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尿失禁・骨盤臓器脱


1. 尿失禁の種類・症状・原因

 尿失禁とは、本人の意志によらずに尿をしたくない時や場所で漏れたりすることをいいます。これが、日常生活のうえで不快や不自由をもたらし、生活の質を低下させます。軽いものを含めると、成人女性の約3割で尿失禁の経験があると言われ、加齢や病気による尿失禁は男性にも多く認められます。しかし、ほとんどの尿失禁は完全に治したり、症状を改善させることができます。

1)腹圧性尿失禁
 腹圧性尿失禁は、咳、くしゃみをした時、立ち上がった時、階段を降りる時など、お腹に力が加わる動作時に生じる尿失禁で、女性に多い病気です。男性と異なり、骨盤底筋群と呼ばれる股間から肛門にかけて広がっている筋肉が、女性の場合には加齢、肥満、出産などにより緩みやすいためです。これらの筋肉が緩むと、腹圧が加わったときに尿道が閉鎖できず、尿が漏れるようになります。男性の場合は、前立腺の手術により尿道括約筋が損傷されるとみられることがあります。

2)切迫性尿失禁
 切迫した強い尿意を感じ、我慢出来ずに起こる尿失禁ですです。切迫性尿失禁は、男女を問わず、高齢者や、脳梗塞、パーキンソン病、頚椎症などの脳脊髄疾患の患者さんに多くみられます。この尿失禁は、「尿を漏らしてはいけない。」という脳からの命令が膀胱までうまく伝わらず、膀胱が収縮してしまうために生じます。

3)溢流性尿失禁
 溢流性尿失禁は、コップから水が溢れるように、充満した膀胱から尿が溢れ出して起こる尿失禁です。原因は、前立腺肥大症や前立腺癌が多く、男性によくみられますが、女性でも尿道狭窄や糖尿病による膀胱の収縮不全などによって生じます。

4)機能性尿失禁
 膀胱や尿道には明らかな異常がないのに、精神や身体運動の機能障害が原因で生じる尿失禁です。認知症の方が適切な状況判断ができずに、居間やベットの中で尿を漏らしてしまったり、手足が不自由な方が、すぐにトイレに行けずに生じてしまう状態がこれに当たります。

2. 尿失禁の診断と検査

 尿失禁の診断は、問診と簡単な診察により大部分の場合可能ですが、必要に応じて以下の検査を行います。
 1)超音波(エコー)検査、2)尿流測定、3)パットテスト、4)尿流動態検査(ウロダイナミックス検査)、5)膀胱、尿道造影

3. 尿失禁の治療

 尿失禁の治療は大きく分けて、保存的治療と外科的治療があります。

1)保存的療法

(a)
骨盤底筋体操
この体操は骨盤底筋を訓練することで強化するものです。ほとんどの腹圧性尿失禁はこれで治癒可能です。また、腹圧性尿失禁だけでなく切迫性尿失禁、便失禁などにも効果があります。具体的には、おならを我慢するときの要領で膣と肛門を締めます。お腹に力が入ってはいけません。肛門を締めて約10秒止める、早いピッチでの開閉を10回繰り返す、を一日に5-10回位行います。難しい場合には、入浴中に行って、肛門や膣に指を挿入し、締まることを確認して行うと良いでしょう。
(b)
薬物療法
切迫性尿失禁では薬物療法が治療の中心になります。抗コリン剤という膀胱を緩める薬を使用します。代表的なものには、ベシケア、バップフォー、ステーブラなどがあります。抗コリン薬の副作用として口渇感と便秘がみられることがあります。また、膀胱の収縮力を弱めるために残尿が増えることがあります。日本で開発されたβ3 アドレナリン受容体作動薬(ベタニス)も有効です。
腹圧性尿失禁には尿道の閉鎖圧を高める作用のあるスピロペント、トフラニールなどの他、上記の抗コリン剤を使用します。
(c)
膀胱訓練
膀胱訓練は膀胱の容量を増やすための訓練で、切迫性尿失禁に対して行われます。例えば、一時間半位の間隔ならば尿失禁がなくてすむケースでは、目標を2時間に設定し、尿を我慢する時間を徐々に長くします。継続することにより、膀胱の容量が増える効果があります。
(d)
排尿習慣訓練
患者さん本人に加えて、介護者、家族の方などの協力が必要になりますが、高齢者の機能性尿失禁や切迫性尿失禁に効果があります。例えば、認知症の患者さんが「朝の8時には排尿するのに、11時頃になると尿失禁する」ようなケースがあります。尿失禁のパターンがわかれば、11時より少し前にトイレに誘導することで、正常な排尿を行なうことが可能になります。排尿習慣訓練は、規則正しい排尿習慣を確立することで尿失禁をなくす方法です。
(e)
その他
上記の他に当科では、磁気あるいは干渉低周波による刺激療法を積極的に行っています。これは切迫性尿失禁、腹圧性尿失禁に対して行います。椅子の形をした治療機器に座るか、ベット上で端子を下腹部にあて、皮膚の上から膀胱、尿道をコントロールする神経を一回につき20~30分位刺激します。

