高脂血症と脳血管障害(脳梗塞、一過性脳虚血)の予防 −メガトライアルより−

20世紀末の知識に準拠しているので、過去の経緯を知るには役立つが、レポートには引き写さないように

1999-10-5

[H17.11/19追記]冠疾患の1次予防試験で日本で行われていた
MEGAstudyでも脳梗塞と頭蓋内出血を併せた脳卒中は予防出来なかった(17%減、p=0.33)。
なお、J-STARSという脳梗塞の再発予防試験が開始されている。2015年の結果は、アテローム由来のものを減らしたものの脳卒中全体は中立だった。
[H22.7/2追記]非介入の観察コホートJALS-ECCでは4分位毎に見ても、脳梗塞も脳出血もくも膜下出血も増減は見られず、高脂血症は脳血管障害に中立的であった。

 初めに

 高脂血症は粥状動脈硬化の重大な危険因子であり、特に冠疾患では様々な脂質降下薬の予防試験が試みられ成果を挙げている。
 虚血性心疾患と異なり、脳血管障害は様々な病態を内包している。大きく脳出血と脳梗塞に分けられ、脳梗塞も血行力学性・アテローム塞栓性、心原性に大きく3分割されている。一つの病態だけでは説明できないため、高脂血症に対する危険因子としての関心は、高血圧等に較べ遅れており、降圧薬や抗血小板薬・抗凝固薬を用いた治験と較べ、高脂血症にたいする介入試験は未だ十分に行われているとは言えない。ここでは、冠疾患予防を第一目的に行われた研究(表1)を通じて得られた、脳梗塞・一過性脳虚血についての知見をまとめて示した。

 HMG-CoA還元酵素阻害薬の成績について

 HMG-CoA還元酵素阻害薬では、8件の投与試験をまとめたBucherらのメタアナリシスでは24%(95%信頼区間; 8~38%)の脳梗塞予防効果が見られた(表2)(図1)(1)。
 HMG-CoA還元酵素阻害薬を使用した治験ををまとめたCrouseらの報告では27%の予防効果が報告された(表3)(2)。Blauwらの検討では40.4%もの予防効果を示している。ただし、残念ながら致死性脳梗塞は、介入;30例に対し、対照;27例であり、予防できなかった(3)。
 フィブラート・陰イオン交換樹脂、もしくは食事指導をもちいた試験では、介入群と非介入群の間に差は認められなかった。
 HMG-CoA還元酵素阻害薬以外の研究では以前のものがあり、観察期間が短いもの含まれているので、予防効果について過少評価している可能性もある。MRFIT(the Multiple Risk Factor Intervention Trial)では、7年目では有意ではなかった冠疾患予防効果が、10.5年目の検討で認められている。
 LDLコレステロールレベルを30%下げるHMG-CoA還元酵素阻害薬の治験以外では、10%の低下しか得られておらず、治療効果が不十分であったとも考えられる。
 HMG-CoA還元酵素阻害薬を用いた場合も、高コレステロール患者が対象のWOSCOP(West of Scotland Coronary Prevention Study) (5)、正コレステロール患者が対象のAFCAPS/TexCAPS.( Air Force/Texas Coronary Atherosclerosis Prevention Study)(6) といった一次予防試験では脳梗塞の発症率の低下は認められなかった。
 65才未満を対象とするWOSCOPに、脳梗塞を発症しやすい高齢者が含まれていなったためかもしれない。正コレステロール患者が対象の二次予防試験のCARE(7)でも、60才以下の場合脳梗塞の予防効果を示せていないが、高齢者を対象とした一次予防試験も今後の課題であろう。1999年の欧州心臓病学会で、65〜80才;1万人を対象としたセリバスタチンの介入試験RESPECT(risk evaluation and stroke prevention in the elderly- Cervastatin Trial)の開始が発表された。脳血管障害と痴呆を評価するこの研究の結果発表が待たれる。セリバスタチン(ローコールやセルタは横紋筋融解症のため発売中止で治験は途絶した。

CARE(Cholesterol and Recurrent Events study)の成績について

 CARE(7,8)では、層別化した検討を行っている(表4)(図2)。
 LDLコレステロールで151mg/dl以上の症例で一過性脳虚血を含めた脳梗塞を54%抑制した(p=0.009)(図3)。また、60歳以上では35%の予防効果が認めらた(p=0.007))。
  既往のない患者の脳梗塞初発は27%の予防効果が認められた。脳血管障害の既往のある患者が投与群に111名、非投与群に100名、割り付けられていた。しかし、脳梗塞患者の脳梗塞の2次予防効果は示せなかった。サンプルサイズが少ないためなのか?フィブリノイド壊死や硝子化に依る脳血管障害が、HMG-CoA還元酵素阻害薬では抑制できなかったためなのか?より大規模な脳血管障害の既往のある患者を対象とした、2次予防試験が待ち望まれる。

