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微生物の遺伝子から新たな医薬品を生み出す
〜ゲノム情報と合成生物学による新しい「ものづくり」〜

浅井 禎吾

東北大学 大学院薬学研究科・教授

自然界に埋もれた天然物を探す

 カビなどの微生物や、植物などから産出される化合物(天然物)は、医学や科学の世界に大きなインパクトを与え続けている。ペニシリンなどの抗菌薬、コレステロールを下げる作用を持つスタチンなどが代表的なものだ。最近では、大村智・北里大学特別栄誉教授が、土の中にいる放線菌が生産する天然物から抗寄生虫薬イベルメクチンを開発した業績で、2015年のノーベル生理学医学賞を受賞している。
 浅井禎吾・東北大学薬学研究科教授も、微生物が作り出す天然物が、新たな医薬品などに活用できないか研究を続けている。ただし天然物の探し方は先人たちと異なっている。これまでの天然物探しは、セレンディピティ(偶然の産物)に頼りがちだったが、浅井教授は遺伝子の情報を駆使する次世代型の天然物ハンターなのだ。

 大学院博士課程当時は、自然界にすでに存在している天然物を探してくる従来型の「ものとり」スタイルだったそうだ。植物の表面にある腺毛(せんもう)から分泌される天然物を集めていた。「河原や植物園、大学キャンパスの空き地などで植物を探し、触ってみて何かぺトっとするものがあったら、顕微鏡で腺毛を確かめて、それを拭いて取ったり表面を有機溶媒でぬぐったりして、その分泌物の成分を調べる。そんな研究をしていました」と浅井教授は話す。そうやって、新しい化学構造を持つ、さまざまな天然物を見つけた。
 一方で、その天然物が生物の中で合成される仕組み(生合成)にも関心を持っていた。「生物の中で、そういった天然物が作られるのに、どういう遺伝子や酵素が関わっているのか、その仕組みについての勉強もずっとしていました」
 2009年に、助手として東北大学薬学研究科に赴任。ちょうどそのころ、遺伝子を早く、安く読み取れる次世代シーケンサーの技術が進歩し、それに伴って、カビなど微生物の遺伝子を全部解き明かすゲノム研究が進んでいた。浅井教授はその成果を取り込み、生合成の仕組みに注目して新しい天然物を見つけ出す、新しい「ものとり」のスタイルに研究を進化させていった。

眠っている遺伝子を合成生物学で活かす

 天然物が生み出されるためには、それを作る酵素が必要で、そしてその酵素を作るための遺伝子が存在する。一つの天然物に対応する遺伝子のセットは生合成遺伝子クラスターと呼ばれ、天然物の設計図に相当する。


 カビ(糸状菌)のゲノム解析の結果、明らかになってきたことがあった。カビは、普通に培養した時に作られる天然物の種類より、はるかに多い生合成遺伝子クラスターを持っているということだ。「逆に言うと、持っている生合成遺伝子クラスターの一部しか使われていない、眠っている遺伝子クラスターがたくさんあるということです。それらをうまく使えば、新しい天然物がまだまだ取れるのではないか、と考えられるようになってきました。天然物探しの方法が、大きく変わったわけです」と浅井教授は説明する。
 最初は、化学物質を使って眠っている遺伝子を強制的に起こし、天然物を作らせる方法を浅井教授は進めてみた。しかし、それだけでは十分な結果が得られなかった。そこで、新しい天然物の候補となる生合成遺伝子クラスターを麹菌など異種の菌に組み込んで未知の天然物を作り出す、新しい「ものづくり」の方法も研究した。合成生物学と呼ばれる手法だ。
 その結果、いくつもの新たな天然物が見つかってきた。アルツハイマー病の発症に関わっていると考えられているたんぱく質「アミロイドβ」の凝集を強く抑制するものや、がん幹細胞の増殖を選択的に抑制するもの、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の増殖を極めて低い濃度で抑制するもの、これまで有効な薬剤がほとんど無かったアデノウイルスに効くようなものなどだ。実用化に向け、さらに研究を進めている。「天然物は、創薬にまだまだ使える。最近主流になりつつある抗体医薬や核酸医薬に劣らぬ力があります」と浅井教授は話す。

AdAMSの支援で新しい天然物の機能を調べる

 新しい天然物がどんな機能を持つのか調べるために、先端モデル動物支援プラットフォーム(AdAMS)の分子プロファイリング支援班の力を借りた。
 新しい天然物は、化学構造が判明しても、それだけでは何の役に立つかはわからない。化学構造が既知の化合物と似ていれば、機能もおおよそ予測できるが、構造が新規のものになればなるほど、どんな機能があるかは予測しにくくなる。それを調べるのが分子プロファイリングで、AdAMSでは、いくつかの方法を提供している。その一つが、肺がんや胃がんなど、がん細胞39種類を使うものだ。天然物は、性質の違う39種類のがん細胞に、それぞれ異なる影響を与える。そのパターンを調べて既知の化合物で得られているパターンと比較することで、天然物の機能を推定することができる。たとえば「この天然物は、がん細胞の中のミトコンドリアに作用している」というようなことがすぐにわかる。


 
 浅井教授の研究室では、いろいろな遺伝子を菌に入れる技術、天然物を生成し、それを単離して構造を決めるなどの技術はカバーしている。しかし、その機能を評価するところまで手を広げるのは、一つの研究室としては負担が大きいという。39種類ものがん細胞を継続して管理するだけでも大変だからだ。
 またAdAMSの支援メニューには、細胞網羅的遺伝子発現解析(トランスクリプトーム解析)など、ほかにも方法がある。「AdAMSであれば、経験をつんだ分子プロファイリングの専門家がデータを蓄積し、それが内部で共有されている。それを生かして、別の方法でも機能を調べたら、こういう情報がもっとわかるからやってみませんかというような、私たちでは思いつかないような提案をもらうこともできる。それで研究が展開していくこともあります」と浅井教授。
 新しい天然物づくりを実用化に結びつけるためには、その機能を迅速に見積もっていくことは重要になる。その局面で、AdAMSの支援は力を発揮するという。

(2022年2月2日インタビュー)
*感染対策を行い、取材・撮影を行いました。

浅井 禎吾(あさい・ていご)
東北大学大学院薬学研究科 教授

2005年 東京工業大学理学部化学科卒業
2007年 同大学大学院理工学研究科物質科学専攻 修士課程修了
2009年 東北大学大学院薬学研究科助手
2011年3月 博士(理学) 東京工業大学大学院理工学研究科物質科学専攻
2011年 東北大学大学院薬学研究科助教
2016年 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系 准教授
2019年10月 より現職

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