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性を決める仕組みに最新のゲノム解析で迫る
〜多様なショウジョウバエから解明する性染色体の進化〜

野澤 昌文

東京都立大学 理学研究科生命科学専攻 准教授、(兼任)生命情報研究センター 准教授

遺伝子が減っているのに、なぜオスは滅びないのか

 野澤昌文・東京都立大学准教授は、学位取得まではDNAやアミノ酸の配列が進化の過程でどのように変化していくかという分子進化の研究をしていた。性染色体の研究に興味を持ち始めたのは、米国でのポスドク時代だという。


 
 ヒトなどの哺乳類、鳥類、昆虫などが持つ性染色体は、性を決める代表的な仕組みだ。ヒトの場合、一つの細胞に23組46本の染色体があり、うち44本は常染色体、2本が性染色体で、X染色体が2本なら女性、X染色体1本、Y染色体1本の組み合わせなら男性になる。
 この性染色体をめぐって大きな謎が残っていた。Y染色体上の遺伝子は壊れやすくなってどんどん減っていくのに、どうしてオスは滅んでしまわないのか、という問題だ。実際に、ヒトのX染色体は遺伝子を1000個ほど持つが、Y染色体には数十個の遺伝子しかない。
 Y染色体も、元々は常染色体だったが、性決定にかかわる遺伝子(オス化遺伝子)を持ったことをきっかけに、性染色体として進化するようになったと考えられている。すると、X染色体とY染色体は混ざらない方が性決定を安定化できるため、しだいに減数分裂期組換えをしないような進化がおこる。すると、Y染色体に生じた有害な変異は長年の間に蓄積し、機能する遺伝子が減っていってしまうのだ(図1)。その過程で失われた遺伝子の働きは、どのようにして補われているのかも良くわかっていなかった。


図1  Y染色体の退化
(Ⅰ)性染色体ももともとは一対の染色体に由来する。(Ⅱ)オス化遺伝子/生殖関連遺伝子を獲得して性染色体になると、Y染色体はX染色体と組換えを行わなくなり、(Ⅲ)有害変異が蓄積して退化する。

「進化の過程で重要なテーマなのに解けていない問題だと知り、面白い、やってみたいと思い始めました」
 2012年に国立遺伝学研究所の助教に着任してから、実際に研究を始めた。

性染色体上の遺伝子の壊れ方、定説覆す発見

 野澤准教授は、研究にショウジョウバエを用いている。ショウジョウバエには、「ネオ性染色体」と呼ばれる新しい性染色体をもっている種が何種もいる。これらと、ネオ性染色体を持たないものを比較することができるのが研究上の利点だ。
 ネオ性染色体は、もともとは常染色体だったものが、性染色体に変わったばかりのものだ。常染色体の一部が、X染色体もしくはY染色体と融合すると、それは遺伝的には性染色体と同じように振る舞うようになる。
 例えば常染色体の一部がY染色体とくっつくと、その常染色体の部分は必ずオスを通じて遺伝するようになるので、Y染色体と同じ運命をたどる。つまり、遺伝子が壊れていくというわけだ。

 「ネオ性染色体を研究することで、まさにY染色体が壊れていくさまを観察できます」と野澤准教授は言う。もっと昔にY染色体になっているヒトなどでは、Y染色体上の多くの遺伝子がすでに壊れた後の状態しか観察できないが、ネオ性染色体は、進化の時間スケールからみると、ごく最近に性染色体になったばかり。ネオ性染色体であれば、壊れていく最中の状態を観察することができる。
 その研究で見えてきたのは、Y染色体とは違い、壊れにくいと考えられていたX染色体も、性染色体になったすぐ後の段階では、機能しなくなる遺伝子が増え、退化するスピードが上がっていたことだ。これまでの定説を覆す発見だった。「計算結果を見た時は、びっくりしました」
 そんな研究を支えたのは、都立大が維持している世界有数のショウジョウバエの系統保存事業だ。日本はもとより、東南アジア、環太平洋地域、インド、アフリカ、中国などから採取されたショウジョウバエ110種、3000系統以上を飼育し続けている。
 これらの系統の中から、Y染色体が無いのにオスが生殖能力を保っているショウジョウバエも最近見つかった。Y染色体にはオスの生殖能力にかかわる遺伝子が存在するはずだ。Y染色体なしにどうやってオスは生殖能力を保っているのか、とても興味深い研究テーマであるという。
 「古くから研究されているショウジョウバエですが、最新の解析方法を用いれば、まだまだ調べられることがたくさんあるのではないかなと思っています」
 ショウジョウバエ以外の生物を調べる研究者とも共同研究を始めている。性染色体が頻繁に入れ替わるカエル、X染色体とY染色体が分化し始めている植物、そして性染色体の退化が進んだ局面にあるヒトなどが対象だ(図2)。「より大きな枠で、性染色体の一生の姿を明らかにすることを目指しています」


図2 性染色体の一生:誕生から入れ替わりまで

難しい性染色体の解読、PAGSの支援が不可欠だった

 野澤准教授の研究を進めるには、性染色体のゲノム解析が不可欠だった。しかし、ゲノム解析の分野でも、性染色体、特にY染色体を読み取るのは技術的なハードルが高い。ヒトゲノムでも、最近まで、そして最後まで残されていた領域だったほどだ。
 その理由は、遺伝子が壊れていく過程で、Y染色体にはDNAの反復配列が増え、配列決定をとても難しくするからだ。長いDNA配列を一度に読み取れる最新の次世代シーケンサーの登場で、ようやくゲノム解析が可能になり始めた。

 「すごく新しい技術は、個々の研究室で使いこなせるようになるまでどうしても数年以上かかってしまう。外部委託のサービスとして定着し、誰でも使えるようになる前の段階で、新しい技術を駆使していかないと、世界のライバルたちに後れをとってしまう。そのためには先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム(PAGS)の力が不可欠でした」
 そして期待を大きく上回って、充実した支援内容だったという。
 「支援側は非常に多くのプロジェクトを抱えておられるので、もっとドライに淡々と処理されていくのかな、と覚悟していたのですが、本当にかなり密にディスカッションしながら進めさせていただいき、アドバイスをもらえました」
 実験面では、ショウジョウバエのサンプルをどのように準備すれば、長いDNAがとれるか、そんな助言を細かくもらえた。読み取った配列を組み上げて全体の配列を決定する際も、そのためのツールを開発している最先端の研究者が手助けしてくれる。
 「今まで大規模なゲノムデータを扱ったことが無いような研究者には、敷居が高いように思われるかもしれませんが、そういう分野外の人がどんどん応募されると良いのではないかと思います。きっと今までの自分の研究では得られなかった、新しい知見が手に入ると思います」

(2022年7月19日インタビュー)
*感染対策を行い、取材・撮影を行いました。

野澤 昌文(のざわ・まさふみ)
東京都立大学 理学研究科生命科学専攻 准教授、(兼任)生命情報研究センター 准教授

埼玉県出身。2000年3月 東京都立大学 理学部 生物学科卒業。2006年3月 東京都立大学 大学院理学研究科 博士課程修了。同年4月から2011年3月まで、ペンシルバニア州立大学 分子進化遺伝学研究所 ポスドク(2009年からは日本学術振興会 海外特別研究員)。その後、基礎生物学研究所 生物進化研究部門 ポスドクを経て、2012年2月 国立遺伝学研究所 生命情報研究センター 助教。2016年4月より首都大学東京 生命科学コース 助教を経て、2020年4月から現職。

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