富山化学の罪と罰:コンプライアンス欠落企業に潰されたアビガン
アビガンを潰した責任を負うのは、医薬品規制の何たるかも、薬機法違反の何たるかも知らずに、ひたすらアビガンを溺愛した内閣総理大臣ではない。製薬企業にとって不可欠なコンプライアンスを踏みにじった富山化学である
承認前の医薬品の広告の禁止
医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律 施行日: 平成三十年十二月三十日
第六十八条(承認前の医薬品、医療機器及び再生医療等製品の広告の禁止)何人も、第十四条第一項、第二十三条の二の五第一項若しくは第二十三条の二の二十三第一項に規定する医薬品若しくは医療機器又は再生医療等製品であつて、まだ第十四条第一項、第十九条の二第一項、第二十三条の二の五第一項、第二十三条の二の十七第一項、第二十三条の二十五第一項若しくは第二十三条の三十七第一項の承認又は第二十三条の二の二十三第一項の認証を受けていないものについて、その名称、製造方法、効能、効果又は性能に関する広告をしてはならない。
この条文には「何人も」とある。すなわちこの条文は法人ではなく,自然人に適用される。資格・免許といった社会的属性はもちろん,性別,年齢といった生物学的属性も考慮しない。そしてCOVID-19に対するアビガンの効能効果は,この記事を書いている2020年5月21日現在,承認前である。すなわち,内閣総理大臣であろうと,日本医師会会長であろうと,あるいは野球選手であろうと,はたまた街頭インタビューに応じたパチンコファンであろうと,そして利益相反の有無にかかわらず,新聞に「アビガンが人類を救う」との談話を載せたり,テレビカメラの前で「アビガンはコロナに効く!」と叫んでは(つぶやいても)ならない。薬機法第六十八条はそう定めている。
COVID-19に対するアビガンの効能効果は承認前=未承認である
2020年5月現在,COVID-19に対するアビガンの効能効果は未承認である。なお,ここでは議論を正確にするために適応外処方という言葉は使わない。なぜならば,COVID-19に対するアビガンの開発は,適応外処方を新たな効能効果とする従前の開発と異なり,今回のパンデミック以前には,COVID-19に対するアビガンの有効性,安全性に関するデータは世界のどこにも存在しなかったからである。アビガンの承認効能効果は「新型又は再興型インフルエンザウイルス感染症」つまり未だにこの世の中に出現していない病気であり,COVID-19に対するアビガンの効能効果は未承認であるであるという事実を忘れないためにも,適応外処方という言葉を使ってはならない。
この「未承認効能効果の開発」,すなわち,(非臨床デー
タと健常人を対象とした臨床試験以外の)COVID-19に対する有効性,安全性の検証については,ファビピラビルは新有効成分として,一から開発しなお
さなけれならない。季節性インフルエンザで得られた安全性データも対象集団が異なるし,またCOVID-19では用法用量も異なっているので改めてプラセ
ボ対照のRCTを行う必要がある。企業と規制当局の間にそういう合意があったからこそ始まったのが,第III相臨床試験(JapicCTI-205238,試験予定期間 2020/03/31 ~ 2020/06/30)だった。この試験の存在自体が,COVID-19に対するアビガンの効能効果が承認前=未承認であることを示している。
薬機法違反者続出
しかし,この最も重要な第III相臨床試験を取り巻く環境は試験開始当初から異常だった。2020年2月3日,COVID-19の感染者が発生して入港先を探してい
たクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の入港を日本政府が認めた2020年2月3日から2か月が経っていた。3月29日には当代きってのコメディア
ンをCOVID-19で失っていた。何としても治療薬をという機運がいやが上にも高まっていた。それ以後,著名人の回復事例は重症度,経過の如何に関わら
ず,様々なメディアで繰り返し報道された。ファビピラビルが処方されたと言われる(もちろん誰にも確認の術はない)事例では,「コロナからの生還」の夢が
