厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患等政策研究事業

ハッチンソン・ギルフォード症候群 「早老症の医療水準やQOL向上を目指す集学的研究」研究班

ハッチンソン・ギルフォード症候群とは

疾患について

概要

遺伝性早老症の中で最も症状が重篤な疾患。生後半年から2年で水頭症様顔貌、禿頭、脱毛、小顎及び強皮症を呈しますが、精神運動機能や知能は正常です。脳梗塞、冠動脈疾患、心臓弁膜症、高血圧、耐糖能障害及び性腺機能障害を合併し平均寿命は14.6歳と報告されています。

難病研究班の全国調査で約10人の患者が確認されており、成人例も含まれます。国内で20歳を超えた生存例が報告されてます。頻度が高い合併症としては、脳血管障害、虚血性心疾患及び多重がんがあり、特に脳血管障害については繰り返し発症するという特徴があります。

原因

大多数の患者では、LMNA遺伝子のエクソン11内の点突然変異(G608G, GGC>GGT)を認めます。 スプライシング異常が生じ、N末の50アミノ酸が欠損した変異Lamin Aタンパク(progerin)が合成されます。変異タンパクprogerinは、翻訳後のプロセッシング異常に伴い、タンパクのファルネシル化*注1が持続し、核膜や核内マトリックスに異常を生じると推定されています。

*注1:ファルネシル化とは、タンパク質に行われる修飾の一種です(タンパク質修飾にはこの他に「リン酸化」、「アセチル化」、「ユビキチン化」などがあります)。ファルネシル化により、タンパク質の末端には疎水性のプレニル基が結合します。末端が疎水性になったタンパク質は、その疎水性の部分を細胞膜内に挿入するため、タンパク質は細胞膜(細胞の内側)につなぎ留められます。つまり、ファルネシル化されたタンパク質は、細胞の内側の細胞膜上に存在するようになります。

症状

乳児期から全身の老化現象、成長障害及び特徴的顔貌を呈します。年齢を重ねるとともに、老化に伴う多彩な臨床徴候を呈します。

乳幼児期から脱毛、前額突出、小顎等の早老様顔貌並びに皮膚の萎縮、硬化及び関節拘縮がほぼ全例に観察されます。 動脈硬化性疾患による重篤な脳血管障害及び心血管疾患は加齢とともに顕在化し、生命予後を規定する重要な合併症です。

10歳以上、特に成人期に至る長期生存例に認められる合併症として悪性腫瘍があります。

皮膚所見:
関節拘縮:

(写真はプロジェリア研究財団のご厚意によるものです。ダウンロード、コピー、配布や修正を禁止します)

治療法

現時点で国内では確立した治療法はありません。老化に伴う症状に対する対症療法のみです。

近年、Gタンパク質のファルネシル転移酵素(FT)阻害剤による治療が海外で試されており一定の効果が報告されています。ファルネシル転移酵素阻害薬ロナファルニブは、2020年11月米国食品医薬品局(FDA)に医薬品として承認されました。

予後

無治療では10歳代で患者の多くが死亡します。生命予後は極めて不良ですが、20歳以上の生存例も報告されています。

Q and A

Q:
 
この疾患を疑う必要があるのはどんな場合ですか?
A:
 
乳児期に体重と身長の伸びが極端に悪く、皮膚が 乾燥し関節が硬いなどの症状が現れてきます。
Q:
 
ハッチンソン・ギルフォード症候群かもしれないと思ったら、どこに相談すればよいですか?
A:
 
公表されている診療ガイドラインなどに基づいて臨床診断を行うことは全国の医療施設で可能です。しかし稀な病気ですので、実際に診療経験がある医師・医療機関は国内で限られています。この疾患に関する最新の情報や遺伝子検査等の診断については、厚生労働省の早老症研究班の千葉大学(糖尿病・代謝・内分泌内科)、大分大学(小児科)、佐賀大学(小児科)、成育医療研究センター病院(遺伝診療科)などが対応しています。
Q:
 
ハッチンソン・ギルフォード症候群の治療研究について情報を知りたいのですが。
A:
 
現時点で国内の研究施設が主体となった治療研究はありませんが、海外の施設の国際治験がいくつか進められています。詳細につきましては、Progeria Research Foundationに直接お問い合わせ頂くか、早老症研究班の佐賀大学(小児科学)までお問い合わせください。

診断基準と重症度分類

診断基準

診断基準

Definite及びProbableを対象とする。

  1. 大症状
    1. 出生後の重度の成長障害(生後6か月以降の身長と体重が-3SD以下)
    2. 白髪または脱毛、小顎、老化顔貌、突出した眼、の4症候中3症候以上
    3. 頭皮静脈の怒張、皮下脂肪の減少、強皮症様変化 の3症候中2症候以上
    4. 四肢関節拘縮と可動域制限
  2. 小症状
    1. 胎児期には成長障害を認めない。
    2. 精神発達遅滞を認めない。
  3. 遺伝学的検査
    1. LMNA 遺伝子にG608G(コドン608[GGC] > [GGT])変異を認める。

