCO2がHenderson -Hasselbalchの式から乖離しています。臨床で使用されている測定器は上記のように[HCO3-]を算出して提示しているので、臨床症例で乖離 している測定値が提示されることはまずないと考えられます。従って、この例のように乖離した値が提示されている場合は架空の症例と考えられます。
 測定原理を考慮していない症例を解析するのは問題があると思い、編集部に訂正するようにお勧めしたのですが、編集部からは「本シリーズは、初学者・血液 ガスを不得意とする医師向けなので、詳細は問題にしない」との返答で、訂正していただけませんでした。原理を理解された方々がこのような症例に遭遇すると 混乱されるかもしれず、Henderson-Hasselbalchの式を満たすように訂正するだけなのに残念です。解説に適した症例を探すのは大変なの で、このように測定原理を考慮せず架空症例で解説している場合もあるので、注意してください。
 ちなみに、この解説で診断法として示されている「図1」のアルゴリズムでアシデミアと代謝性アシドーシスがきちんと区別して使用されていないことと、ア ニオンギャップ(AG) = Na – Cl – HCO3を用いて高Cl性代謝性アシドーシスを診断するような間違いが生じる可能性も訂正することをお勧めしたのですが、「あくまでも一般的な簡易法とし て紹介したものであり、提示したフローのみであらゆる症例を解析できるということを意図して記載したものではありません。」とのご返答でした。混乱されな いように酸塩基異常を診断をごらんください。>>実際篇はこちら >>進化型はこちら

測定器の設定で異なるpKaとαが使用されている影響で、酸塩基異常の診断が測定器により異なる可能性があります。論文#1
このような影響を避けるためにpKaとαを統一する必要があると考えられます。
広く使用されているpKa 6.1、α 0.03を使用し、これに基づく診断基準を統一してもよいと思いますが、
the National Committee for Clinical Laboratory StandardsがpKa 6·095、α 0·0307を推奨していることから、
これらの値を用いて診断基準を統一すると、
動脈血サンプルでは
pH 7·38–7·42、pCO2 38–42 mm Hg、[HCO3-] 23–27 mM
静脈血サンプルでは
pH 7·36–7·38、pCO2 43–48 mm Hg、[HCO3-] 24–28 mM
を用いることを推奨されます。

何故 Henderson-Hasselbalchの式が血液ガス分析に出てくるのか?

 では、なぜ多くの教科書にHenderson-Hasselbalchの式が記載されているのでしょうか?
以下、あくまで私見です。
 これは昔(といってもわずか数十年前)は必要であったものが、コンピュータが汎用される現在にも残っているだけだと考えられます。古い論文をよむと、昔はpH, PCO2, [HCO3-]に関連する項目として、pHを測定値し、[HCO3-]を総炭酸濃度測定値から推測し、これらからPCO2を計算で求めていたようです。この時にHenderson-Hasselbalchの式が必要だったのです。その後、PCO2が 測定されるようになり、測定が煩雑な総炭酸濃度が測定されなくなり、[HCO3-]がHenderson-Hasselbalchの式から求められるよう になり、この時代に[HCO3-]を求めるために Henderson-Hasselbalchの式 を用いるようになり、その後、コンピュータの汎用により、測定器内で自動計算されるようになったと推測されます。ですので、測定器内で自動的に計算が機械 で行われ、その結果を表示してくれる現代では臨床家がHenderson-Hasselbalchの式を用いる必要性はなくなっているのです。昔は必要 だったが、 今は必要ないものが必要性を考慮せず残っているだけだと推測されます。
 では、昔、どのようにHenderson-Hasselbalchの式を利用していたのか?考えてみましょう。
余程の能力の持ち主でないかぎり、暗算で出来るのは四則計算だと思いま す。電卓を使ったとしても、昔の電卓は対数計算は高級電卓でのみ可能で、普通の電卓でできるのは四則計算でした。しかし、Henderson- Hasselbalchの式には対数が入っています。
    pH=6.1 + log([HCO3-]/0.03xPCO2)
このままでは、四則計算のみが普通であった時代では2項目から他の1項目の値を計算できません。
そこで、
    [H+] = 24 x PCO2/[HCO3-]
の変換式が登場したのではないかと推測されます。
この式を用いれば四則計 算のみで2項目から他の1項目の値が得られます。
しかし、新たな問題が発生します。
血液ガス測定器で得られるpHはlog (1/[H+])ですから、血液ガス測定器の計測値から[H+]を得るために対数が必要です。(測定器で表示する値を[H+]にすれば問題なかったので しょうが、一般にはpHメーターが用いられるので、血液ガス測定器用に[H+]表示する機械をつくるのは経済効果が悪かったのでしょう。)
そこで、pHから[H+]を推定するいわゆる「合計80の法則」が考えられたのだと思います。

