α2-アンチプラスミン |
α2-アンチプラスミン(α2-antiplasmin; α2-AP)はプラスミンの生理的なインヒビターで、セリンプロテアーゼインヒビター(セルピン)の一つです。ヒトでは17番染色体にコードされ 10個のエクソンと9個のイントロンからなっています。α2-プラスミンインヒビター(α2-plasmin inhibitor; α2-PI)とも呼ばれます。α2-アンチプラスミンによるプラスミンの不活化は二段階の反応で、まずプラスミンのクリングルドメインとα2-アンチプラスミンのプラスミン結合部位が結合し、続いて、プラスミンの活性中心とα2-アンチプラスミンの阻害部位が、他のセリンプロテアーゼとセルピンと同様に中間体を形成し、プラスミンの活性を不可逆的に不活化します。このプラスミンとα2-アンチプラスミン複合体がPAP(plasmin-antiplasmin complex)です。PICとも呼ばれる場合もありますが、これは商標名です。
プラスミンがフィブリン上に存在している場合は、反応の第一段階が起こりにくため、プラスミンの阻害は起こりにくいと考えられます。一方で、プラスミンがフィブリンから流離すると、速やかにα2-アンチプラスミンによる第一段階の反応が起こり、続いて第二段階が速やかに起こります。
またα2-アンチプラスミンは、凝固第XIII因子の作用で不安定フィブリンが安定化フィブリンに変換する段階で、同じ凝固第XIII因子の作用で安定化フィブリンに取り込まれます。この凝固第XIII因子が作用する部位はプラスミンのクリングルドメインとの結合部位ともプロテアーゼ阻害部位とも異なるため、フィブリン内に取り込まれた状態でもプラスミンの阻害能は保たれています。このためプラスミンはフィブリン表面上でフィブリンを分解している過程で不活化を受けます。
線溶反応の中心となるプラスミンは、止血血栓の制御の場合、その多くは組織プラスミノゲンアクチベータによって活性化されますが、その活性化はフィブリン上で速やかに進行する一方、流血中での活性化は限定的です(→【プラスミノゲン活性化機構】、【t-PAによるプラスミノゲン活性化】)。生成したプラスミンは、クリングルドメインにあるリジン結合部位(lysine binding site; LBS)を介してフィブリンのC-端リジン残基と結合し、またプラスミンがフィブリンを分解することで新たに出現するC-端リジン残基とも結合し、これらを足場としてフィブリン表面上を移動しながら、適切に分解していきます。一方、流血中に遊離したプラスミンはα2-アンチプラスミンによって速やかに不活化されるため、通常、プラスミンは流血中ではその酵素活性を発揮することはありません。このように線溶反応はフィブリン表面で開始され、また進行する、「空間的に制御」された反応です。
またフィブリン表面の線溶反応も、その活性化に重要な組織プラスミノゲンアクチベータはプラスミノゲンアクチベータインヒビターによって、ダイナミックに制御されていますし、プラスミンそのものも、凝固第XIII因子を介してフィブリンに固相化されたα2-アンチプラスミンによって、適宜制御されています。このような機構によって線溶反応は適切な速度でフィブリンを分解するように「時間的な制御」も受けています。
α2-アンチプラスミンは肝臓でアミノ末端にメチオニンを持つ 464残基の蛋白質(Met-α2-アンチプラスミン(Met-α2-AP)と呼ばれます)として産生されますが、流血中でantiplasmin-cleaving enzyme (APCE)という蛋白質によって、Pro12-Asn13間で切断され、Asn-α2-アンチプラスミン(Asn-α2-AP)と呼ばれる蛋白質に変換されます。健常者では30%程度がMet-α2-アンチプラスミン、60%がAsn-α2-アンチプラスミンです。プラスミン阻害能に関しては両者に大きな違いはありませんが、フィブリン結合に関してはAsn-α2-アンチプラスミンがMet-α2-アンチプラスミンに比べ早く結合するとされています。このためフィブリン表面での線溶制御はAsn-α2-アンチプラスミンがより強く関与している可能性があります(Lee, 2011)が、詳細は不明です(液相中の生化学反応と異なり、固相上の反応である線溶反応では未解決の問題が多数残っています)。さらにα2-アンチプラスミンのR6WのSNPによってAPCEによるAsn-α2-アンチプラスミン変換は起こりやすいと考えられていますし、また肝硬変などではAPCEが上昇し、Asn-α2-アンチプラスミンへの変換が起こりやすいとの報告もあります(Lee, 2011)