実現できたのは,ひとえに「期待の新薬アビガン」のおかげだと,大々的に喧伝された。副作用はコントロール可能である一方,命の方が大切だからCOVID
-19には全例アビガンを投与すべきだという者まで現れた。”「法令遵守」が日本を滅ぼす”が世に出てから13年経つが,まだ日本は滅びてはいない。一方アビガンは,薬機法第六十八条に違反した無数の贔屓により引き倒された。
コロナ祭りによる思考停止
あまりにも違反者が多いので,逆に一体何が問題なのか?と訝しく思う向きもあるかもしれないが,それもこれもすべてコロナ祭りが原因である。それは祭り以前の世界を思い出せばすぐにわかる。本来日本人に強いはずの遵法意識の消失は「非常時だから何でもあり。薬機法なんか糞喰らえ」との思考停止に他ならない。
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2017年2月22日に放送されたNHKの「ガッテン!」では、「血糖値を下げる!デルタパワーの謎」と題し,熟睡中に脳から出る「デルタ波」という脳波に、血糖値を下げる効果があると紹介された。その時に「2014年に登場したオレキシン受容体拮抗薬」というテロップとともに紹介された薬の包装の映像には「ベルソムラ」という文字が明確に読み取れた。番組に出演した医師は、この薬について「新しいので安全性が高い」と評価。続けて、「非常に副作用の心配が少なくなっていますので、糖尿病患者でもわりと気軽に飲める。睡眠障害の患者は糖尿病の発症率が2倍になるので、こういう薬剤を使うことで糖尿病の予防にもなる」と話していた。こうした効能が一通り紹介されると、司会の立川志の輔は、「糖尿病、糖尿病予備軍の方、これで安全に血糖値を下げることができます!」と明言していた。(NHKガッテン「睡眠薬で糖尿病治療できる」 医師「番組見たが、ちょっとひどい」 J-CASTニュース2017年2月24日)
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このように「ガッテン!」ではあたかもベルソムラが血糖降下薬として承認されているかのように番組が作成・放送された。この放送に対して、日本睡眠学会と日本神経精神薬理学会がNHKに対して異議を申し立て、厚生労働省も口頭による厳重注意を行った。NHK
では2月27日になって、番組HP上に「行き過ぎた表現で誤解を与えた」として謝罪し、28日に予定していた再放送を取り止めた。もちろんMSDも「今回の番組はNHKが独自で企画・取材したものであり、MSDからNHKへ情報提供などは行っておりません。ベルソムラは不眠症治療薬であり、糖尿病治療薬としての適応はございません」と報道発表している。(【2017年2月22日放送NHK「ガッテン!」に関して】←3年経ってもまだ残っていることから,その怒りの強さが読み取れる)。このように関係者が薬機法の何たるかを理解していた時代があった。そのわずか3年後,コロナ祭りのどんちゃん騒ぎのおかげで,今やそれが古き良き時代となり,「アビガンを推奨せざれば医者に非ず」「アビガンを百害錠剤と呼ばわりする者は非国民」(ついでに宣伝:「科捜研をでっち上げの総本山呼ばわりする者は非国民」)というご時世になってしまった。
富山化学には製薬企業を名乗る資格はない
―薬機法違反者を広告塔として利用
だが,それもこれも富士フィルム富山化学(以下富山化学)の自業自得である。富山化学は彼らを全力を以て制止すべきだった。たとえ相手が合衆国大統領(*)であろうとも,あるいは内閣総理大臣,あるいはノーベル賞受賞者、そしてそれが自社の会長であったならなおさら,「殿中でござる」とばかりに梶川与惣兵衛並の気迫で引き留めるべきだった。日本医師会会長から街頭インタビューに応じたパチンコファンまで,決して彼らは「薬機法第六十八条なんかクソ喰らえ」と思っていたわけではない.た
だひたすらアビガンを愛し応援しただけだった。彼らは自分達の行動や言動が薬機法第六十八条違反となる行為であり,結果的にアビガンを葬り去るなんて夢にも思っていなかった。彼らはただ無知なだけだった。コロナ祭りのような大惨事でもなければ,薬機法なんて法律があることも知らずに一生を終えていただろう彼らに何の科があろう。
