10年前21世紀初頭の話です。最新の知識は得られ無い。

初めに ---- 多様性とは --2001-Apr.--

 薬品には開発段階には考えられない、様々な用途が後から生じる事がある。大きく分けると作用と副作用になる。副作用には、「有害事象;adverse effect」いわゆる副作用と本来予期していなかった新たな効能・効果「良い副作用;beneficial effect」がある(図)。良く知られているのはマクロライドとびまん性汎細気管支炎1)の延命効果やアスピリンと心筋梗塞の抑制作用である。表1:作用と副作用

 ACE阻害薬やHMG-CoA還元酵素阻害薬(以下スタチン)は前者は降圧作用を通じて、後者は脂質低下作用を通じて、心血管事故抑制を達成しようと市販された。しかし、ACE阻害薬は降圧以外に、心筋や血管のリモデリングや腎症の進展を抑制する作用が認められている。

 図1のようにスタチンでは脂質効果作用を通じて心血管事故の抑制が得られたが、その一部はLDL減少作用だけで無く、HDL増加を通じて得られた可能性も指摘されており、脂質の減少無しでも内皮機能改善や平滑筋遊走抑制など血管を取り囲む細胞への作用が、心血管事故の直接の引き金の粥腫の破綻(Rupture)を抑制するのでは?と考えられるようになっている。REVERSALでは粥腫を血管内超音波画像(IVUS)で観察する他、内皮依存性の前腕血流量の変化を検討項目に加えている。

 さらに最近では直接脂質合成には結びつかない骨折の予防、痴呆2)や糖尿病3)の発症の抑制の作用が見られるようになって、幅が拡がって来ている。

骨折

  骨塩量の増加が報告されたのはBauerらのコホート研究で、骨塩量が0.2~1.0%高かった。オステオポンチンの発現抑制などの機序の検討も進んでいる。

  2000年の相次いでJAMAやLANCETに症例対照研究が提出された表2:スタチンと骨折

 表に見るように残念ながらコホート研究や前向き研究の有害事象のデーターを使った2次解析では有意な結果は未だ得られていない。好意的に見れば、現在までにデザインされた二重盲検試験には、「女性」「高齢者」というサンプルが十分に含まれていないためも言える。LIPIDの解析4)では、女性は756名(17%)、年令の4分区間は55~67才であった。観察された骨折数は実薬群175名/偽薬群183名で4%の参加者が骨折を報告した。

 現状では骨折の予防にスタチンを積極的に臨床応用するに足る証拠は十分には揃っていない。また、正脂血症者や高齢者によく見られる低栄養の低脂血患者への応用は検討されていない。

 骨折は骨塩の減少だけで無く、筋力や平衡感覚が保たれ、拘縮が無い、ふらつきが無い、徘徊がない、といった生活の質も影響を与える事に留意すべきかも知れない。その意味で次に述べる痴呆の出現抑制や脳梗塞の抑制も交絡因子として考えにいれた方が良いだろう。

痴呆

 痴呆に関しては2つのアプローチが考えられる。一つは当然ながら動脈硬化の結果である脳梗塞が減少し、痴呆を抑制させるのではないかという想定である。実際、冠疾患の2次予防の検討では最初に報告された4Sを始め、LIPID/CARE/WOSCOPSを集めたPPPの報告5)が最近発表された。

 冠疾患とスタチンの間のpleiotropic effectが注目されたのは、投与直後から心事故を抑制していた為であったが、PPPの解析では1年以内の短期間では、脳血管事故は抑制されていなかった(グラフ1)。一方で、低脂血症者に脳出血の危険が報告されているが、この研究では脂質低下療法が出血に結びつかないとされた表3:PPPでの脳梗塞

 冠疾患の無い患者で純粋に脳血管障害の2次予防を検討する試みとして、SPARCL(the Stroke Prevention by Agressive Reduction of Cholesterol Levels study)が計画されている。[追記1.2.]

 脳梗塞を予防する可能性としては、eNOSの発現増加が梗塞周辺のペナンブラでの血流を保つと同時に、iNOSが抑制されていれば再灌流時のフリーラジカルによる細胞障害も抑制されると考えられるが、iNOSについてはスタチンが抑制すると言う報告とeNOSと同様に発現を増強する報告が交錯している。スタチンが前骨髄性白血病細胞株6)でのcaspase-3や末梢単球7)のcaspase-1の発現を促進すると言う報告もある。apotosisの立場からは、炎症を抑える事は有利だが、神経細胞の減少には不利かも知れない。今後の臨床あるいは動物実験によるin vivoでの検討が待たれる。

 Jickらはスタチン内服者において、脳血管型以外の痴呆の発症も減少している可能性をデータベースでの症例対照研究で示した。データベースから50~89才の患者を選び、グループI:脂質降下薬処方例、グループII:高脂血症の病名がついてはいるが処方を受けていない例、グループIII:高脂血症も脂質降下薬処方もない例、この3群を抽出し、性年齢と高血圧・心血管事故を調節した症例対照研究を行った。未処方例とスタチン以外の処方受けた例とは差がないのに、スタチン処方例では70%も痴呆の発症が抑制されていた表4:痴呆とスタチン

