目次
要約
A. 研究不正を見逃さない科学的証拠認定能力の重要性
B. 研究不正を見抜くために必要な教育と訓練
C. 土橋鑑定は捏造の認定要件を全て備えていた
C-1 実験ノートがなければ自動的に捏造と認定される科学の世界
C-2 STAP細胞・土橋鑑定と志田鑑定の比較
D. 土橋も志田鑑定並びに世界標準の質量分析の正しさを認めていた
D-1 志田鑑定の正しさを認めた土橋自身の論文
D-2 志田鑑定は世界標準の研究成果と一致している
E. 捏造を許した原因の分析
E-1 土橋はいつから,如何にして検察官を欺いてきたか
E-2 検察官側の問題
F. 結語 科学なき「検察の理念」
「科学的証拠とこれを用いた裁判の在り方」(最高裁判所司法研修所編) [文献1]は,「科学としての到達点と証拠としての適性を見極めた上で,科学的証拠を刑事裁判に正しく採り入れて適正な事実認定をしていく」ことを求めている.以下,本意見書ではこの能力を,科学的証拠認定能力と呼び,研究という場合は科学研究を指す.
2017年3月16日,東京地裁で判決のあったノバルティス社の降圧剤論文不正事件(いわゆるディオバン事件)では,製薬企業との間に重大な利益相反を持つ研究者らによる研究不正が認定された.ディオバン事件裁判では,海外の一流誌に掲載された研究論文が検察側から証拠として提出され,その論文データの改竄・捏造を巡って40回もの公判が重ねられた [文献2].さらに同年4月7日には,科学研究の重要な一分野である臨床研究の不正を防止するための臨床研究法が成立した [文献3, 文献4].また刑事事件化はされなかったものの,2014年12月に理化学研究所により最終的に捏造と認定されたSTAP細胞問題は [文献5],我が国が世界をリードする再生医療が関係した研究不正として,全世界に衝撃を与えた.科学研究の成果は患者の診断・治療に直結するため,研究不正に対する国民の関心も非常に高くなっている.今や研究不正の防止は喫緊の国民的課題であり,その不正を見逃さないための科学的証拠認定能力は,検察官にとっても不可欠となっている.
個人の尊厳・人生・そして命まで左右する鑑定には,一般の科学研究よりもはるかに頑健な科学的妥当性が求められる.鑑定では如何なる不正も絶対に許されない.万が一鑑定結果に誤りがあったとしたら,それは直ちに開示・訂正されねばならない.鑑定の重要性に鑑みれば,誤りの訂正を恣意的に遅らせることも重大な不正となる.
以上の状況を踏まえて,本調査では,北陵クリニック事件再審請求で最大の争点となっている,大阪府警科捜研吏員(当時)土橋均が行ったベクロニウム質量分析(以下,土橋鑑定)を対象に,その科学的証拠としての妥当性について,研究不正の観点から検証した.
B. 研究不正を見抜くために必要な教育と訓練
私は1982年に東京医科歯科大学医学部卒業後2年間の臨床研修を修了し,1984年に同大大学院医学系研究科博士課程に入学してから今日まで,33年にわたって医学・科学研究に様々な形で携わってきた.1990年から2年間,英国グラスゴー大学にてアルツハイマー病患者死後脳の研究を行った時も,科学・医学に国境はないこと,科学研究における倫理の大切さ,研究不正を防ぐための方策を徹底して教育された.
2003年からは厚生労働省並びに独立行政法人医薬品医療機器総合機構 (PMDA)にて,製薬企業や医師が行う研究・臨床試験の妥当性を吟味する審査官を務め,2005年からは審査役として審査チームを統括した.また海外査察で外資系製薬企業における医薬品研究・臨床試験の監査も行った.2008年からは長崎大学大学院教授として,自身も研究に携わる一方で,厚労省とPMDAでの経験を生かし,学内外の研究不正の監視を行った.2009年からはPMDAの外部委員として,また2010年からは,医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議のワーキングループメンバーとして,医薬品に関する研究不正監視に携わっている.