既承認薬でさえ適正使用推進をあれだけ厳しく求められる.まして況んや未承認効能効果をやである.コロナ祭りだからといって,製薬企業が薬機法を踏みにじっていいわけがない。私だけではない。厚労省だけではない。医薬品製造販売業に関わる全ての人が一部始終を目撃している。これだけ多くの違反者を出した全責任は,彼らを「薬機法第六十八条違反とも知らずにただで宣伝してくれる便利な広告塔」として放置し続けた富山化学にある。そんな会社には製薬企業を名乗る資格はない。彼らに残るのは裁判を受ける権利だけだ。
*西の横綱の持ちネタはクロロキンだが,ここで真っ先に取り上げないと太平洋の向こうから“America First” と怒声が飛んできそうだから.この点は日本の内閣総理大臣も異論はないだろう。
―「観察研究」とやらが潰した治験
富山化学の問題はそれだけではない。以下に述べるように,自らが遂行している治験が難航し,中止に追い込まれるようにサボタージュ工作も行っているのも富山化学の罪である。治験サボタージュの原因になっているのは,アビガンの治験外流通と,治験(JapicCTI-205238)と並行して行われている「観察研究」である。通常の未承認薬の治験の場合には,実薬が被検者以外の人物の手に渡ることなどあり得ない。もしそんなことがあれば,GCP違反で治験は台無し・中止となる。ところがアビガンの場合には観察研究、臨床研究、企業治験の枠組みで病院に供与された結果,4月26日までに、1100施設の医療機関で2194人の患者に投与されたとのことである(新型コロナ感染症へのアビガン使用、医療機関要件を周知─4月下旬時点で2000例以上に投与 日本医事新報 2020/5/2)。
治験の目標症例数が96人だから,既にこの記事を書いている5月21日よりも1か月も前の時点で既に治験外で2000人以上に投与されていたことになる。それがさらに5月11日の時点では3000人を超えていた(治療薬候補「アビガン」、医師判断で軽症者にも早期投与可能に 福岡県医師会 毎日新聞 2020/5/11)。しかし本日5月21日の時点でも,目標症例数96人の治験が終了したとの報道がない。5月末には承認との首相が明言しているにもかかわらずである。明らかに患者さんたちがアビガンを求め,1/2の確率でプラセボが当たる治験を嫌っていることが容易にわかる。こうして治験を中止の方向に持っていく一方で,例の箸にも棒にもかからない代用エンドポイント(ウイルス減少率)を主要評価項目としていた特定臨床研究を、件の「観察研究」とともに承認申請パッケージに入れて裏口承認に向けて強行突破するという算段だったとしたら,富山化学には製薬企業を名乗る資格はなく,裁判を受ける権利だけが残ることになる。
―治験外流通が潰した治験
アビガンの治験外流通だけでも,即刻治験中止となる脅威である。たとえば,
1)治験の被検者が「どうも効かない,プラセボじゃないか」と思い,素性を隠してアビガンを処方してくれる病院に行き実薬を手に入れる
2)逆に治験外でアビガンを処方されている患者が素性を隠して治験の被検者となる,
3)アビガンを処方された患者が治験の被検者に横流しする。
いずれの場合でも即刻アウト。誰が何と言おうとGCP違反で治験は即中止となるのはもちろんこと、元凶となった治験外流通も全て停止される可能性が高い。ところが,これらの事故を防止するためには,治験外流通のルートまで治験同様の厳密な管理を徹底し,さらには南京でCOVID-19の封じ込めの際に行われたロックダウン並みの行動監視・制限システムを構築する必要がある。もちろん,そんなことは不可能である。それがわかっていながら治験を行っているのは,ネグレクトによるサボタージュ工作そのものである。こうして治験を中止の方向に持っていく一方で,例の箸にも棒にもかからない代用エンドポイント(ウイルス減少率)を主要評価項目としていた特定臨床研究を、件の「観察研究」とともに承認申請パッケージに入れて裏口承認に向けて審査を強行突破するという算段なのだとしたら,富山化学には製薬企業を名乗る資格はなく、やはり裁判を受ける権利だけが残ることになる。
キーワード: 法的リテラシー アビガン 薬機法違反 治験 観察研究 コンプライアンス 富山化学 日本医師会会長
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