学会利権と研究不正
―その騙しの構造について

You can fool all the people some of the time, and some of the people all the time, but you cannot fool all the people all the time. (Abraham Lincoln)

あらすじ:科学捜査利権拡大に利用された北陵クリニック事件
学会とはその権威を利用して利権を確保,拡大する組織である.そこでは利益相反に基づく研究不正がしばしば発生する.その典型例がARB利権から発生したディオバン事件である.この種の問題は臨床医学系学会で頻繁に発生しているが,それ以外の学会でも業務独占,研究費,組織拡大といった利権に関係して研究不正が発生する.北陵クリニック事件で「毒殺魔 守大助」を立証する唯一の物的証拠となった土橋鑑定は,最新科学捜査の輝かしい勝利の証としてマスコミと国民の皆様から絶賛され,警察・検察からも大いに感謝された.こうして土橋氏は最新科学捜査の大看板となり,多額の研究費を獲得して多くの輝かしい業績を上げ,科学捜査利権拡大に多大な貢献をした.学会にとって北陵クリニック事件は打ち出の小槌だった.ところが土橋氏はそれだけでは満足していなかった→続きはこちら

研究不正と学会と利権の関係
Jikei Heart Study (JHS)にせよ、Kyoto Heart Study (KHS)にせよ、、バルサルタンの「降圧を超えた効果」にはスポンサーの多大な影響があっただろうと、多くの人々は考えました。にもかかわらず、高血圧診療関連学会のお歴々が、諌言する桑島巖氏に対し堂々と反論できたのは、トップジャーナルと学会の権威が背後にあったからです。JHS、KHSのサブ解析論文を含め、「降圧を超えた効果」を示す諸々の論文を学会誌に掲載することによって、学会自体がノバルティスの広告塔になれたのも、市民がトップジャーナルや学会の権威を信じていたからです。

騙されたと知って爆発した市民の怒りは、学会ではなく研究者個人に向かいました。その時既に誇大広告としてのJHS、KHSの公訴時効は過ぎ去り、バルサルタンの後発品が控えていました。賞味期限が切れたARB利権とJHS、 KHSの著者達を上手く使い捨てた学会は、次にどんな売薬利権企画で市民を騙そうと目論んでいるのでしょうか。

利権のために科学を否定した学会
 科学界に対する衝撃の大きさでは、ディオバン事件をはるかに凌ぐ研究不正となったSTAP細胞論文。それが捏造であることを速やかに立証したのは、学会や利権に囚われない、研究者達の自律的な行動でした。どうやって追試しても実験結果を再現できずに疑惑が深まっていた中、筆頭著者が研究者生命を賭けたはずの論文の写真が、自身の博士論文からの流用と判明してSTAP細胞論文の嘘が暴かれたのは、論文発表されてからわずか40日後のことでした。

土橋鑑定の捏造認定はSTAP細胞論文よりはるかに簡単なはずでした。しかるべき学会が「実験ノート一つ提出できない鑑定は直ちに捏造と認定される」、「質量分析のデータが研究室によって異なることなどあり得ない」と声明を発表すれば、そこで裁判は終わっていたはずでした。

 ところが事件発生以来この16年間で、土橋鑑定を正面から批判した研究者は、影浦光義氏と志田保夫氏の二人だけでした。両氏ともにベクロニウムを質量分析してもm/z258は検出されないことを実証しました。しかし他の研究者は皆、三猿を決め込みました。一部の研究者は検察側証人として影浦鑑定・志田鑑定を全面的に否定し、実験ノート一つ提出できない土橋鑑定こそが科学的証拠であると証言しました(関連記事)。こうして学会自らが科学を否定し、警察、検察、裁判所、そして市民を全て騙すことによって科学捜査利権を確保してきました。

日替わり質量分析
 土橋鑑定が行われたのは、科学捜査研究の西のメッカとして幾多の輝かしい業績を誇り、数多くの科研費も獲得している大阪府警科捜研です。土橋鑑定自体は取り繕いようがないが、せめて現在行っている質量分析は捏造ではない「証拠」を示しておきたい。著者達のそんな切なる思いを伝えてくれるのが、土橋氏と大阪府警科捜研の共著になる論文です。論文が掲載されたのは、警察庁の附属機関である科学警察研究所に事務局を置く日本法科学技術学会(旧日本鑑識技術学会)の学会誌でした。賛助会員に最高検察庁も名を連ねていることからもわかるように、警察だけでなく検察とも太い絆で結ばれている学会が、土橋氏の強い味方となっているのです。

この論文を読めば、土橋氏自らが土橋鑑定を否定し、影浦鑑定・志田鑑定、そして世界標準のベクロニウム質量分析の正しさを認めていることがわかります。ただし、それで所期の目的は達成できたとしても、「天動説と地動説を使い分ける驚天動地の二枚舌」という非難に対してどう対処するか?

常人ならばそんな懸念を払拭できないはずですが、そこは「研究室が異なれば質量分析の結果も違う」と裁判で証言したほどの柔軟性の持ち主のことです。今度も秘策を練っていることでしょう。「なあに、警察も、検察も、裁判所も、みんなちょろいもんさ。今度は『日付が異なれば質量分析の結果も違う』、そう証言すればいい」そう思っているどうかは、いざ知らず。

これからも市民を騙し続けるつもりですか?
 直接市民が被害を受けることのない基礎科学研究でさえ、研究不正防止策が講じられています。ましてや、個人の尊厳・人生、そして命をも左右する鑑定では、それよりもはるかに厳しい不正防止の仕組みが策定されている「はず」。多くの市民は無邪気にそう信じてきました。

 ところが、現実の科捜研は完全に警察の支配下にある透明性ゼロの組織であり、そこで行われているのは、「科学なき科学捜査」です。その科捜研の生殺与奪の権を握るのは警察であって、他の行政機関は一切手出しできませんし、オンブズパーソンがいるわけでもありません。市民の負託に応え、捏造、改竄といった不正を防止するために科学捜査を監視できるとすれば、それは学会以外にはありません。

 ところがその学会は警察・検察と太い絆で結ばれ、世界でただ一人「ベクロニウムを質量分析するとm/z258が出てくる」と主張する土橋氏を、科学捜査の最高権威として組織を挙げて全面的に支援し続けてきました。

 t検定一つやったことのない警察官、検察官、裁判官を騙し、実験ノート一つ提出できない捏造鑑定を「科学的証拠」と認定させ、科学捜査利権をほしいままにしてきた。学会によるこのような組織的詐欺の数々は、裁判を信頼し、良質な司法サービスを受ける権利を有する市民に対する背信行為に他なりません。

 神経難病患者を16年間にわたり突然死の恐怖の只中に放置してきた捏造鑑定。それを利権のために「科学捜査の大勝利の証」に仕立てた学会。醜悪極まりないこのスキャンダルに対し、徹底的に不作為を貫いてきた人々は、これまで同様、これからも警察、検察、裁判所、そして市民を騙し続けようとするのでしょうか。リンカーンの警句を前にしても。

参考: 土橋鑑定の全貌 科学捜査と研究不正, 土橋鑑定に対する調査結果報告書要約