2013年4月からは法務省 矯正医官として勤務する傍ら,日本学術振興会の科学研究費により,医薬品評価の国際比較研究を行い,その結果は論文として海外の一流学術誌に掲載されている.本年4月からは矯正医学会機関誌「矯正医学」編集長も務め,矯正医療における研究不正を監視する立場にある.さらに,法務局からの要請に基づき,国賠訴訟における国側代理人として,訟務部付検事に対する助言を通して,検察官に対する医学・科学教育も行っている.こういった活動を通じて,検察官における科学的証拠認定能力欠如は個人の資質の問題ではなく,検察官に対する科学教育の欠如という構造的な問題に起因することを見いだしたことついては後述する.
C.土橋鑑定は捏造の認定要件を全て備えていた
以上のような現状を踏まえて,私はまず,岩崎吉明検事により即時抗告審に提出された検察官意見書(以下岩崎意見書)を検討した.この意見書の中で岩崎検事は,大阪府警科捜研 土橋均吏員によって行われた警察鑑定(土橋鑑定)について,その実験データ提出の必要性を全面的に否定している.このこと自体が,岩崎検事に科学的証拠認定能力が欠如していることを示している.以下,その詳細を説明する.
C-1 実験ノートがなければ自動的に捏造と認定される科学の世界
『実験ノートは,実験者が実際にその実験を行ったことを示す唯一の物的証拠となるものです.また,実験レポートを書くために必要な,全実験結果が記された記録です』
これは北里大学の野島高彦准教授が実験実習科目を履修する大学1年生を対象にして作成した教材 [文献6]に記された言葉である.検察官意見書を読むと,岩崎検事がこの教材の存在を知らなかったことが明白である.
実験ノートには全ての実験データが記録されている.実験データは科学研究の命である.実験データが提出されて初めて研究と見なされる.なぜなら,科学研究はその妥当性が客観的に認められねばならないからだ.第三者に対して実験データを示すことよって,透明性と説明責任が担保された研究だけが科学と見なされる.実験データが提出されなければ,その研究は直ちに捏造と認定される.これは世界共通の科学研究の大原則であり,わが国でも,科学技術振興機構 [文献7]や日本学術会議 [文献8]の研究不正防止指針にも,この大原則が明記されている.この大原則を知らなければ,科学的証拠認定能力云々以前に,科学を論ずる資格がない.
ディオバン事件では膨大な量の臨床研究データが提出され,そのデータについて詳細な検討が重ねられた結果,種々の改竄が認定されたが,捏造は認定されなかった [文献2].STAP細胞研究では実験ノートが提出された.しかしその実験ノートは極めて杜撰で [文献3, 文献5, 文献9],実験の記録もデータもほとんどなかった,つまり改竄と考えるデータさえなかったため,捏造と認定された [文献3, 文献5].STAP細胞同様,実験データが提出されない土橋鑑定が自動的に捏造と認定されることに議論の余地はない.そんな初歩的な判断さえできない岩崎検事に科学的証拠を云々する資格はない.
C-2 STAP細胞・土橋鑑定と志田鑑定の比較
捏造と認定される条件は,野島准教授の教材 [文献6],科学技術振興機構 [文献7],日本学術会議 [文献8]の研究不正防止指針のいずれにも示されている.実験データが提出されていないことだけでも捏造と認定するには十分なのだが,土橋鑑定にはその他にも,上記研究不正防止指針で捏造と認定される条件が揃っていた(下記表).
STAP細胞 |
土橋鑑定 |
志田鑑定 |
|
実験ノート |
あり(杜撰) |
なし |
あり |
実験データ |
ほとんどなし |
なし |
あり |
内的再現性 |
なし |
なし |
あり |
外的再現性 |
なし |
なし |
あり |
実験試料保存記録 |
ほとんどなし |
なし |
あり |
判定 |
捏造 |
捏造 |
適切 |
以上,土橋鑑定は,理化学研究所によって捏造と認定されたSTAP細胞と同様,捏造と認定される要件を全て満たしていた.一方の志田鑑定では,世界標準の質量分析研究と同様に実験データ,内的再現性,外的再現性,実験試料の保存記録が全て完備していた.それにも関わらず,S捏造認定要件を全て備えていた土橋鑑定を科学的証拠と認定し,志田鑑定を全面的に否定した岩崎検事には科学的証拠認定能力が欠如していただけでなく,そもそも科学研究における不正とは何かを判断する能力がなかった.