診断のカテゴリー

  • Definite:Aのうち1つ以上+Cを認めるもの
  • Probable:Aの4項目+Bの2項目を認めるもの

重症度分類

重症度分類

以下の1)または2)のいずれかを満たすものを対象とする。

1) 心症状があり、薬物治療・手術によってもNYHA分類でII度以上に該当する場合

NYHA分類

I度 心疾患はあるが身体活動に制限はない。
日常的な身体活動では疲労、動悸、呼吸困難、失神あるいは狭心痛(胸痛)を生じない。
II度 軽度から中等度の身体活動の制限がある。安静時又は軽労作時には無症状。
日常労作のうち、比較的強い労作(例えば、階段上昇、坂道歩行など)で疲労、動悸、呼吸困難、失神あるいは狭心痛(胸痛)を生ずる。
III度 高度の身体活動の制限がある。安静時には無症状。
日常労作のうち、軽労作(例えば、平地歩行など)で疲労、動悸、呼吸困難、失神あるいは狭心痛(胸痛)を生ずる。
IV度 心疾患のためいかなる身体活動も制限される。
心不全症状や狭心痛(胸痛)が安静時にも存在する。
わずかな身体活動でこれらが増悪する。

NYHA:New York Heart Association

NYHA分類については、以下の指標を参考に判断することとする。

NYHA分類 身体活動能力
(Specific Activity Scale:SAS)
最大酸素摂取量
(peakVO2)
I 6 METs以上 基準値の80%以上
II 3.5~5.9 METs 基準値の60~80%
III 2~3.4 METs 基準値の40~60%
IV 1~1.9 METs以下 施行不能あるいは
基準値の40%未満

※NYHA分類に厳密に対応するSASはないが、 「室内歩行2METs、通常歩行3.5METs、ラジオ体操・ストレッチ体操4METs、速歩5~6METs、階段6~7METs」 をおおよその目安として分類した。

2)①modified Rankin Scale(mRS)、日本脳卒中学会による②食事・栄養、③呼吸のそれぞれの評価スケールを用いて、いずれかが3以上を対象とする。

①日本版modified Rankin Scale (mRS)

日本版modified Rankin Scale (mRS) 判定基準書
modified Rankin Scale 参考にすべき点
0 全く症候がない 自覚症状及び他覚徴候がともにない状態である
1 症候はあっても明らかな障害はない:
日常の勤めや活動は行える
自覚症状及び他覚徴候はあるが、発症以前から行っていた仕事や活動に制限はない状態である
2 軽度の障害:
発症以前の活動が全て行えるわけではないが、自分の身の回りのことは介助なしに行える
発症以前から行っていた仕事や活動に制限はあるが、日常生活は自立している状態である
3 中等度の障害:
何らかの介助を必要とするが、歩行は介助なしに行える
買い物や公共交通機関を利用した外出などには介助を必要とするが、通常歩行、食事、身だしなみの維持、トイレなどには介助を必要としない状態である
4 中等度から重度の障害:
歩行や身体的要求には介助が必要である
通常歩行、食事、身だしなみの維持、トイレなどには介助を必要とするが、持続的な介護は必要としない状態である
5 重度の障害:
寝たきり、失禁状態、常に介護と見守りを必要とする
常に誰かの介助を必要とする状態である
6 死亡

②日本脳卒中学会版 食事・栄養の評価スケール

食事・栄養 (N)
  1. 症候なし。
  2. 時にむせる、食事動作がぎこちないなどの症候があるが、社会生活・日常生活に支障ない。
  3. 食物形態の工夫や、食事時の道具の工夫を必要とする。
  4. 食事・栄養摂取に何らかの介助を要する。
  5. 補助的な非経口的栄養摂取(経管栄養、中心静脈栄養など)を必要とする。
  6. 全面的に非経口的栄養摂取に依存している。

③日本脳卒中学会版 呼吸の評価スケール

呼吸(R)
  1. 症候なし。
  2. 肺活量の低下などの所見はあるが、社会生活・日常生活に支障ない。
  3. 呼吸障害のために軽度の息切れなどの症状がある。
  4. 呼吸症状が睡眠の妨げになる、あるいは着替えなどの日常生活動作で息切れが生じる。
  5. 喀痰の吸引あるいは間欠的な換気補助装置使用が必要。
  6. 気管切開あるいは継続的な換気補助装置使用が必要。

※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項

  1. 病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
  2. 治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
  3. なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
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