【後天性凝固第V因子インヒビター(後天性パラ血友病)】
何らかの機序によって、凝固第V因子の活性を阻害する自己抗体が出現し、第V因子活性が低下する病態です。検査値異常のみで出血傾向を全く呈さない症例から、致死的な著しい出血傾向を呈する症例まで、様々な臨床症状(出血傾向)を呈します。一般に新鮮凍結血漿や後天性血友病(凝固第VIII因子インヒビター)に使用されるバイパス製剤は無効です。血小板製剤が有効である可能性が考えられますが(理由は下段に記載)、十分な解析が行われているわけではありません。
診断に迷う場合や、治療経験がない場合などは、速やかに凝固線溶系に詳しい本当の専門家がいる治療経験のある施設に転院させてください。諸般の事情により転院が困難な場合でも、専門家の助言のもと診断および治療を行ってください


【疫学】
本邦では公的・準公的機関による疫学調査は施行されていませんが、第VIII因子インヒビター(後天性血友病)の1/5程度と考えられています。しかしながら、全く出血傾向を呈さない症例や、一過性にインヒビターが出現する症例も多く詳細は全く不明の状態です。症例報告などでは60歳以上の高齢者(男女とも)が多い様です。また、、第VIII因子インヒビターと同様に基礎疾患として自己免疫性疾患や悪性腫瘍などがある場合の報告もありますが、一方、明らかな原因となる基礎疾患が認められない例の報告もあります。
過去にはウシトロンビンを用いたフィブリンシート(タココンブ)使用後に合併する例が報告されていました(トロンビン製剤中に混入するウシ第V因子に対する交叉免疫性のため)。現在ではヒトトロンビン由来の製剤(タコシート)になっています


【臨床症状】
それまで認められなかった出血傾向が出現する。
様々な出血症状を呈するが、検査値異常のみで出血傾向を呈さない症例も多い。
まれな出血症状を呈する場合も多い。

主な出血症状と注意点
皮下出血(紫斑)明らかな誘因なく発症する
広範な皮下出血
時にヘモグロビンの低下をきたすほどの出血を合併
筋肉内出血明らかな誘因のない筋肉内出血
まれにコンパートメント症候群の合併
 →緊急減圧切開が必要(出血傾向があるのに)
消化管出血時に致命的な出血を合併
腹腔内出血時に致命的な出血を合併
頭蓋内出血硬膜外、硬膜下、くも膜下、脳実質内の全ての出血を合併
致命的な出血となることもしばしば
術後止血困難術前検査でPTAPTTなどの凝固時間測定が施行されていない
施行されていても注意を払われていないことも多


【検査所見】
PTおよびAPTTがともに延長
延長した凝固時間は、混和2時間後の補正試験で補正されない
(ただしインヒビター力価などの影響で、阻害が弱い場合などでは判断に困難をきたす場合も多くあります)
第V因子活性の低下。
(多くの場合は数%以下に低下しますが、時に10-20%程度の因子活性が認められる場合があります)
その他の凝固因子は正常。
(インヒビター力価が高い場合には、測定系に影響を与え、複数の因子活性が低下した様に見えます)
血小板数は正常
(出血部位や程度によってはFDPの上昇を認める場合もあり、DICと誤診される例もあります


【鑑別疾患】
  • 凝固第X因子欠損症プロトロンビン欠損症、その他の因子欠損症
    治療法が異なるので鑑別は必要です。各凝固因子の測定が必要です。

  • AL-アミロイドーシス
    免疫グロブリンに凝固第X因子が吸着するために後天的に凝固第X因子の低下が認められる場合があります。また第V因子の吸着との報告もあります。ともにPTおよびAPTTの延長を認めることになります。しかしすべてのAL-アミロイドーシスで認められる所見ではありません。またAL-アミロイドーシス以外のアミロイドーシスでは一般に認められません。AL-アミロイドーシスの診断を行うとともに、新鮮凍血漿投与など外部から補充した凝固第X因子の半減期が短縮していることで診断は可能です。

  • ループスアンチコアグラント
    PT正常でAPTT延長延長が認められる場合が多いのですが、時にPTもAPTTも延長します。検査では補正試験で補正されなません。無症状の症例も多く術前検査で偶然見つかる場合も多くあります。一般に出血傾向は呈さず、血栓傾向を呈することが多い病態ですが、時に出血傾向を呈する場合もあります。

  • 後天性血友病
    凝固第VIII因子に対する自己抗体が出現する病態です。一般に強い出血傾向を呈し、検査では補正試験で補正されないAPTT延長を認めます。PT延長は稀ですが鑑別は必要です。

  • ワルファリン過剰状態・ビタミンK欠乏状態
    凝固第X因子はビタミンK依存性凝固因子ですのでワルファリン過剰状態やビタミンK欠乏状態では低下します。その他のビタミンK依存性の凝固因子(プロトロンビン、凝固第VII因子および凝固第IX因子)並びに凝固制御因子(プロテインCおよびプロテインS)も低下します。またPIVKAIIも著しく上昇します(本病態の鑑別のための保険適応はありません)。臨床経過からワルファリン過剰やビタミンK欠乏の鑑別疾患にあげることは難しくないと考えがちですが、複数の医療機関から処方を受けている場合、他院から投与されているワルファリンの情報が考慮されない場合があります。またミコナゾールなどワルファリンの代謝に影響する薬物の処方を受けている場合もあります。絶食や抗生物質の投与などで内因性のビタミンK産生が低下している場合や胆道閉鎖症や吸収不全症候群合併例などでは診断に苦慮する場合もあります

【治療】
出血に対する止血療法と、原因となっている自己免疫反応の抑制を並行して行う必要があります。
【止血療法】
抗体力価が高いため、一般に新鮮凍結血漿は無効です。またバイパス製剤を用いても、その下流にある第V因子が阻害されているため、効果は発揮されません。
血液中の凝固第V因子は、およそ80%が血漿中ですが、残りの20%は血小板のα顆粒中に含まれています。この血小板α顆粒中の第V因子は流血中の抗体と直接触れることはないため、輸血した血小板中の第V因子は、第V因子インヒビター症例に多いても出血部まで運ばれると考えられます。さらに止血部位で血小板が活性化されると放出されるため、局所濃度は上昇するため、第V因子インヒビターにおいては血小板輸血が有効と考えられています。しかし、血小板製剤はその保管の間、室温で振転混和保存を行いますので、その間に脱顆粒が起こり、血小板中の第V因子活性は必ずしも高いものではありません。

【免疫抑制療法】
原因となっている凝固第V因子に対する抗体の産生を抑制することが、治療の本質です(止血療法は対症療法です)。可及的速やかに免疫抑制療法を開始する必要があるものの、インヒビター出現が一過性の症例もあり、全ての症例に免疫抑制まで行う必要があるのかの結論は出ていません。ステロイド1mg/kgを基本としますが、年齢やその他のリスクに応じて減量します。効果が弱い場合はその他の免疫抑制剤の併用を行う場合もありますが、感染症のリスクが増大します。この点も治療経験のある施設、もしくは同施設の助言のもと施行する必要があります。