プラスミノゲン |
プラスミノゲンは肝臓で産生される分子量約9万の糖蛋白で、血中半減期は約2日です。セリンプロテアーゼであるプラスミンの前駆体で、生理的には組織プラスミノゲンアクチベータやウロキナーゼによって活性化されます。また溶血性連鎖球菌が産生するストレプトキナーゼや黄色ブドウ球菌が産生するスタフィロキナーゼもプラスミノゲンを活性化します。
プラスミノゲンはいくつかのドメインからなっています。N端から、N-terminal peptide (NTP)の後に5つのクリングルドメインがあり、活性中心があるセリンプロテアーゼドメインが続きます。プラスミノゲンアクチベータによってArg561-Val562の間が切断されると、活性体であるプラスミンへと変換(活性化)されます。
流血中ではプラスミノゲンはNPTが第4及び第5クリングルドメインと結合し、その結果セリンプロテアーゼドメインが内側に隠れた、全体としては閉じた、closed formまたはα型と呼ばれる閉じた構造を取ります。一方、NPTがクリングルドメインと結合していない状態では、セリンプロテアーゼドメインは外側に現れ、全体として展開したopen formと呼ばれる開いた構造を取ります、またプラスミンがプラスミノゲンに作用すると、Lys77-Lys78が切断されNPTが遊離しますこのNPTがないプラスミノゲンをLys-プラスミノゲンと呼びます。NPTがないためLys-プラスミノゲンはopen formを取ります。一方、NPTが残っているプラスミノゲンをGlu-プラスミノゲンと呼びます。流血中に存在するプラスミノゲンはclosed formのGlu-プラスミノゲンが主なものと考えられています。
クリングルドメインにはリジン結合部位(lysine binding site; LBS)と呼ばれる部位が存在し、この部位を介してプラスミノゲンはフィブリン上のリジン残基と結合します。プラスミノゲンにはLBSが5つあり、第1クリングルドメインに2カ所、第2、第3、及び第4クリングルドメインにそれぞれ1カ所あります。この中で第1クリングルドメインにあるLBSがリジンに対する親和性が高く、フィブリン上のリジン残基と結合します。第1クリングルドメインにあるLBSのみが、closed formの状態でも表面に露出していると考えられています。フィブリンと結合すると、Glu-プラスミノゲンはclosed formの状態から、open formの状態に変化し、プラスミノゲンアクチベータによる活性化を受けやすくなります。また、フィブリン表面にプラスミンが存在すると(後述のようにプラスミンは通常流血中では不活化さてており、フィブリン表面でのみ活性を維持しています)、Glu-プラスミノゲンはLys-プラスミノゲンに変換されます。このようにフィブリン表面ではプラスミノゲンは活性化部位を表面に表しているopen formの状態となっています。
フィブリン上でプラスミノゲンはGlu-プラスミノゲンはopen formの状態となり、またLys-プラスミノゲンに変換されますので、プラスミノゲンアクチベータによる活性化を受けやすい状態で存在することになります。一方、止血血栓分解で重要な役割を果たしている組織プラスミノゲンアクチベータは、前駆体である一本鎖t-PA(single chain t-PA; sct-PA)の状態でもフィブリンと結合することで十分なプラスミン活性を持ちます。このようにフィブリン表面ではプラスミノゲンの活性化が起こりやすい状態となります。また、すでに幾許かのプラスミンが生成している状態では、closed formとopen formの間を遷移するGlu-プラスミノゲンからopen formのLys-プラスミノゲンになり、また組織プラスミノゲンアクチベータも十分な酵素活性発現にフィブリンを必要とする一本鎖組織プラスミノゲンアクチベータから、酵素活性発現に必ずしもフィブリンを必要とはしない二本鎖組織プラスミノゲンアクチベータに変換されます。この過程は一種のポシティブフィードバックとも考えられ、プラスミンが存在している環境(通常はフィブリン表面です)では、線溶反応はさらに促進されることを意味します。
フィブリン表面に対して、流血中ではプラスミノゲンは活性化されにくいclosed formのGlu-プラスミノゲンとして存在しています。さらにプラスミンは2-アンチプラスミンにで不活化されますので、フィブリン表面で認められるような線溶系の促進は起こりにくい状態です。
このようにプラスミノゲンの活性化はほぼフィブリン表面でのみ惹起されます。
プラスミノゲンの測定法としては抗原量の測定と活性測定法があります。活性測定が主な方法ですが、ストレプトキナーゼを使用している測定法が主流です。「キナーゼ」という名称がついているものの、ストレプトキナーぜそのものは酵素ではなく、プラスミノゲンと1:1の複合体を形成することで、プラスミン様の活性を発揮する一種の補酵素です。プラスミノゲンと複合体を形成するときに、プラスミノゲンのα2-アンチプラスミンにとの結合部位を占有するため、プラスミノゲン-ストレプトキナーぜ複合体はα2-アンチプラスミンにによる不活化を受けにくくなります。このため、反応系では一定時間プラスミン様の作用が持続します。このプラスミン様活性をS-2251などの合成発色基質を用いることで測定することでプラスミノゲン活性を算出しています。
先天性にプラスミノゲン活性が低下している場合があり、先天性プラスミノゲン欠損症として知られています。プラスミノゲンの抗原量が低下している場合と、塩基変異に伴う機能異常症がありますが、日本人(遺伝的な意味での)の場合、Ala620Thrの一塩基変異をもつプラスミノゲン異常症の頻度が健常者の3-4%と高いことが知られています。この変異をもつプラスミノゲンをプラスミノゲン栃木(最初の患者の発見地の名前です)と呼びます。いわゆる日本人に限らず、韓国や中国など東アジアではこの変異の頻度は高いのですが、いわゆる白人(Caucasian)では頻度が低いことが知られています。この変異を持つ方の場合、少なくともヘテロの患者さんの血栓症のリスクは高くはないことが報告されています。ホモの変異を持つ方の場合や、他の血栓素因を持つ場合については十分な解析が行われているものではありません。
少なくとも東アジアでは頻度が高いことから、進化においてなんらかのアドバンテージがある(あった)可能性が考えられていますが、現在までのところ確定的なことはわかっていません。しかしながら、動物実験ではプラスミノゲン欠損マウスでは黄色ブドウ球菌などの感染が原極的になることが知られています。このモデルではフィブリン塊に閉じ込められた細菌がプラスミノゲンを活性化することで、フィブリン塊を分解し穿破することで感染が拡大しますが、プラスミノゲンが低下している状態ではこの反応が制限されると考えられています。このような感染症に対する効果がヒトにおいても起こる(起こっていた)可能性は存在します。
|