後天性凝固第VII因子インヒビター
【後天性凝固第VII因子インヒビター】
何らかの機序によって、凝固第VII因子の活性を阻害する自己抗体が出現し、第VII因子活性が低下する病態です。極めて症例が少ないので、十分な症例解析が行われているわけではありませんが、止血困難な致死的な著しい出血傾向を呈する症例もあります(参照:本院で経験した症例)。一般に新鮮凍結血漿や後天性血友病(凝固第VIII因子インヒビター)に使用されるバイパス製剤は無効です。
診断に迷う場合や、治療経験がない場合などは、速やかに凝固線溶系に詳しい本当の専門家がいる治療経験のある施設に転院させてください。諸般の事情により転院が困難な場合でも、専門家の助言のもと診断および治療を行ってください。

【疫学】
極めて稀です。

【臨床症状】
出血症状は無症状から止血困難な出血傾向を呈する症例までさまざまです。本院で経験した症例はそれまで認められなかった出血傾向が出現するなど致死的出血を合併しています。

【検査所見】
  • PT延長、APTT正常
  • 延長した凝固時間(PT)は、混和直後および2時間後の補正試験で補正されない
    (ただしインヒビター力価などの影響で、阻害が弱い場合などでは判断に困難をきたす場合も多くあります)
  • 第VII因子活性の低下
  • その他の凝固因子は正常。
    (インヒビター力価が高い場合には、測定系に影響を与え、複数の因子活性が低下した様に見えます)
  • 血小板数は正常
    (出血部位や程度によってはFDPの上昇を認める場合もあり、DICと誤診される例もあります
【鑑別疾患】
  • 先天性凝固第VII因子欠損症
  • 後天性血友病
    凝固第VIII因子に対する自己抗体が出現する病態です。一般に強い出血傾向を呈し、検査では補正試験で補正されないAPTT延長を認めます。一般にPT延長は稀ですが鑑別は必要です。
  • ワルファリン過剰状態・ビタミンK欠乏状態
    凝固第X因子はビタミンK依存性凝固因子ですのでワルファリン過剰状態やビタミンK欠乏状態では低下します。その他のビタミンK依存性の凝固因子(プロトロンビン、凝固第VII因子および凝固第IX因子)並びに凝固制御因子(プロテインCおよびプロテインS)も低下します。またPIVKAIIも著しく上昇します(本病態の鑑別のための保険適応はありません)。臨床経過からワルファリン過剰やビタミンK欠乏状態の鑑別疾患にあげることは難しくないと考えがちですが、複数の医療機関から処方を受けている場合、他院から投与されているワルファリンの情報が考慮されない場合があります。またミコナゾールなどワルファリンの代謝に影響する薬物の処方を受けている場合もあります。絶食や抗生物質の投与などで内因性のビタミンK産生が低下している場合や胆道閉鎖症や吸収不全症候群合併例などでは診断に苦慮する場合もあります
【治療】
出血に対する止血療法と、原因となっている自己免疫反応の抑制を並行して行う必要があります。
【止血療法】
有効な治療法はありません。抗体力価が低い場合は第VII製剤が有効である可能性があります。抗体力価が高いため、一般に新鮮凍結血漿は無効です。またバイパス製剤を用いても、その下流にある第V因子が阻害されているため、効果は発揮されません。
【免疫抑制療法】
原因となっている凝固第V因子に対する抗体の産生を抑制することが、治療の本質です(止血療法は対症療法です)。可及的速やかに免疫抑制療法を開始する必要があると考えられますが、体系的な解析はでていませんし、全ての症例に免疫抑制まで行う必要があるのかの結論は出ていません。ステロイド1mg/kgを基本としますが、年齢やその他のリスクに応じて減量します。効果が弱い場合はその他の免疫抑制剤の併用を行う場合もありますが、感染症のリスクが増大します。この点も治療経験のある施設、もしくは同施設の助言のもと施行する必要があります。