「合計80の法則」(下表 pHと水素濃度の関連 参照)
 pHの小数点以下2位までの値(pH 7.42なら42)と[H+](nM/L)の値が
中性域(pH 7.40前後)では合計80になるという法則

この法則を用いれば、pH, PCO2値から、[HCO3-]を求めることが出来ます。
[H+] = 24 x PCO2/[HCO3-] を変換して
[HCO3-] = 24 x PCO2/[H+] ですね。

※ 米国で生化学検査項目として測定される[HCO3-]が診断に用 いる事が出来るかを、血液ガス測定器の測定値から確認する目的でHenderson-Hasselbalchの式を用いたことも考えられます。
 しかし、血液ガス測定を行える状況では[HCO3-]値が得られるので、生化学検査で[HCO3-]する必要はないとも言えます。

HCO3推測値


 実際の症例ではpHは7.2-7.6であることがほとんどで「合計80の法則」を用いて[HCO3-]を求めても、一般に考えられている誤差 範囲である+/- 2の範囲内であり、使用に耐えたと推定されます。

確認してみましょう。
[HCO3-] = 24 x PCO2/[H+] から
例えば、PCO2が40であるときに
pHが7.20ならば[H+]は63なので、[HCO3-]は 15
     「合計80の法則」を用いると[H+]は60で [HCO3-]は 16(誤差1)
(呼吸性代償があってもPCO2値が下がるので誤差は更に小さくなる)
pHが7.30ならば[H+]は50なので「合計80の法則」と同じ値でOK
pHが7.50ならば[H+]に32なので、[HCO3-]は 30
     「合計80の法則」を用いると[H+]は30で [HCO3-]は 32(誤差2)
(呼吸性代償があってもPCO2はせいぜい45で [HCO3-]は 各々34, 36(誤差2)
しかし、アルカローシスが高度になると
pHが7.60ならば[H+] 26で [HCO3-] 37に対して
「合計80の法則」では20となり  [HCO3-]は 48(誤差11)
とかなり[HCO3-]値を過大に推定してしまいます。
呼吸性代償でPCO2 50となると更に誤差は拡大しますが、代謝性アルカローシスの診断には問題なし。

つまり、アルカレミアが7.6程度まで高度であるときに、[HCO3-]を過大に推定してしまう危険性があるが、
ほぼ問題なく使えると考えられます。

pHと水素濃度の関連

pH         [H+](nM/L)      pHの小数点以下+[H+]
7.80         16                    96
7.70         20                    90
7.60         26                    86
7.50         32                    82
7.40         40                    80
7.30         50                    80
7.20         63                    83
7.10         80                    90
7.00         100                 100



現代の酸塩基異常診断>>実際篇はこちら >>進化型はこちら


以上のように、Henderson-Hasselbalchの式や「合計80の法則」の法則は多くの臨床現場では必要なく、[HCO3-]値が血液ガス分析値として報告される状況では、その値に基づいて酸塩基異常を診断してよいと考えられます。
そこで、現在の実臨床現場での酸塩基異常の診断ステップの提案です。