D.土橋も志田鑑定並びに世界標準の質量分析の正しさを認めていた
D-1 志田鑑定の正しさを認めた土橋本人の論文
土橋は10人もの共著者とともに,志田鑑定及び世界中の質量分析研究者と同じく,ベクロニウムの質量分析によりm/z 557は検出されるが,m/z 258は検出されないことを論文で明確に記載していた [文献10](別添図表も参照のこと).この論文を掲載したのは鑑定専門家の学会である日本法科学技術学会の学会誌であり,複数の学会員の査読を経て,編集長の承認を得て掲載されている.それゆえ,この論文の元になった実験は土橋鑑定のような捏造の懸念は全くなく,志田鑑定同様に,その科学的妥当性が担保されている.さらに10人もの共著者は,大阪府警科捜研あるいは大阪医科大学法医学教室に所属する科学鑑定の専門家ばかりである.すなわちこの論文は,土橋本人が10人もの専門家とともに土橋鑑定を否定し,志田鑑定及び世界中のベクロニウム質量分析研究結果を支持している明白な証拠である.土橋本人が他の科学鑑定専門家とともに否定した土橋鑑定を「科学的証拠」と認定し,土橋本人がその正しさを認めた志田鑑定を全面的に否定した岩崎検事は,一体何を根拠に,どういう意図を持って検察官意見書を書いたのだろうか?
D-2 志田鑑定は世界標準の研究成果と一致している
「ベクロニウムを質量分析して検出されるイオンはm/z557であって,m/z258ではない」.志田鑑定が示したこの事実が最初に明らかになったのは,1989年,ハーバード大学のBakerらのグループによってである [文献11].論文中には「ベクロニウムは m/z557に最強の信号が検出される』との記述とともに,図5に,志田鑑定と全く同様に極めて明瞭なm/z 557のピークが見られる.もちろんそこにはm/z258は陰も形もない(別添図表参照).
Bakerらが最初に示したこの事実は,その後世界の定説となった.法科学研究機関として世界的に有名な米国のNMS研究所から2006年に出た論文 [文献12](これも新証拠として提出)にも全く同じ事実が記載されている.その表3には,ベクロニウムを質量分析した時の分子イオンはm/z557であることが明記されている.そして図3には上記の土橋の論文と全く同様に極めて明瞭なm/z 557のピークが見られる.もちろんそこにはm/z258は陰も形もない(別添図表参照).
E-1 土橋はいつから,如何にして検察官を欺いてきたか
土橋がいつまでm/z258を信じ,いつからm/z258が誤りだとわかってm/z557・279に乗り換えたかは,彼が著した学術刊行物(全てこれまで証拠あるいは今回新証拠として提出)を時系列で並べることによって明らかとなる.(下記表)
No | 公表時期 | 公表媒体・機会 | m/z258 | m/z557・279 | |
1 | 1989年3月 | Organic mass spectrometry 1989;24:723 | X | ○ | 図表解説 |
2 | 1998年3月 | 日本薬学会第118年会(学会報告) | ○ | X | |
3 | 1999年5月 | 法中毒(学会発表) | ○ | X | |
4 | 2000年9月 | Clin Chem 2000;46:1413 | X | ○ | |
5 | 2001年2月 | 土橋鑑定*1 | ○ | X | |
6 | 2001年3月 | 毒劇物テロ対策セミナー(講演抄録) | ○ | X | |
7 | 2001年8月 | 薬毒物分析実践ハンドブック(書籍)*2,3 | X | ○ | 図表解説 |
8 | 2001年11月 | 土橋証言(第一審) | ○ | X | |
9 | 2006年3月 | J Am Soc Mass Spectrom 2006;17:1456 | X | ○ | 図表解説 |
10 | 2011年1月 | 法科学技術2011;16:13 | X | ○ | 図表解説 |
No.1はハーバード大学,No.4はチューリヒ大学からの論文.他は土橋の業績・証言