α2-アンチプラスミンはC端側も循環血液中で修飾を受け、プラスミン結合部位が欠落しているα2-AP分子が存在します。このような分子種はプラスミンやプラスミノゲンと結合できないためnon-plasmin/plasminogen-binding α2-アンチプラスミン(NPB-α2-アンチプラスミン; NPB-α2-AP)と呼ばれます。NPB-α2-アンチプラスミンは、serpinとしての活性中心は保たれているためプラスミン活性を阻害することはできますが、第一段階の反応が起きないため、その反応速度はゆっくりとしたもとなります(ヘパリンがない状態のアンチトロンビンと同じです)。一方、プラスミン結合部位が保持されプラスミンやプラスミノゲンと結合できるα2-アンチプラスミンはplasmin/plasminogen-binding α2-アンチプラスミン(PB-α2-アンチプラスミン; PB-α2-AP)と呼ばれます。健常人のα2-アンチプラスミンのうち、60-65%がPB-α2-アンチプラスミン、35-40%がNPB-α2-アンチプラスミンであるとの報告があります。PB-α2-アンチプラスミンは第一段階のプラスミンとの結合反応及び第二段階のプラスミンの不活化反応が速やかに進行しますので、プラスミンを即時的に阻害します。
α2-アンチプラスミンの血中モル濃度は1 μMですが、プラスミンの前駆体であるプラスミノゲンの血中モル濃度は2.4 μMと2.4倍存在しています。このことは線溶系の活性化に伴い、プラスミンが産生された場合、容易にα2-アンチプラスミンが低下する可能性があることを示しています。例えばプラスミノゲンの30 %が活性化された場合、0.72 μMのプラスミンが産生され、等量のα2-アンチプラスミンが複合体として消費されるために、α2-アンチプラスミンは0.28 μM(すなわち28 %)に低下します。凝固系の制御因子であるアンチトロンビンとプロトロンビンの間の関係を考えると、アンチトロンビンは2.4 μMに対してプロトロンビンは1.4 μMと制御因子の濃度が高いため、プロトロンビンの30 % (0.42 μM相当)が活性化されても、アンチトロンビンは1.98 μM (すなわち83 %)に低下する程度です。
線溶活性化に伴いα2-アンチプラスミンが低下している場合には、活性化された線溶反応(プラスミンによるフィブリン分解)の制御能が低下することになります。その結果、適切な速度によるフィブリン分解が行われず、損傷部の治癒が十分に行われる以前にフィブリン血栓が分解されることになります。このフィブリン早期分解が起きると出血を呈することになります。これは線溶反応の「時間的制御の破綻」と考えることができます。臨床的には凝固反応が起こりフィブリン血栓が一旦は形成されるため止血は認められるものの、しばらくして出血が認められる再出血という症状を呈することになります。特にoozingと呼ばれる、滲み出るような出血を呈することが特徴とされていますが、ひどい場合には止血そのものがはっきりしない場合も経験します。
また同時にα2-アンチプラスミンが低下している病態では、フィブリン血栓から遊離したプラスミンが適切に阻害されることなく、流血中でもその酵素活性を発揮する場合があります。これは線溶反応の「空間的制御の破綻」と捉えることができます。空間的制御が破綻すると、遊離したプラスミンはフィブリノゲンも分解する場合があり、その結果、低フィブリノゲン血症を呈することになります。
このようにα2-アンチプラスミンが低下し、線溶系の制御が十分に行うことができない病態を「線溶制御不能状態」と呼んでいますが、この病態では低フィブリノゲン血症と出血傾向・止血困難が同時に認められることになります。フィブリノゲンが低下しているために出血傾向を呈しているものではありません。
|