土橋鑑定に対する意見書要約
-これは日本の科学捜査に対するポツダム宣言である-

本調査の背景と目的最高裁判所は,科学的証拠を刑事裁判に正しく採り入れて適正な事実認定をしていくことを求めている.先般の降圧剤臨床研究不正事件(いわゆるディオバン事件)では,検察官が科学研究の妥当性を検討し研究不正を認定した.科学鑑定では一般の科学研究よりもさらに厳密な科学的妥当性が求められる.ところが,検察官に対する系統的な科学教育はこれまで一切行われてこなかった.本調査の目的は,以上の現況を鑑み,北陵クリニック事件再審請求における警察鑑定と,それに対する検察官の科学的証拠認定能力を検証することにある..

対象と方法:大阪府警科捜研吏員(当時)土橋均が行ったベクロニウム質量分析(以下,土橋鑑定)と,その前後で鑑定とは別に土橋が学術研究として行ったベクロニウム質量分析研究,弁護団の依頼により志田保夫博士が行った志田鑑定,及び土橋鑑定と志田鑑定に対する岩崎吉明検事による検察官意見書(岩崎意見書)を調査し比較検討した.

結果
1.土橋鑑定は捏造の認定要件を全て備えていた:実験データ,再現性,実験試料の存在証明の全てが欠如していた土橋鑑定は,科学技術振興機構日本学術会議のいずれの研究不正防止指針に拠っても,直ちに捏造と認定することができた.
2.土橋は志田鑑定及び世界標準の研究と同じ結果を得ていた:土橋は志田鑑定と同様に,世界標準のベクロニウム質量分析と同じ実験データを得て,専門学会誌に研究論文として発表していた.
3.土橋は土橋鑑定の誤りを認めていた:土橋は鑑定を行った半年後の2001年8月の時点で,既に世界標準のベクロニウム質量分析と同様の実験データを得て,専門学術書に発表していた.
4.岩崎検事には科学的証拠認定能力がなかった:一方,土橋鑑定を検証すべき立場にあるはずの岩崎検事の手になる検察官意見書には,科学的根拠に基づく事実認定のプロセスが一切欠如しており,土橋鑑定を科学的証拠と誤って認定していた.

結論:公的機関による研究不正防止指針に拠って捏造と認定され,さらに土橋本人がその誤りを認めていた鑑定を科学的証拠と認定した岩崎検事には,科学的証拠認定能力が欠如していた.岩崎検事は研究不正の何たるかも知らず,基本的な科学文献検索能力さえなかった.しかし問題は岩崎検事個人の資質に留まらない.最高裁判所が,科学的証拠を刑事裁判に正しく採り入れて適正な事実認定をしていくことを求めているにもかかわらず,「検察の理念」には「科学」という言葉が一度も出てこない.捏造鑑定が16年以上にわたって看過されてきた根底には,検察官に対する科学教育の欠如という構造的な問題があった.

意見書全文 (html)

意見書全文 (PDF)

参考: 実験ノートには何を記録するのか? 科学捜査と研究不正捏造鑑定を支えた学会と科学捜査利権

北陵クリニック事件