*1 実験ノートがないので実験を行った日も不明.01年1月〜3月と推測されるのみ
*2書籍の発売は02年5月だが,脱稿期限が01年8月と序文に明記
*3 308ページの表6.6中の前駆イオン[M+H]2+は2価の分子量関連イオンのm/z279を示す
(1) 2001年3月まではm/z258を信じていた
土橋は2001年3月1日発刊の「毒劇物テロ対策セミナー」テキストブックに「GC/MS,LC/MSによる微量薬毒物の分析」を寄稿しており,同月7日と31日には東京と大阪で講演した.この時期は本件土橋鑑定の時期とまさしく重なっている.土橋はベクロニウムが投与されたヒト血清をLC/MS/MSで分析する際に,ベクロニウムの標準品の質量分析において前駆イオンとしてm/z258を選択している.この分析手法はm/z258だけを検出する手法であり,m/z258がフラグメントイオンとして出現し観察されると土橋が認識していたことを端的に裏付ける証拠である.この時までは土橋はm/z258を信じていた.ところがそれ以降の土橋の著述からはm/z258は姿を消した.
(2) 2001年8月にはm/z258を棄て世界標準に合わせていた
2002年7月発行の「薬毒物分析実践ハンドブック」(株式会社じほう)において,執筆を担当した「筋弛緩薬」の項目の中で土橋は,「筋弛緩薬のMS/MS分析において観察される主な生成イオン」とする表を掲げ,ベクロニウムについては,m/z258ではなくm/z279を前駆イオン,つまりベクロニウムの分子量関連イオンである2価イオンとして表示し,このイオンの開裂でm/z356,398,249のイオンが生成すると表示している(別添図表参照).これらのイオンは志田実験とも一致し,まさに世界標準に合致した正しいベクロニウムの質量分析である.本書の序によると,2001年の4月頃に執筆を依頼,脱稿期限を同年の8月としている.すなわち土橋は2001年8月頃までには,ベクロニウムから分子量関連イオンとしてm/z279が検出されること,m/z258は検出されないことを知っていたことになる.
2000年9月には,ベクロニウムの分子量関連イオンである2価イオンはm/z258ではなくm/z279であるとするGutteck-AmslerとRentschの共著論文が,アメリカ臨床化学学会の機関誌であるClinical Chemistryに掲載されている.土橋が世界よりはるかに遅れて2001年3月以降同年8月までにこの論文に気づいたとすれば,m/z258を棄てたタイミングも合理的に説明できる.
(3) 2001年8月以降の土橋の二枚舌
上述のように,2001年8月の時点で既にm/z258が誤りでm/z279が正しいことを知り,そのことを明記した原稿を既に脱稿していたにもかかわらず,2001年11月の尋問,12月の反対尋問では,土橋は一貫してm/z258が正しいと証言した.その一方で,土橋は学術活動ではm/z258が誤りでm/z279が正しいと一貫して主張していた.2006年3月発行の「薬毒物試験法と注解−分析・毒性・対処法−」(日本薬学会編)において,土橋が執筆を担当した「筋弛緩薬試験法」ではm/z258に関する記述が消去されている.さらに,上述した2011年に法科学技術誌に発表した論文でも [文献10],m/z557が検出されるがm/z258は検出されないという,志田鑑定及び世界標準の研究結果と全く同じ結果を明らかにした.
E-2 土橋鑑定の研究不正を見逃してきた検察官側の問題
岩崎検事に科学的証拠認定能力が欠けていたのは,岩崎検事個人の資質の問題ではなく,検察官における科学教育の欠如という構造的な問題による.大学入学以降,検察官には科学研究の何たるかを学ぶ機会が一切無い.科学教育の欠如した環境では,俗に言う文系の「理系アレルギー」が全く意識されずに放置され,無意識のうちに肥大していく.この「理系アレルギー」問題が土橋捏造鑑定の根底にある.2013年4月に矯正医官となってから4年余り,前述の如く国側の代理人として矯正医療を巡る国賠訴訟に関与してきた私は,この「理系アレルギー」問題を痛感している.
