第14回国際ゲノム会議(14AGW)に参加して
東 光一、中村 保一、藤 英博、森 宙史、黒川 顕(国立遺伝学研究所)
会議概要
第14回国際ゲノム会議(14AGW)は、一般社団法人ゲノムテクノロジー研究会と先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム(PAGS)との共催により、2023年10月4日から6日までの3日間、一橋講堂(学術総合センター)で開催された。14AGWのテーマは「Complete Human Genome and Beyond」であり、ゲノム医科学分野の急激な発展を受け、その最新の研究成果や新技術がもたらす新しい展開を議論し、展望することを目的としていた。2023年はヒトゲノムの解読完了から20周年を迎える年であり、この節目の年に研究の成果をゲノム研究者だけでなく広く社会にも伝えることは、大きな意義を持つものと考えられる。国際ゲノム会議は、これまで2年ごとのペースで開催されていたが、第13回会議が2019年に実施された後、2021年は新型コロナウイルスの影響により開催がキャンセルされた。そのため、14AGWは4年ぶりの開催となった。長いインターバルを経ての開催となったが、国内外の多くの参加者が一堂に会し、ゲノム研究の最前線についての議論が交わされた。
会議全体の印象
主要なテーマとして注目されたのは、2022年に発表されたヒトゲノム完全配列(T2T-CHM13)の達成とそれに関連する技術的進歩、シングルセルおよび空間トランスクリプトーム解析技術の進歩による高解像度化・ハイスループット化、そしてがんを中心とした疾患ゲノム研究である。また、会議全体にわたって中心的に議論されたもうひとつの主要なテーマは、社会への影響である。ゲノム医療がいよいよ普及段階に入り、個人ゲノム情報をどのように管理・シェア・活用して社会に還元するか、米国、英国、欧州、日本で既に取り組まれている具体的な制度設計やデータ管理システムが紹介され、それらのあり方について活発に議論された。
一日目(10月4日)
会議初日最初のセッション「T2T」では、ヒトゲノム完全配列解読の成果と研究への応用が議論された。セッション全体を通じて、T2Tゲノム解読の進展とその生物学的・医学的意義、さらにはこれらの技術進歩が将来のゲノム研究にどのように影響を及ぼすかについての深い議論が交わされ、「完全なゲノム塩基配列は完全なゲノム構造変異を明らかにする」、すなわち完全なゲノム塩基配列が難病への挑戦への基盤となることを結論した。
セッション「Single Cell & Spatial Biology」では、シングルセルおよび空間トランスクリプトーム解析技術の革命的な進歩とその生物学的、臨床的な応用が焦点となった。本セッションでは、空間的な解析がいかに生命科学の発見や臨床研究を変革する可能性を秘めているかが示された。
また、米国National Human Genome Research Institute(NHGRI) 所長のEric Green博士による基調講演も開催された。ヒトゲノム研究の歴史とその進歩を総括し、ゲノム医学・ゲノム創薬、がんゲノム、希少疾患解析等への応用の成功を示すとともに、ゲノム医療の普及に向けた未来への展望が紹介された。
二日目(10月5日)
会議二日目最初のセッション「Disease Genome 1」では、疾患ゲノムに焦点を当てた研究が紹介され、現状の疾患ゲノム研究の先進性と臨床応用への可能性を強く示唆した。
セッション4「ゲノム医療」では、英国、欧州、日本のそれぞれの視点からゲノム医療の現状と挑戦が紹介され、ゲノム医療の国際的な発展とそれに伴うデータ管理・共有の重要性が改めて認識された。ゲノム医療セッションに続いて開催された「データ共有」についてのパネルディスカッションでは、前セッションの登壇者とともに、基礎研究の立場としてEvan Eichler博士も登壇し、ヒトの個人ゲノムデータ管理のありかた、基礎研究を推進するための効率的なデータ共有の仕組みについて、熱く議論が交わされた。
三日目(10月6日)
最終日最初のセッション「Disease Genome 2」では、疾患ゲノムのさらなる理解と、それに基づく医療への応用が議論され、疾患理解や治療戦略の選択におけるゲノム情報の重要性が強調された。
PAGSが主催する技術プレゼンテーションセッションでは、複数の技術開発企業が最新の研究成果やツールを紹介した。これら新規技術はいずれも今後のゲノム科学を革新する可能性を持った技術であり、それぞれが提供するツールやアプローチは、生物学的、医学的な問題解決の新たな手がかりとなることが期待される。
本会議最後のセッション「Chromatin Regulation」では、液-液層分離、シングルセルマルチオミクス解析、T2Tヒトゲノム完全配列などの最新技術が、転写制御、クロマチン構造動態およびエピゲノムの基礎研究にもたらす革新に関する講演が行われ、最新技術の適用でどのような基礎研究が可能となるか、ゲノム科学の新たな方向性が示された。
会議全体のまとめ
14AGWは、ゲノム科学・ゲノム医療の現在と未来を考察する絶好の機会となった。会議を通じて、ヒトゲノム完全配列達成の意義やシングルセル技術の進化、ゲノム医療推進のためのデータ管理プラットフォームの重要性が共有された。また、各セッションや技術紹介では、先端的技術やその適用による研究の可能性が詳細に紹介され、参加者同士で盛んに議論が交わされた。また、49演題のポスター発表が行われ、若手研究者からベテランの研究者まで、その研究成果や見解を共有する場として活発な議論が行われた。さらに、「Meet the Expert」として、ランチの時間を活用してスピーカーと直接テーブルを同じくして議論し懇親を深める企画があり、有用であった。また、それらのテクノロジーを扱う機器や委託業者のブースもあることで、新興テクノロジーを活用したい研究者にとっての情報収集に大いに役立つ会であった。発表テーマはヒトと医療に関わるものが多く、動植物・微生物等のゲノム解析のフロンティアならびにゲノム情報の活用に関わるセッションがあっても良かったという感想を持ったが、期間も限られているのでターゲットを絞ることで効果的な情報交換が可能となった側面もあろう。
14AGW組織委員長 油谷 浩幸 先生 |
PAGS主催技術プレゼンテーションセッション |
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ポスターセッション |
会場の一橋講堂 |