デルタ株流行下でのADE:シンガポールの事例に学ぶ
荒瀬教授の懸念が的中していた可能性


要約:
新型コロナワクチンによるADE(抗体依存性増強)はオミクロン株流行以前から追加接種を精力的に推進していた国々で発生したが、追加接種開始以前のデルタ株流行ではADEの発現は認められなかった(追加接種とADEの国際比較検討)。その唯一の例外が他国に先んじて2021年9月に3回目接種を開始したシンガポールだった。同国での追加接種とほぼ同時期に始まったデルタ株遅発流行では、それ以前の同国での新型コロナ流行(死亡数10/100万)と比べ、単位人口あたりの死者数が8.4倍に上昇した。COVID-19患者における感染増強抗体の産生や、変異株デルタに関する大阪大学の荒瀬らの研究結果を踏まえると、他国よりも遅れてシンガポールで流行したデルタ株が、中和抗体が結合するエピトープ(抗原決定基)をほとんど持たずに、もっぱら感染促進抗体が結合するエピトープを持つ変異株だったため、ワクチン接種によって生まれた少数の悪玉抗体を中和抗体で抑えられなくなりADEが起きた可能性が排除できない

デルタ株流行下での死者激増:21年10月@シンガポール
オミクロン流行前には感染コントロールが非常に良好だった国々で単位人口あたりの死者数の経過を比較した結果、ADEの多くがオミクロン株流行下で起きていることは既に説明しました(追加接種とADEの国際比較検討)。ただし、他の国よりも2ヶ月以上早く、2021年9月から追加接種を始めたシンガポールでは、追加接種とほぼ同時期の9月初旬から始まったデルタ株の遅発流行下で、死者数の急激な増加が認められました(シンガポールにおける感染爆発)。(右の図をクリックして拡大

世界最優等生の転落事故デルタ波前後の死亡数はシンガポール 8.4倍 vs 日本 1.2倍
人口100万あたりのCOVID-19による死亡数はシンガポールのそれまでCOVID-19による死者数が世界で最も少ない国の一つであり、さらにInitial Protocol(つまり2回目まで)ワクチン接種率も世界1位だったシンガポールで、一転してデルタ株流行下で死者数が激増したことは、極めて衝撃的な出来事でした(デルタ株でもADE/OASは起こっていた:シンガポールの知見から)。何せそれまでCOVID-19による死亡数10/100万だったのが、デルタ株流行収束後には一挙に84/100万に跳ね上がってしまったのですからデータの確認)。それもデルタ株流行前の21年8月末の2回目接種率が76%と、2位英国63%をぶっちぎっての世界ダントツ一位だったシンガポールでクリックして拡大)。一方、日本ではデルタ株による第5波が始まった21年7月初旬の2回目接種率が15%に留まっていましたが、100万人あたりの死亡数は121→146と1.2倍の増加に留まりました。

21年10月@シンガポールADEはデルタ変異株が原因だった可能性
しかしシンガポールにおけるデルタ株流行下での死者数激増の原因は明確ではありませんでした。というのは、追加接種とデルタ株遅発流行がほぼ同時期に始まっており、オミクロン株流行下でのADEの時のように、追加接種率が高くなかったからです(オミクロン流行ピーク時(22年3月初旬の追加接種率が70%弱だったのに対し、デルタ株流行ピーク時の21年初旬では17%程度 Our World in Data)。その疑問に重要なヒントをくれたのが、今回御紹介する記事です。

ワクチン接種の時限爆弾「ADE」は本当に起きるのか? 宮坂 昌之 ブルーバックス 2021.10.13 より抜粋 注と下線は池田
(前略)
ただし、ADEに対しては、今後はもう少し警戒の念をもって見ていくべきかもしれません。5月24日の『Cell』誌オンライン版で、大阪大学・免疫学フロンティア研究センターの荒瀬尚教授のグループが、ADEを引き起こす可能性のある悪玉抗体に関する興味深い論文を発表しました(*1)。新型コロナウイルス重症者の多くには、感染を促進する抗体(=私がいう悪玉抗体)が多く存在したのです。

この報告で非常に興味深いのは、この抗体がスパイクタンパク質のN-terminal domain (NTD)という領域の特定の部位に結合して、スパイクタンパク質の立体構造を変化させることによりヒトの細胞に結合しやすくすることです。これによってウイルスの感染性が高まります。

つまり、抗体というのは単にできれば良いというわけではなく、場合によっては、かえって感染を促進するような抗体ができる可能性があるということです(ただし、どのような状況でこのような悪玉抗体が作られることになるのか、それはまだわかっていません)。少し安心するのは、デルタ変異株であっても、善玉抗体と悪玉抗体が共存すると善玉抗体のほうが強く威力を発揮するため、ヒトの生体内ではADEは容易には起きないということです。