訟務部付検事の多くは皆熱心で誠実かつ柔軟性のある若者だが,それでも医療の根底を成す人間科学,生物科学の研究を理解してもらうためには大変な労力と時間を要する.中でも痛感したのが,科学リテラシーの欠如である.(「科学リテラシー」に対する適切な日本語訳がないので,ここではとりあえず,「科学に対する理解力と応用力」と定義しておく)
理系の大学生1年生でも備えている常識[6]さえあれば,土橋鑑定が捏造であると即座に認定できた.北陵クリニック事件に関わった検察官らは,いずれもその常識がなかったばかりに,捏造鑑定を科学的証拠と認定してきた.岩崎検事個人の責任追求は意味が無い.検察官に対する科学教育が欠如している現状が続く限り,『科学としての到達点と証拠としての適性を見極めた上で,科学的証拠を刑事裁判に正しく採り入れて適正な事実認定をしていく』という最高裁判所の理想は画餅であり続けることになる.
F. 結語 科学なき「検察の理念」
最高裁判所が「科学的証拠を刑事裁判に正しく採り入れて適正な事実認定をしていく」ことを求めている一方,「検察の理念」には「科学」という言葉が一度も出てこない.
1. 最高裁判所司法研修所.
平成22年度司法研究「科学的証拠とこれを用いた裁判の在り方」について
3. 理化学研究所 研究論文に関する調査委員会.
調査結果報告(スライド)
5. 理化学研究所 研究論文に関する調査委員会.
研究論文に関する調査報告書
7. 科学技術振興機構.
研究者のみなさまへ〜責任ある研究活動を目指して〜
8. 日本学術会議.
科学研究における健全性の向上について.
10. 志摩典明, 中西啓子, 片木宗弘ら.
LC/MSn を用いた薬物スクリーニングシステムの構築 ―液体クロマトグラフィー/質量分析における保持指標の適用―. 法科学技術 2011;16:13-27.
11. Baker
TP, Vouros P, Martyn JAJ. Mass Spectrometry of Pancuronium Bromide and Related
Quaternary Ammonium Steroids Using the Moving Belt LC/MS Interface. Org Mass
Spectrom 1989;24:723-32.
12. Ballard
KD, Vickery WE, Nguyen LT, Diamond FX, Rieders F. An Analytical Strategy for
Quaternary Ammonium Neuromuscular Blocking Agents in a Forensic Setting Using
LC-MS/MS on a Tandem Quadrupole/Time-of-Flight Instrument . J Am Soc Mass
Spectrom 2006;17:1456-68.
13. 検察庁 検察の理念.
図1の部分拡大図.20番目の薬剤であるベクロニウムのマスクロマトグラムで認められるピークはm/z=557.0-558.0であり,m/z258は認められない.
ベクロニウムを質量分析すると分子量イオンとしてm/z557が最も強いピークとして観察されるがm/z258は検出されない.
727ページの本文中にも、In the FAB spectra of these salts, the particle bombardment process induces an initial loss of a halide to yield an ion of highest mass m/z 651 for pancuronium and m/z 557 for vecuronium.とあります。
なお、725ページのFigure 2は化学イオン化 CI Chemical Ionizationのスペクトルです。CIでは脱アルキル化でパンクロニウムとベクロニウムが同じベースピークとなってしまって区別がつかない。これでは質量分析として分子を特定する意味がないので、Baker達はイオン化手法として高速原子衝撃FABを使ったというのが、この論文の主旨ですから、Figure 2はこの論文で重要な図ではありません。
表3ベクロニウムの分子量イオンがm/z557であることが明記されている.
ベクロニウムを質量分析した時のマススペクトル.分子量イオンとしてm/z557が観察されるが,m/z258は観察されない.