 この研究ではスタチン処方を受けるにあたり社会的経済的あるいは教育レベルの検討がなされていない事と痴呆症という診断名が付けられるには到らない認知能力の低下を検出できない欠点がある。

 この論文のなかでJickらはスタチンのもつeNOSの発現促進効果が影響しているかもしれないと論じている。アルツハイマー症において血管内皮機能が低下し脳血流が減少し、スタチンが下支えしているのではないかと結んでいる。しかし、データベースでの検討なので、尿中NOx排泄や脳血流の検討といった病因を探るのは困難であり、機序のさらなる検討や大規模で痴呆の出現を観るに足る長期間の前向き研究を経ないと十分なエビデンスは得られない。

 MoroneyらはLDLコレステロールが高い程、脳血管障害後痴呆に陥る症例が多いことを報告している19)。上位25%と下位25%で比較すると3.1倍(95%信頼区間;1.5-6.1)おおく、Lp(a)高値の場合も4倍多いと報告しており、事故後のQOLにも高脂血症は関与する可能性が示唆される。

Kupoioでの20年間に渡る疫学調査21)の結果では、収縮期高血圧が2.3倍、高コレステロール血症が2.1倍、両者があると3.5倍(95%信頼区間1.6~7.9)アルツハイマー病をきたしやすい事が報告された。

 従来の脂質降下の考え方で言えば、スタチンのLDL受容体発現促進やコレステロール生合成抑制でApoEの蓄積が左右されているとも想定され、前向きの介入試験での検討が待たれる。

 認知能力については、前向き研究として高齢者のスタチンの有用性を調べるPROSPER (Prospective Study of Pravastatin in the Elderly at Risk.8))で経時的に評価がされる事になっている。PROSPERの主要エンドポイントは心血管事故であり、観察期間は3.5年と短く、最初から痴呆を目的に計画された研究では無いが、ある程度の目安を教えてくれるかも知れない。
#PROSPER(Lancet vol.360 no.9346 p1623, http://image.thelancet.com/extras/02art8325web.pdf)では残念ながら認知機能の維持や脳梗塞の1次予防についての有為な結果は得られなかった。

糖尿病

 糖尿病については以前からPPAR-αに作用するフィブラート系薬剤にインスリン抵抗性改善作用があることが知られており、副作用の注意書きの一つになっている。PPAR-αとγの両方に作用するJTT - 501のような化合物も知られている。降圧薬の分野ではインスリン抵抗性に影響を与えるか否かがセールストークの一つとなっている。降圧薬の分野ではHOPEやCAPPPなどACE阻害薬での糖尿病発症抑制が知られている。HOPE9)では偽薬群では155名/ 2883名(5.4%)が新規に糖尿病を発症したのに対し、ramipril群で102名/ 2837名(3.6%)と11% (p=0.004)発症が少なかった。

 WOSCOPSでのを結果を検討したFreemanらの研究では、空腹時血糖126mg/dl(7mmol/L)以上を糖尿病発症基準とした。5974名中139名が糖尿病を発症し、うち実薬群は57名に過ぎなかった。多変量分析の結果肥満、中性脂肪値、開始時の空腹時血糖につづき、プラバスタチンの内服が有意に相関した表5:WOSCOPSでの糖尿病

 スタチン内服で炎症が抑えられる点については様々な報告がある。TNFα10)も炎症に関連するサイトカインであるが、これもまたスタチンで抑制される。Freemanは血中TNFα値を検討していないが、これらのサイトカインはインスリン抵抗性を上昇させ糖尿病の発症に関与する仮説11)が唱えられていることから、スタチンのPleiotrophic作用の一つとして耐糖能の維持に働くのでは無いかと結んでいる。炎症については白血球数を検討項目として挙げているが多変量解析では独立因子としては棄却されている。

 他にeNOSなどによる末梢組織への血流改善を介したインスリン抵抗性改善作用や中性脂肪の低下などを仮説として挙げている。中性脂肪の低下率が高いatorvastatinとsimvastatinを比較した研究では、何れのスタチンも改善効果が認められたが、インスリン抵抗性を表すHOMA-Rの改善の度合いが治療後の中性脂肪値に関連していたとされている (r=0.44, P<0.001)20)

 残念ながら、2型糖尿病と高コレステロール血症を合併した患者に対するスタチンの効果の検討12)では、グルコースクランプ試験ではインスリン抵抗性の改善は確認されていない。ラットのβ細胞を使った研究では、L-type Ca2+チャンネルを介したインスリン分泌をシンバスタチンが抑制するという報告13)もある。スタチンなかんずくストロングスタチンの添付文書には高血糖について注意が併記されており、メタアナリシスの結果は日本では用量として用いられていない量だが、有意に糖尿病を発症させる事を示唆している(スタチンと糖尿病)

