2016-04-02
HMG-CoA還元酵素阻害剤は合衆国ではFire & Forgetという、コレステロールの値を問わず生涯リクスの高い人には呑ませておけという考え方も出ている。この生涯リクスは虚血性心疾患が数パーセントあるという人であって、未だに日本人では1%の人は居ても10%の人は少ない。
一方、北米白人では後回しになる脳血管障害だが日本では主体である。スタチンの投与にあたり脳卒中はどうか?というのが課題である。高脂血症では脳血管障害も多い。
脳卒中は「血が通わ無い」虚血性と「血が噴き出す」出血性の混在した病態である。さらに最初虚血でも組織の壊死で出血したり、最初は出血でもその後血管が攣縮などで虚血に陥るなど複雑に噛み合うのが重症の脳卒中の場合多い。
高コレステロール血症は、中くらいの太さの血管、筋肉_結合組織_内皮からなる血管の、内皮の下にニキビのような粥腫が出来て、それが潰れた後、ニキビがカサブタで覆われるように血管にカサブタ=血栓が生じる種類の病態に関与する。コレステロールを下げることでニキビのような粥状硬化症を避けると血管も狭くならず血栓も生じない。
脳卒中では、首など脳の手前や、脳表脊髄の表面を這うストローからボールペンの替え芯程度の太さの血管の粥状硬化症が血栓になってそれが脳の中に飛び散る様を「アテローム血栓性脳梗塞」というが、これをHMG-CoA還元酵素阻害剤が抑える。
一方で古来日本人を苦しめてきたのは、顕微鏡でないと見えないような細い動脈。結合組織_内皮からなる、細動脈が高血圧と老化によりパキパキに硬くなり折れるように血が噴き出す脳出血の脳卒中である。秋田の井川町コホートなどである。硝子化する事例には低コレステロールの場合が疫学的に多かった。東北の低脂質低蛋白で高塩分の食事などである。薬で無理にコレステロールを下げると血管のコシがなくなり動脈軟化(←造語である。正式な用語ではない)が危惧され下記の欧州の先行研究で危惧されるように、心筋梗塞が減っても脳出血が増えるなら差し引き
差し引き赤字は、脳出血を含む出血性合併症のため、別の病態である心房細動に伴う心原性血栓症に伴う脳梗塞の予防がワーファリンでは達成困難だったとか、心臓のための抗血小板剤のため脳出血が増えてしまった例がある。
脳梗塞の再発予防にスタチンが効くかを調べた。J-STARSは差し引き赤字にはならないことを示したが、「儲かりまっか」という問いを満たす訳では無さそうだった。「アテローム血栓性脳梗塞」は減った。6割減ったが全体で2.6%の再発率の中にアテロームは2割ほどでそれが6割減っても大勢に影響が乏しかった。副作用の懸念があった脳出血は増えないものの、硝子化の結果血が通わなくなるラクナ梗塞も減らさなかった。
対象 | プラバスタチン | 対照 | ハザード比 |
---|---|---|---|
全部 | 2.56% | 2.65% | 0.97[0.73~1.29] |
アテローム血栓性 | 0.21% | 0.65% | 0.33[0.15~0.74] |
心原性血栓症 | 0.18% | 0.08% | 2.38[0.61~9.14] |
ラクナ梗塞 | 1.26% | 1.01% | 1.25[0.81~1.92] |
脳出血 | 0.29% | 0.31% | 1.00[0.45~2.22] |
台湾の診療報酬のデータベース「全民健康保険研究資料庫」を元に成功大学の研究者が、スタチンの飲み残しを元に2次予防の効果を推定した。
心脳血管障害全部を見ると、飲み残す人は87.3件/千人年と多く、きちんと内服する人は71.6件/千人年と少なくて済んだ。HR1.26[1.17~1.37]と飲まないと26%多くなる勘定だった。脳梗塞の場合は10件/千人年多く、一方で、脳出血に差がつかなかった。白人の研究では差がつく急性冠動脈症候群(=心筋梗塞&狭心症)も差がなかった。
心臓の虚血は、先に述べたように極東の黄色人種は脳卒中ほど多くない。台湾のデーターベースでも十分の一から七分の一である。脳卒中を起こした人の再発率とは言うものの。
内服遵守率 | Good | intermittent | Poor |
---|---|---|---|
全体の発症数件/千人年 | 71.6 | 80.9 | 87.3 |
調整済みハザード比 | 1.0 | 1.16[1.07~1.27] | 1.26[1.17~1.37] |
脳梗塞の発症数件/千人年 | 47.0 | 53.6 | 57.2 |
調整済みハザード比 | 1.0 | 1.15[1.03~1.28] | 1.20[1.09~1.32] |
脳出血の発症数件/千人年 | 4.6 | 4.1 | 5.3 |
調整済みハザード比 | 1.0 | 0.85[0.60~1.22] | 1.08[0.80~1.47] |
急性冠動脈の発症数件/千人年 | 7.0 | 8.4 | 8.1 |
調整済みハザード比 | 1.0 | 1.24[0.94~1.64] | 1.23[0.96~1.58] |
人数 | 2274名 | 3710名 | 9424名 |
2006-06-02
以前に書いた文章では「スタチン治療は脳出血に直結しない」としたが、訂正が必要である。
リピトール®80mgを用いて、強力な脂質降下療法を行い、LDLコレステロールを38%減らしてみせたSPARCL(The Stroke Prevention by Aggressive Reduction in Cholesterol Levels)の結果が発表になった。対象は一過性虚血発作か脳梗塞の既往のある患者で、虚血性心筋梗塞を扱った、今までの患者と背景が異なる。日本の現状に近いとも言える。
総じてみれば、全脳血管事故はHR0.84で16%抑制できた。成功と言える。
非致死性の脳卒中は減らなかった。致死性の脳卒中はHR0.57と著明に減少し、脳梗塞もHR0.78で予防可能であった。しかし、低脂質血症で脳出血例が多いという報告[Eastern Stroke and Coronary Heart Disease Collaborative Research Groupなど]を忠実に再現して脳出血がHR1.66と増えてしまった。
すべてを含めれば利益が多く、脳だけではなく心臓も保護できるので有用であるが、強力な脂質降下療法には、抗凝固治療や抗血小板治療と同様に、出血のリスクを内包する事を、肝に銘じる必要がある。健全な血管を保つ意味でも1次予防の重要性が示唆される。
日本でもスタチンと脳卒中再発の治験が進行中である[J-STARS]。日本で行われた1次予防試験であるKLISでは虚血性心疾患のみならず、脳梗塞の予防効果が確認されている[Sasaki et al. Reduction in Serum Total Cholesteroland Risks of Coronary Events and Cerebral Infarction in Japanese Men]。女性が主体のMEGA studyでは脳梗塞と頭蓋内出血を併せた脳卒中は予防出来なかった(17%減、p=0.33)
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死んだ子の年を数えればセリバスタチンの副作用で終了となったRESPECTも知りたかった。