土橋鑑定物語(あらすじ)
学会とはその権威を利用して利権を確保,拡大する組織である.そこでは利益相反に基づく研究不正がしばしば発生する.その典型例がARB利権から発生した
ディオバン事件である.この種の問題は臨床医学系学会で頻繁に発生しているが,それ以外の学会でも業務独占,研究費,組織拡大といった利権に関係して研究
不正が発生する.北陵クリニック事件で「毒殺魔 守大助」を立証する唯一の物的証拠となった土橋鑑定は,最新科学捜査の輝かしい勝利の証としてマスコミと
国民の皆様から絶賛され,警察・検察からも大いに感謝された.こうして土橋 均氏は最新科学捜査の大看板となり,多額の研究費を獲得して多くの輝かしい業績を
上げた.北陵クリニック事件と守氏を無期懲役にしただけでなく,患者・家族を騙して神経難病患者の人権を蹂躙し,死者の尊厳まで傷つけた土橋鑑定は,科学捜査関連学会にとって,その利権拡大に多大な貢献をした打ち出の小槌だった.
ところが土橋氏はそれだけでは満足していなかった.研究者らしく,常に自分の研究に対して決して楽観的になることなく,懐疑的だった土橋氏は,鑑定後のわ
ずか半年後には「ベクロニウムを質量分析するとm/z258が検出される」という鑑定結果の誤りに気づき,志田鑑定や世界標準の研究結果と同様「ベクロニウムを質量分析して検出されるのは
m/z557やm/z279であって,m/z258は決して検出されない」(八田隆氏の秀逸な解説によれば,「「おはぎ」からはあんこが検出されるべきであって、きな粉が検出された試料は「おはぎ」ではない」)事実を認め,「ベクロニウムを質量分析するとm/z279が検出されるがm/z258は検出されない」ことを専門書籍である「薬毒物分析実践ハンドブック」に明記する原稿を提出したのは,脱稿期限ぎりぎりの2001年8月のことだった.この書籍には土橋氏と同様に,薬物毒物分析分野における高名な専門家が総勢65人も名を連ねている.これら65人の権威も,「ベクロニウムを質量分析するとm/z279が検出されるが,m/z258は検出されない」との世界標準の事実を認めたことになる.出版は2002年7月の予定であった.
これで土橋氏の「禊ぎ」=m/z258ロンダリングは済み,学会ではm/z258のことなど冥王星か銀河系での出来事のように封印され,土橋氏は「ベクロニウムを質量分析して検出されるのは
m/z557やm/z279であって,m/z258は決して検出されない」ことを知っている(!)「世界の土橋」として,以後も精力的な研究活動を続けて行った.ただし,一つ気になることがあった.裁判がだらだらと続いていることだった.土橋は鑑定人として法廷での証言を2001年11月下旬(検察側尋問)から12月初め(弁護側反対尋問)にかけて控えていた.m/z258とm/z279のどちらを取るか?踏み絵を迫られた土橋氏が結論を出すのに,それほど時間はかからなかった.m/z258に決まっていた.
警察も検察も裁判所も,そしてマスコミも国民の皆様も,みんな,みんなm/z258を喜んでくれている.そんな「善意の人々」を今更「裏切る」わけにはいかない(業務放送:「善意」や「裏切り」の意味を取り違えていると思うのですが).幸い(!)本が出るのは半年以上も後だ.警察,検察,裁判所の中で誰が読むというのか.弁護士風情が何と言い掛かりをつけてこようと,「装置が違えば出てくる結果も違う」と言えば,科学のかの字も知らない検察官も裁判官も大賛成してくれるのは,これまでの経験でよくわかっている.幸い学会の仲間は自分の立場もわかってくれている.守がなんだ.ただの看護師じゃないか.俺は世界の薬毒物分析を背負って立つ大切な人材だ.それにもう,有罪のシナリオは99.9%決まっているんだ.俺の力ではどうにもならない.大阪府警科捜研の名誉にかけてもm/z279なんて日和見はできない.(業務放送:あのー,それって「日和見」じゃなくて「科学的事実」なんですけど・・・)
(つづく)
→法的リテラシー