ヒトラーの弁護人

焼けばいい:イスラエル首相による二枚舌(ホロコースト修正主義)に見る歴史の創作過程
ベンヤミン・ネタニヤフは2015年10月20日,エルサレムで開催された「世界シオニスト会議」で,ホロコーストの本当の責任者はヒトラーではなく,パレスチナ人であると演説した).第三帝国総統はユダヤ人を欧州から追放しようとしていただけで、民族虐殺を総統に進言したのは,ゲッベルスでも,ハイドリッヒでも,マンシュタインでも,ましてやメンゲレでもなく,当時のエルサレムのイスラム教宗教指導者ハジ・アミン・アル・フセイニだったと,ネタニヤフは主張した。「ドイツがユダヤ人を追放すればみんなパレスチナに来てしまう」とフセイニに相談され,総統が「ではどうすればいいのかね?」と尋ねたところフセイニが「焼けばいい」と答えたのが、ホロコーストの引き金を引いた、それがネタニヤフの主張だ。

ニュルンベルクで欠席裁判を受けた哀れな第三帝国総統の弁護人を,彼の没後70年を記念してイスラエルの首相が務める.何て素晴らしいアイディアだろう!ユダヤ人とドイツ人の対立を解消した自分は、その歴史的偉業によりノーベル平和賞を受賞し名前は歴史に残る、そんな妄想を描かなければ絶対にできない主張だ.

「イスラエルによるパレスチナ人の虐殺を正当化するための破廉恥なでっち上げだ」 自分の素晴らしい演説に対しそんな言いがかりをつける奴は,みんなもうパレスチナから消しちまった.アイヒマン逮捕に人生を捧げた連中も,みんな死ぬか,もし生きていたとしてもアルツハイマーになっているはずだ.だから,自分に文句をつけてくる奴なんかいるもんか.その後の彼の行動を見れば,彼がそう信じて疑っていなかったことがわかる.

ベンヤミンは翌21日,毎年恒例となっているベルリンでのデートの際,アンゲラにこの話を披露した.しかし ベンヤミンがアンゲラへの素晴らしいおみやげになると思っていたそのアイディアが引き出したのは,苦虫をかみつぶしたような彼女の表情だけだった.やむなくそのおみやげを持ち帰らざるを得なくなったベンヤミンには,自分を首相に選出した自国民からの非難の嵐が待っているのだった.

正史の語り部と正義の認定者
あらゆる歴史は,その語り部による恣意的な「物語」である.なぜなら,誰も過去に起こったどんな事実も変えることはできないし,誰も過去に起こった全ての事実を知ることはできないからだ.歴史を語る時,「悪意」の有無にかかわらず,その語り部による事実の「つまみ食い」が必ず起きる.その結果,語り部が認知した事実のみで物語が構成され,どんな理由であれ,認知できなかった事実は棄却される.つまり結果的に隠蔽される.

語り部の数だけ歴史がある.正史とは,その数ある歴史の中で,国家権力とそれを認める国民の皆様とが認定したうちの一つに過ぎない.その時点での国家権力に都合のいい出来事だけをつまみ食いして,権力維持に「不都合な真実」は全てごみ箱行きにすればいい.できれば焼きたいところだが,そうすると権力交替の際に,また「焼いたのは誰か」という「責任追及」が起きるから,ごみ箱の中に自然に落ちたようなふりをする.そうやってその時々の国家権力と,その国家権力を認めてその国で人生を送る市民の合意の元に綴られた虚構を「正史」と呼ぶ.

同様に,正義とは,正義の認定者達の利益相反の集合体に過ぎない.そこで留意すべきは,正義の認定者とはあくまで「自称」に過ぎないということだ.語り部の数だけ歴史があるのと同様に,自称正義の認定者の数だけ正義がある.

北陵クリニック事件では,同クリニックの救急体制の不備,A子さんの気管内挿管の遅延,高乳酸血症の見逃し,ミトコンドリア病の見逃し,大学外の施設における違法な動物実験と動物への筋弛緩剤の流用,非倫理的な臨床研究による事故といった,膨大な数の「不都合な真実」が隠蔽された.高濃度カリウム製剤誤投与裁判ウログラフィン誤使用裁判では,患者さんの死を防げたはずの数々の対策を怠った不作為が全て隠蔽され,事故再発防止の機会がまたもや失われた.マスメディアはこのような裁判をすべて正義と認定し,多大な収益を上げた.医療事故ビジネスで語られたこれらの正義もまた,「正義の認定利権」に群がった人々の利益相反を材料に組み立てられたグロテスクな虚構だったのだ.

*ネタニヤフの演説の様子を伝えるハフィントンポストの記事は,「首都エルサレム」という表現により,やはり国際的に認められていない「イスラエルの首都は各国の大使館が置かれているテルアビブでなく,アメリカ合衆国でさえ領事館しか置いていないエルサレムである」というネタニヤフのもう一つの主張認めているので,ハフィントンポストもこの日のネタニヤフの演説も認めているのだろう.

一般市民としての医師と法