HMG-CoA還元酵素阻害薬の予防機序

 HMG-CoA阻害薬の機序としては、Plaqueの安定化が、まず挙げられる。虚血性心疾患で心事故例に必ずしも高度狭窄が存在しないように、脳梗塞も事故前に狭窄があるとは限らない。その様な場合でも、急性冠動脈症候群と同様の機序で、Plaqueの安定化により、破綻による血栓形成による局所の急性閉塞と、破綻部位からの血栓子・プラーク塞栓子による閉塞;Artery to artery thrombusが抑制できる。

 高コレステロール患者が対象の二次予防試験の4S(Scandinavian Simvastatin Survival Study )(9)では塞栓による梗塞は、プラセボでは10例に対しsimvastatin投与では3例であった。一方、塞栓によらない梗塞は、プラセボ;33例 vs. simvastatin;16例となっていた。心事故が抑制されれば、虚血性心疾患後の壁在血栓や不整脈が減少するので、心原性の塞栓症も、HMG-CoA阻害薬により予防できると思われる。

 動脈硬化症進展抑制による狭窄の防止も有力な機序であろう。
 4S(10)では動脈硬化の所見についてまとめているが(図4)、頚動脈雑音の出現を抑制していた(図4)。 Furburgらは初期の頚動脈内膜肥厚がある患者に対し、ロバスタチンの投与とワーファリンの投与の2x2分割にて検討し(11)、ロバスタチンの投与で頚動脈内膜肥厚を抑制した(図5)。
 頚動脈内膜剥離術の予後成績では、70~99%の狭窄のみで手術例が対照群より長期予後が優れていた。しかし、周術期は合併症のために介入例の成績の方が悪かった。さらに、70%未満および高度狭窄例では予後改善効果は得られなかった(12)。
 頚動脈狭窄や椎骨脳底動脈循環不全、これらの既存の器質的な狭窄に対しての、手術とHMG-CoA阻害薬投与との比較試験はまだ示されておらず、今後検討する必要があるであろう。

 CARE studyでは、高血圧・糖尿病をもつ者には、HMG-CoA阻害薬による脳梗塞の抑制効果は示せなかった。
 プラークの破綻や太い血管の粥状硬化症による狭窄と違い、高血圧や糖尿病患者に多い細動脈のフィブリノイド壊死には、血清脂質の関与が薄いためかも知れない。
 この点に関しては、II型糖尿病と高血圧を合併した2万人の正コレステロールの患者に対し、降圧薬(α1遮断薬、Ca拮抗薬、ACE阻害薬、利尿薬)とHMG-CoA阻害薬を4x2分割にて投与し比較検討する、ALLHAT(the Antihypertensive and Lipid Lowering Treatment to Prevent Heart Attack Trial)で明らかになることを期待したい(13)。

低HDL血症と脳血管障害について

 低HDL血症も脳梗塞の危険因子と言われる。その介入効果はどうだろうか?
 フィブラート系薬物のGemfibrozil(1200mg/day) を投与した報告を、Rubinsらがまとめている(19)。LDL≦140mg/dlかつHDL≦40 mg/dlの虚血性心筋梗塞の既往のある男性約2500人を対象に二重盲検試験をおこなった。
 LDLコレステロール値は投与後も113mg/dlで変化しなかったが、Gemfibrozil群(G)は偽薬(P)に対して、HDLが上昇し(G;34mg/dl vs P;32mg/dl)中性脂肪が低下した(G;115mg/dl vs P;166mg/dl)。
 虚血性心筋梗塞が22%(95%信頼区間;7~35%、p=0.006)減少した。脳梗塞も29%(95%信頼区間;2~48%、p=0.04、G;64名 vs P;88名)減少を示した。一過性脳虚血(TIA)は59%(95%信頼区間;33〜75%、p<0.001、G;22名 vs P;53名)と著明に減少していた。
 フィブラート系薬物も2次予防についてはHMG CoA還元酵素阻害薬と同様に有用である可能性が示された。

The Lower, The Better.

 久山町やハワイ日系人での疫学研究などを通して、低コレステロール者の脳出血事故の危険が示されている。MRFIT(14,15)やEastern Stroke and Coronary Heart Disease Collaborate Group(16)の結果のグラフで示されるように、血清総コレステロール値で4mmol(155mg/dl)を下回ると脳出血の危険が上昇している図6)。
 では、脂質降下薬の介入により脳出血の危険は高まるのであろうか?
 今まで行われた介入試験では脳出血発症率の上昇は認められず、安全性に対する危惧は薄いと考えられる。これは、155mg/dlのコレステロール値を下回るような脂質低下は今までの治験では得られていないためである。
 Bertramらの報告(17)では、LDLコレステロールを2mmol(77mg/dl)まで低下させた方が、3mmol(119mg/dl)に留めた場合より、心事故が36%予防できたが、この中でも脳出血の発症増加に関しての言及はない。
 虚血性心疾患の既往のある患者は、心腔内の内皮機能低下や壁運動異常で壁在血栓を生じやすい。不整脈や心不全を伴っていることもあり、心原性塞栓症による脳血管障害をきたしやすい。虚血性心疾患の予防を通じて、結果として脳血管障害の減少が得られるか?、長期の観察が今後必要と思われる。
SPARCLの結果わずかながら脳出血例の上昇が観察された[]

