B. これまでの成果と今後の展望

3. ADAR2低下に依る未編集型GluA2発現の意味:分子病態モデルマウスを用いた解析

(ア) 分子病態モデルマウス(コンディショナルADAR2ノックアウトマウス;ADAR2flox/flox/VChAT-Cre.Fast; AR2マウス(RIKENバイオリソースセンターより入手可能)を開発
(図6)

①   ADAR2を全身で缺損したマウスはけいれん重積のため生後三週以内に死亡してしまい、運動ニューロン死が起こるかどうかは不明だった。そのため、運動ニューロン選択的にADAR2を欠損させたコンディショナルADAR2ノックアウトマウス(AR2)を作成 11(図6)

②   ② ADAR2flox/floxマウス:活性基部分を2個のLoxPで挿んだ変異adarb1(マウスADAR2遺伝子)を持つマウスとアセチルコリントランスポーターのプロモーターによりCreを発現するVChAT-Cre.Fastマウスを掛け合わせたAR2マウスでは、Cre-LoxPシステムにより運動ニューロン選択的にADAR2をノックアウトされる。

(イ) 運動ニューロン死の原因であることの証明

①   ADAR2缺損マウスはけいれん重積のため生後三週以内に死亡してしまう。運動ニューロン死が起こるかどうかは不明だった。

②   そのため、運動ニューロン選択的にADAR2を欠損させたコンディショナルADAR2ノックアウトマウス(AR2)を作成 18
(図6A)

③   AR2マウスでは 18

1.   進行性の運動機能低下がみられる(図6A)

2.   約半数の運動ニューロンではADAR2がCre依存性にノックアウトされ、その運動ニューロンではGluA2のRNA編集が起こらない(図6A)

3.   ADAR2を缺損した運動ニューロンはすべて細胞死に陥る。変性の速度は25%〜50%/月程度で、残存するADAR2を缺損した運動ニューロン数はF(t)=A(1/2)bt(t:時間、A,b:係数)に近似する。神経変性疾患に特有な「緩徐進行性の神経細胞死」を引き起こす。
(図6B)

④ 運動ニューロンの変性は、遺伝子に編集型GluA2を組み込んだ変異マウスとの掛け合わせにより阻止される。
(図6D)
このマウスはADAR2の缺損した運動ニューロンでも編集型GluA2を発現するので、ADAR2の発現低下そのものではなく、未編集型GluA2発現が細胞死に直結する分子異常であることを示している18

(ウ) ALS相同の運動ニューロンにおける細胞死の選択性

①  ALS同様、外眼筋ニューロンには未編集型GluA2が発現しているにもかかわらず脱落が見られない 18
(図6C)

②  外眼筋ニューロンが細胞内Ca2+濃度上昇に抵抗性である理由としての仮説。

1.    細胞内Ca2+バッファータンパクの発現が運動ニューロンより遙かに高い

2.    豊富な抑制性(GABA作動性)ニューロンの入力がある

(エ) 運動ニューロンの生存にとり必要なADAR2 発現レベルは正常の50%以上

①  ADAR2発現低下と未編集型GluA2発現

1.    (ア)−④に記載したように編集型GluA2の発現自体が運動ニューロンにとり有害なので、全てのGluA2のQ/R 部位を編集するのに必要なレベルのADAR2 発現が必要である。

2.    ヘテロ接合体AR2マウス(ADAR2+/flox/VChAT-Cre.Fast; AR2H)では、運動ニューロンの2割が未編集型GluA2を発現し、同数の運動ニューロンが脱落する。AR2HではADAR2アリルの片方の発現は保たれ、約50%のADAR2活性と考えられるので、ADAR2発現の半減はALS発症の危険水域といえる。 19
(図7)

3.    ALS患者の剖検脊髄から切り出した単一運動ニューロン組織の解析から、編集型GluA2のみを発現している運動ニューロンではADAR2 mRNAの発現レベル低下は正常対照の2/3〜1/2程度(すなわちADAR2 活性が50%以下になると未編集型GluA2 が発現する)

②  未編集型GluA2発現とカルシウム透過性AMPA受容体発現

1.    1−(イ)−②に記載したように、Ca2+を過剰に透過するAMPA受容体が発現する。そのため、運動ニューロン内のCa2+濃度が異常に上昇する。

③  このような研究結果から、ALSの病因にはADAR2発現低下に依る未編集型GluA2の発現が大きな役割を果たしているという仮説を提唱している19
(図7)

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