  1. pH値に従いアシデミアかアルカレミアかを診断する。>>解説はこちら
    • pH <7.38(アシデミア)
      • PCO2 >40 mmHgなら呼吸性アシドーシスが原発異常
      • PCO2 ≤40 mmHgなら代謝性アシドーシスが原発異常
    • pH >7.42(アルカレミア)
      • PCO2 <40 mmHgなら呼吸性アルカローシスが原発異常
      • PCO2 ≥40 mmHgなら代謝性アルカローシスが原発異常
    • pH 7.38-7.42(正常範囲)
      • PCO2 =40 mmHgなら異常なし
      • PCO2 <40 mmHgなら呼吸性アルカローシスと代謝性アルカ ローシスの合併
      • PCO2 <40 mmHgなら呼吸性アシドーシスと代謝性アシドーシスの合併

  2. 原発異常に対する代償性変化を確認する。
    • 呼吸性原発異常に対する代謝性代償変化は
      • 数時間以内に起こる急性代償
      • 数日(3-5日)を要する慢性代償がある。(下記表参照)
    • 代謝性原発異常に対する呼吸性代償変化は数時間以内に起こる。代償が不充分な場合は合併する異常が疑われるが、代謝性アルカローシスに対 す る代償には低換気状態を要し低酸素血症を来すため、代償の程度は酸素濃度に依存し変動することに注意を要する。

    • 代償性変化

      ・代謝性アシドーシス(限界Pco2 15)
         ΔPco2=1.0-1.3 × Δ[HCO3-]
      ・代謝性アルカローシス(限界Pco2 60)
         ΔPco2=0.5-0.7 × Δ[HCO3-]
      ・呼吸性アシドーシス
         急性:Δ[HCO3-]=0.1 × ΔPco2(限界[HCO3-] 30)
         慢性:Δ[HCO3-]=0.35 × ΔPco2(限界[HCO3-] 42)
      ・呼吸性アルカローシス
         急性:Δ[HCO3-]=0.2 × ΔPco2(限界[HCO3-] 18)
         慢性:Δ[HCO3-]=0.50 × ΔPco2(限界[HCO3-] 12)

       [HCO3-]の正常値に誤差があるので厳密に代償性変 化を求める必要な い。
      また、急性か慢性かの判断も困難であり、
      大まかに
      代謝性アシドーシスはΔ[HCO3-]相当
      その他はΔ[HCO3-]またはΔPco2の半分と覚えれば良い。
      対象となる変換の半 分までは代償、
       過呼吸のみ は対応可能なので代謝性アシドーシスに対する呼吸性代償は当分代償まで

  3. 代謝性アシドーシスの場合はアニオンギャップ(Anion Gap: AG)を計算する。
    • 同じ検体で血清Na・Cl濃度を測定し、以下の式でAGを計算する。
    • AG = [Na+] – ([Cl-] + [HCO3-])
      AGの正常値は 同じ検体のアルブミン濃度(Alb)により影響され、[Alb]x2.5(±2)である。
      通常は[Alb] 4 g/dL前後なので、10(±2) だが、一般に12が用いられる事が多い
    • AGが正常であればAG正常型代謝性アシドーシス(高Cl性代謝性アシドーシス)、AGが増大している場合はAG増大型代謝性アシドーシスと診断する。

    • アニオン ギャップ(Anion Gap: AG)

      [Na+]  [Cl-]ともに測定機器により、同一検体でも測定値が異なるため、施設ごとに正常値を決定する必要がある。現在の測定機器では[Na+] に比較して [Cl-]が高値をとる傾向があり、実際のAGは9前後である施設が多いと推測される。

    • AG増大型代謝性アシドーシスの場合は、AG増大分(ΔAG:AGと正常値の差)を[HCO3-]に加えた補正[HCO3-]値 ([HCO3-] + AG – 12)を計算する。補正[HCO3-]値>24の場合は代謝性アルカローシスの合併と診断する。

  4. AG増大型代謝性アシドーシスと高Cl性代謝性アシドーシスが合併
    • AG増大型代謝性アシドーシスに高Cl性代謝性アシドーシスが合併していることがあるが、血液ガス分析で合併の有無を診断するのは困難で ある。AG増大型代謝性アシドーシスで[Cl-]が高値である場合で臨床症状を伴う場合(腎不全等)合併を疑う。
      >>酸塩基診断「進化型」 はこちら