 糖尿病性細小血管合併症については、ストレプトゾシン誘発糖尿病ラット14)や培養細胞15)にて、スタチンがTGF-β1やフィブロネクチンの発現を抑える事を介して腎症を抑制するのではないかといわれている。巣状糸球体硬化症などアフェレーシスによるコレステロール低下療法がネフローゼ症の進展を抑制させる。スタチンの尿蛋白抑制作用についても、様々な臨床研究が進んでいる16)。なお、腎機能低下例では横紋筋融解症のリスクが高い事は留意しないといけない。

結語

 今回述べた臨床研究での症例対照研究のうちJickの痴呆とMeireの骨折の論文17)は同じデーターベース18)を基礎としている。これは英国の一般開業医(GP)の登録した300万人の症例の診断名と処方・患者データ(身体所見、喫煙など)を元にしたもので、The UK General Practice Research Databaseと呼ばれている。動物実験では容易なeNOSの発現などの作用機序の解明は困難だが、思い掛けない多面的な効果を研究するには大変有用なデータベースで、この種のデータベースが整っているのが欧米での臨床研究を容易にしている。

【文献】

1) 工藤翔二:びまん性汎細気管支炎に対するエリスロマイシン少量長期投与の臨床効果に関する研究-4年間の治療成績-日胸疾患会誌 vol.25 p632 1987
2) Jick H et al. Statins and the risk of dementia. Lancet 356:1627-1630, 2000.
3) Freeman DJ et al.Pravastatin and the development of diabetes mellitus. Circulation 103:357-362.2001
4) Reid IR et al. Effect of pravastatin on frequency of fructure in the LIPID study: secondary analysis of a randomised controlled trial. Lancet 357:509-512.2001
5) Byington RP et al. Reduction of stroke events with pravastatin. The Prospective Pravastatin Pooling (PPP) Project. Circulation 1103:387-392.2001.
6) Wang IK et al. Induction of apoptosis by lovastatin through activation of caspase-3 and DNase II in leukaemia HL-60 cells.Pharmacol Toxicol 86(2):83-91.2000
7) MonteroMT et al. Hydroxymethylglutaryl-coenzyme A reductase inhibition stimulates caspase-1 activity and Th1-cytokine release in peripheral blood mononuclear cells. Atherosclerosis 153(2):303-13.2000
8) Shepherd J.The design of a prospective study of Pravastatin in the Elderly at Risk (PROSPER). PROSPER Study Group. PROspective Study of Pravastatin in the Elderly at Risk.Am J Cardiol 84(10):1192-7.1999.
9) Effects of an Angiotensin-Converting-Enzyme Inhibitor, ramipril, on cardiovascular events in high-risk patients. NEJM 342(3):145-153.2000
10) Rosenson RS et al. Inhibition od proinflammatory cytokine production by pravastatin. Lancet; 353:983-984.1999.
11) Hotamisligil GS et al. Protection from obesity induced insulin resistance in mice lacking TNF-α function. Nature. 389;610-614.1997.
12) Hwu CM et al.Lack of effect of simvastatin on insulin sensitivity in Type 2 diabetic patients with hypercholesterolaemia: results from a double-blind, randomized, placebo-controlled crossover study.Diabet Med 16(9):749-754. 1999
13) Yada T et al.Inhibition by simvastatin, but not pravastatin, of glucose-induced cytosolic Ca2+ signalling and insulin secretion due to blockade of L-type Ca2+ channels in rat islet beta-cells.Br J Pharmacol 126(5):1205-13.1999
14) Kim SI et al. Effect of lovastatin on small GTP binding proteins and on TGF-beta1 and fibronectin expression.Kidney Int . 21;58(Suppl 77):88-92. 2000
15) Yokota T. Mechanism of preventive effect of HMG-CoA reductase inhibitor on diabetic nephropathy.Kidney Int Suppl 71(2):S178-81.1999
16) Tonolo G et al. Reduction of albumin excretion rate in normotensive microalbuminuric type 2 diabetic patients during long-term simvastatin treatment.Diabetes Care 20(12):1891-1895.1997. 17) Meier CR et al. HMG-CoA reductase inhibitors and the risk of fractures.JAMA 283;p3205-3210. 2000
18) Jick H et al.Validation of information recorded on general practitioner based computerised data resource in the United Kingdom.BMJ 1991 Mar 30;302(6779):766-8
19) Moroney JT. et al. Low-Density Lipoprotein Cholesterol and the Risk of Dementia With Stroke.JAMA282:254-260. 1999
20) Paolisso G et al. Effects of simvastatin and atorvastatin administration on insulin resistance and respiratory quotient in aged dyslipidemic non-insulin dependent diabetic patients. Atherosclerosis. 150(1):121-7.2000
21) Miia Kivipelto et al. Midlife vascular risk factors and Alzheimer's disease in later life: longitudinal, population based study BMJ 2001;322:1447-1451 ( 16 June )

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