2)外科的療法
 保存的療法で改善しなかった腹圧性尿失禁に対しては、外科的治療を行います。

〇 尿道スリング法
 様々な方法がありますが、原理は特殊なテープで膀胱の下部と尿道を支え、腹圧がかかっても落ち込まないように固定するものです。
 これまで腹圧性尿失禁に対する手術療法としてTVT(Tension free vaginal tape)が第一選択でした。経験膣的に骨盤内に穿刺針を挿入する手技のため骨盤内臓器(腸管、膀胱など)の誤穿刺の可能性、骨盤内出血の合併症(膀胱穿孔5%、出血、後腹膜血腫0.5~2%)が報告されています。
 これに対しTOT (Trans obturator tape) 手術は2001年にフランスのDelormeにより報告され、本邦では2004年より開始されました。骨盤内臓器の誤穿刺、骨盤内出血の可能性がなく安全性が高い手術として注目されています。当院ではTOT手術を施行しています。

4. 骨盤臓器脱について


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 骨盤の底を支える筋肉などが弱くなり膀胱,子宮,直腸などが下へ落ちてきてしまう状態です.出産,肥満,加齢が主な発症要因とされています。

 骨盤底筋体操、ペッサリーなどによる保存的治療にて改善しない場合は手術を行います。

5. 腹圧性尿失禁、骨盤臓器脱に対する経閉鎖孔式尿道スリング手術(TOT)および経膣的メッシュ手術(TVM)、腹腔鏡下仙骨膣固定術(LSC)についての説明

〇 治療の目的
 経閉鎖孔式尿道スリング手術 (Trans-Obuturator Tape:TOT)は、腹圧性尿失禁患者さんに対する手術療法として従来おこなわれてきた経膣恥骨上式尿道スリング手術 (Tension Free Vaginal Tape:TVT)より安全な方法とされています。また、TVM手術は、骨盤臓器脱(膀胱瘤、子宮脱、直腸脱)に対する手術療法としてポリプロピレンメッシュを用いることで、より確実で長期成績の期待される方法にて根治を目指します。腹腔鏡下仙骨膣固定術(LSC)は再発率がとても低い、性交渉に弊害が少ないなどの長所があり、また腹腔鏡手術であるため従来の開腹手術よりも体に対する影響が少ないと考えております。

〇背景と必要性
 これまで腹圧性尿失禁患者に対する手術療法としてTVT手術が第一選択とされてきました。しかし、経膣的に骨盤内に穿刺針を挿入する手技のため、骨盤内臓器(腸管、膀胱など)の誤穿刺、骨盤内出血の合併症(膀胱穿孔5%、出血、後腹膜血腫0.5~2%)が報告されています。これに対しTOT手術は2001年にフランスのDelormeにより報告され、本邦では2004年より開始されました。最近の国内での尿失禁手術の術式アンケート調査にてTVT手術75%、TOT手術14%と報告されています。TOT手術は、経膣的に閉鎖孔に穿刺をするため骨盤内臓器の誤穿刺、骨盤内出血の可能性がなく安全性が高い手術として注目されています。
 骨盤臓器脱に対する手術療法としてTension free vaginal mesh (TVM)、仙骨膣固定術、マンチェスター手術、膣前壁縫縮術、膣閉鎖術があります。仙骨膣固定術は開腹で行うもの、腹腔鏡下にて行う術式があり、腹腔鏡下仙骨膣固定術は一部の施設で先進医療として、ロボット支援下仙骨膣固定術は一部の施設で実施されております。当院ではTVM手術、腹腔鏡下仙骨膣固定術(LSC)を実施しております。