 また、MoroneyらはLDLコレステロールが高い程、脳血管障害後痴呆に陥る症例が多いことを報告している(18)。上位25%と下位25%で比較すると3.1倍(95%信頼区間;1.5-6.1)おおく、Lp(a)高値の場合も4倍多いと報告しており、事故後のQOLにも高脂血症は関与する可能性が示唆される。

最後に

 コレステロール、特にLDLコレステロールと脳梗塞・一過性脳虚血について述べてきたが、冠疾患を含めた心血管事故と総死亡を減少させるHMG-CoA還元酵素阻害薬の有用性と安全性については一定の理解が得られるもとの思われる。
 文中に示した残された疑問以外にも、「高中性脂肪血症と脳血管障害について」「低コレステロール者への介入による脳出血の予防効果」など、まだ判らない事の方が多く、今後の研究に期待したい。

文献

(1)Effect of HMG CoA Reductase Inhibitors on Stroke: A Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials. Bucher HC et al. Ann Intern Med 1998;128(2):p89-95.

(2)Reductase Inhibitor Monotherapy and Stroke Prevention. Crouse JR et al. Arch. Intern. Med. 1997;157(12): p1305-1310.

(3)Stroke Statin and Cholesterol: a Meta-Analysis of Randamized Placebo-Controlled Double-Blind Trials With HMG-CoA Reductase Inhibitors Blauw GJ et al. Stroke 1997;28(5):p946-950.

(4) Mortality rates after 10.5years for participatients in the Multiple Risk Factor Intervention Trial Research Trial. Findings related to a priori hypotheses of the trial. The Multiple Risk Factor Intervention Trial Research Group. JAMA 1990;263:1795-1801.

(5)Prevention of coronary heart disease with pravastatin in men with hypercholesteremia. Shepherd, J.et al.N Engl J Med 1995 ;333: 1301-1307.

(6)Primary prevention of acute coronary events with lovastatin in men and women with average cholesterol levels: results of AFCAPS/TexCAPS. Air Force/Texas Coronary Atherosclerosis Prevention Study. JAMA 1998; 279(20):1615-22

(7)The effect of pravastatin on coronary events after myocardial infarction in patients with average cholesterol levels. Sacka et al. N Engl J Med 1996 ;335: 1001-1009.

(8)Reduction of stroke incidence after myocardial infarction with pravastatin; The Cholesterol and Recurrent Events (CARE) study. Plehn JF et al. Circulation 1999; 99(2) p216-223.

(9)Randamised trial of cholesterol lowering in 4444 patients with coronary heart disease : Scandinavian Simvastatin Survival Study (4S). Scandinavian Simvastatin Survival Study Group. Lancet 1994; 344: 1383-1389.

(10)Effect of simvatatin on ischemic signs and symptons in the Scandinavian simvastation survival study (4S). Pendersen et al. American Jornal of Cardiology 1998; 81(3): 333-335.

(11)Coronary Heart disease / myocardial infarction: Effect of Lovastatin on Early Carotid Atherosclerosis and Cardiovascular Events. Furburg CD. et al. Circulation 1994; 90:1679-1687.

(12)Benefit of carotid endarterectomy in patients with symptomatic moderate or severe stenosis. North American Symptomatic Carotid Endarterectomy Trial Collaborators . N Engl J Med 1998; 339(20):1415-25.

(13)Davis BR et al. Rationale and design for the Antihypertensive and Lipid Lowering Treatment to Prevent Heart Attack Trial (ALLHAT). ALLHAT Research Group. American Journal of Hypertension. 1996;9(4 Pt 1):342-60.

(14)Serum cholesterol levels and six-year mortality from stroke in 350,977 men screened for the Multiple Risk Factor Intervention Trial. Iso H et al. NEngl J Med 1989; 320: 904-10.

(15) Risk factors for death from different types of stroke. Neaton JD et al. Ann Epidemiol 1993; 3: 493-99.

(16)Blood pressure, cholesterol, and stroke in eastern Asia. Eastern Stroke and Coronary Heart Disease Collaborative Research Group. Lancet 1998;352(9143):1801-1807.

(17)Aggressive Lipid-Lowering Therapy Compared with Angioplasty in Stable Coronary Artery Disease. Bertram P et al. N Engl J Med 1999;341(2)

(18)Low-Density Lipoprotein Cholesterol and the Risk of Dementia With Stroke.Moroney JT. et al. JAMA. 1999;282:254-260

(19)Gemfibrozil for the secondary prevention of coronary heart disease in men with low levels of high-density lipoprotein cholesterol.Rubins HB et al. N Engl J Med 1999;341:p410~418.


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