ただし、現在のワクチンでは、この感染促進抗体が結合する部位も抗原として使われています。もしかすると、新たなワクチンでは、この部位をワクチンの標的から外したほうがさらに良い結果が得られるのかもしれません。

その後、荒瀬教授はさらに新しいデータを発表しています。9月8日に発表した査読前論文(*2)では、デルタ変異株に対してワクチンは依然として有効であるものの、人工的に特定の変異を4つ加えた変異株デルタ4+を作ると、ワクチン接種者から得られた抗体の効き目が大幅に弱まるとのことです。現時点では、デルタ4+と同一の変異株は世界で検出されていませんが、うち3つの変異があるデルタ株はトルコで見つかっています

荒瀬教授とはその後メールでやりとりしていますが、彼が心配しているのは、中和抗体が結合するエピトープ(抗原決定基)をほとんど持たずに、もっぱら感染促進抗体が結合するエピトープを持つ変異株が出現する事態です。もし、このような変異株が現れると、ワクチン接種によって生まれた少数の悪玉抗体を中和抗体で抑えられなくなるので、ADEが起きる可能性があります。(*3

このようなことを防ぐには、1つには、先に述べたように、感染促進抗体が認識する部位(エピトープ)をあらかじめ除いたものをワクチンの抗原とすることです。すると感染促進抗体ができにくくなります。それと、もう1つの方法は、デルタ変異株のスパイクタンパク質を抗原としたワクチン(=デルタ株に特化したワクチン)を使うことです。

実際、すでにファイザーやモデルナは、デルタ変異株に対応した改良ワクチンの開発に着手しています。荒瀬教授らの研究でも、デルタ変異株に対して作られた抗体は、従来株、デルタ株、デルタ4+株のいずれの感染性も抑えることを確認しているので、デルタ変異株向けのワクチンは期待が持てそうです
(後略)

*1 大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC)発表「新型コロナウイルス感染を増強する抗体を発見(荒瀬 G が Cell に掲載)」 論文自体は→こちら
*2 Liu et al. The SARS-CoV-2 Delta variant is poised to acquire complete resistance to wild-type spike vaccines.
mRNAベースのワクチンは、ほとんどの一般的なSARS-CoV-2亜種に対して効果的な防御を提供する。しかし、ブレイクスルーとなりそうな変異体を特定することは、今後のワクチン開発にとって極めて重要である。今回,我々はDelta変異体が抗N末端ドメイン(NTD)中和抗体から完全に逃れる一方で,抗NTD感染性増強抗体への反応性を高めていることを明らかにした.Pfizer-BioNTech社のBNT162b2-免疫血清はDelta変異体を中和するが,Delta変異体の受容体結合ドメイン(RBD)に4つの共通変異を導入すると(Delta 4+)一部のBNT162b2-免疫血清は中和活性を失い,感染性が増強されることがわかった.BNT162b2-免疫血清による感染力増強には,Delta NTDの特異的な変異が関与していた.野生型スパイクではなくDeltaスパイクで免疫したマウスの血清は,Delta 4+変異体を中和し,感染力を増強させることはなかった.GISAIDデータベースによると、3つの類似したRBD変異を持つDelta変種がすでに出現していることを考えると、このような完全なブレークスルー変種から防御するワクチンを開発する必要がある。(DeepL (無料版)により要約を翻訳)
*3 この話は日本語でも英語でも新聞記事になっていますから、既に2021年9月の時点で、日本だけでなく、専門家だけでなく、世界中の人が知りうるところとなっていたわけです。。
デルタ株に四つの変異加わると、ワクチン効果大幅減か 阪大グループ(瀬川茂子 朝日新聞 2021年9月8日)
New vaccine vital to protect against mutated Delta variants (SHIGEKO SEGAWA The Asahi Shimbun September 8, 2021)

結論:変異株+ワクチンの合わせ技がシンガポールでのデルタ株流行下ADEの原因だった可能性を排除できない
流行前の2回目接種率が15%だった日本におけるデルタ株流行前後の100万人あたりのCOVID-19による死亡数は1.2倍の上昇に留まりました。一方、流行前の2回目接種率が76%だったシンガポールでは、流行前は10だったものが、流行収束時84に跳ね上がりました。ワクチンはデルタ株に対し無力だったどころかむしろ死者の激増を招いたのです。既にその時点でADEは真っ先に否定しておくべき最大の懸念でした。荒瀬教授のグループが示した研究結果と併せて考えると、他国よりも遅れてシンガポールで流行したデルタ株が、中和抗体が結合するエピトープ(抗原決定基)をほとんど持たずに、もっぱら感染促進抗体が結合するエピトープを持つ変異株だったため、ワクチン接種によって生まれた少数の悪玉抗体を中和抗体で抑えられなくなりADEが起きた可能性が排除できないことになります。

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「どんどん打って」死亡が急増
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新コロバブルの物語
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