〇 治療の方法
 入院のうえ、手術室にて行います。TVM・TVT、LSCは腰椎麻酔(状態により全身麻酔)にて砕石位で行います。手術時間はTVMが1時間程度、TOTが30分程度です。LSCは全身麻酔(+硬膜外麻酔)にて3.5±0.5時間、出血200ml±200mlの手術です。実際の手術では、麻酔やその他準備でさらに1時間程度を要します。


TOT

 膣前壁に小切開(2-3cm)をおいて、閉鎖孔に向かって剥離を行います。次に両側の外陰部脇、陰核の高さに小切開(1cm)おきます。特殊針を剥離した膣壁より閉鎖孔内側に向かい穿刺しポリプロピレン製のメッシュを尿道の下に留置し、中部尿道を支持します。


膣前方TVM

 左右4本のアームを有するメッシュを使用します。膣前壁に小切開(2-3cm)をおいて、閉鎖孔内縁に相当する位置の内股部の皮膚に、左右2箇所ずつの穿刺を行います。そこから湾曲したエメット針と指を用いて、切開孔との間にトンネルを貫通させます。そして、膣前壁の切開孔からメッシュを挿入し、近位端は子宮頚部の腹側にプロリン糸にて固定し、遠位端は膀胱頚部に吸収糸にて固定します。次にアームを閉鎖孔から左右の切開創に引き出し、膀胱が緩やかに引き上げられる程度の緊張で創内に留置します。


膣後方TVM

 子宮脱、膣断端脱、直腸瘤を修復するために、メッシュを子宮と膣の後面、直腸の前面に挿入します。 膣後壁と、肛門から側方へ3cm、後方へ3cmの皮膚に左右一箇所ずつ小切開をおきます。Anterior TVMと同様に、針と指を用いて仙棘靭帯を貫通するトンネルを形成します。膣後壁の切開孔からメッシュを挿入後、近位端は子宮頚部の背側にプロリン糸にて固定し、遠位端は会陰体に吸収糸にて固定します。次に2本のアームを左右の仙棘靭帯を貫通させて引き出し、適当な緊張を与えながら切開創に引き出し、創内に留置します。


腹腔鏡下仙骨膣固定術

 骨盤臓器脱に対しての最新の治療方法です。ポリプロピレンメッシュなどを使用して、膣を仙骨の前縦靭帯に固定する方法です。経膣手術にくらべて再発率が低い、性機能が良好もしくは性交渉に弊害が少ない、などの長所があります。一方で、短所としては、メッシュによる合併症、腸管穿孔、重篤感染症などのリスクがあります。安全性に関しましては、従来手術法と大きな差はありません。下に手術のおおまかな手順を示します。

  1. おなかに5本前後のポートを挿入し、内視鏡器具により手術を行います。
  2. 腹膜を切開しメッシュを固定する岬角上の前縦靭帯を露出します。
  3. 膣のやや上方で子宮を切り離し、子宮を摘除します。
  4. 膣の前面(膀胱との間)、膣の後面(直腸との間)をわけ、これらの部位にメッシュを縫い付けて膣を頭の方向へつりあげます。つり上げた状態でメッシュを前縦靭帯に縫い付けて膣を固定します。
  5. 最後にメッシュがみえなくなるように腹膜をとじます。

*通常は、膣の前面と後面に2枚のメッシュを縫い付けるダブルメッシュ法を行いますが、膀胱瘤や子宮脱がメインの場合はシングルメッシュ法を行うことがあります。また、若い閉経前の患者では子宮を温存する場合もあります。