労働時間日本学会
提言書:2026年7月27日
掲載日:2026年10月19日
本ページでは、提言書の本文と参考文献を掲載しています。研究集会の履歴(付録)を含む完全版は、下記のPDFからご覧いただけます。
提言書の完全版PDFを読む・保存する(全19ページ)
労働時間日本学会のトップページへ戻る
これまで労働時間日本学会は、わが国の労働時間とそれにかかわる労働者の健康職場の安全、ウェル・ビーイングに及ぼす影響と対策について、多角的な検討を行ってきた。そこで、本学会を閉会するにあたって、これまでの知見を提言としてまとめることにした。
労働時間の長さは、労働者の健康や職場の安全、さらには、ウェル・ビーイングに密接に関連しており、労働時間が長くなると、労働者の疲労が蓄積し、それらの質を低下させる。したがって、労働時間は、法的に満たされているとしても、短縮する方向で設計されることが望ましい。近年のわが国の平均労働時間は年々短縮されてきている。しかし、他の先進諸国に比してまだ相対的に長い。昨今、わが国で課題となっている過労死等は、所定外労働時間の長さがその一番のリスクファクタとなっている。したがって、とりわけ所定外労働時間の短縮が必要である。
所定内労働時間では、労働態様ごとに労働時間と休憩時間の長さや適切な休憩時間の配置は異なるとされるが、休憩時間の挿入によって連続作業時間を短縮する対策は、どの職場においても共通して推奨されるべきである。また近年話題になっている勤務間インターバルのような労働力の再生産過程である休息時間の確保に焦点を当てた対策も、職場の安全や労働者の健康、とりわけウェル・ビーイングにとって重要となる。さらには、グローバル化によって避けられない24 時間労働においては、市場の要求に重きを置くのではなく、あくまでも人間の本来の昼業夜眠型の生体リズム特性に従うように勤務編成の適切化によって対策がとられるべきである。
労働時間日本学会の学術集会では、複数の職種や職場に着目して、労働時間に伴う身体的健康とその改善策を討議してきた。その成果を考慮すると、�@脳・心臓疾患への影響、�A脳・心臓以外の身体的影響、�B有効かつ実行・定着しやすい対策について、より重点的に検証していく必要がある。
過労死等という観点から、労働時間と脳・心臓疾患との関連は引き続き明らかにすることが求められる1, 2)。その際、労働時間以外の要因も充分に精査する必要がある。併せて、筋骨格系(例、腰痛)、内分泌系(例、糖尿病)、呼吸器系(例、かぜや喘息)、消化器系(例、胃・十二指腸潰瘍や過敏性腸症候群)等の疾患との関連についても知見を増やしたい。これらの問題は生死にすぐに関わるわけではないかもしれないが、働く人の多くが悩むゆえ、職場や国全体としての健康を大きく損なうからである。
労働時間が身体的健康に有害になり得るのであれば、その影響をできる限り軽減する対策を示し検証するのが専門家の責任である3)。考案された対策案は有効であるのはもちろん、それぞれの労働者や職場の抱えるリスクに応じて最適化するのが望ましい4、5。そうすることで、継続な取組と改善につながる。
これまでの労働時間日本学会での議論により、労働時間による精神的健康の不調を防止するために、�@裁量権と職場支援を高めること、�Aハラスメント防止と礼節ある職場づくりを進めること、�B在宅勤務のリスク対策を講じること、�C危機時の柔軟な勤務制度と安心できる補償制度を構築すること、を提言する。
WHO(World Health Organization)やILO(International Labor Organization)による国際共同研究から、長時間労働と精神的健康との関連は明確ではないことが示されている1)。一方で、裁量権や支援の不足、ハラスメント、孤立などの職場環境要因は精神疾患リスクを増幅させる。在宅勤務については、ワークライフバランスを保ち生産性を向上させるメリットがある一方で、孤独や精神的不調をもたらす危険性が報告されていたり、コロナ禍においては危機時の勤務制度の整備がストレス軽減に寄与する可能性などが確認されており、これらの対策を総合的に講じることが必要である2, 3)。
これまでの労働時間日本学会での議論に基づき、労働時間のあり方を職場で見直すために、�@参加型職場環境改善手法を活用し、労働者自身が改善提案を提案・実行できる仕組みの導入、�A業務の進め方や休憩の取り方を含めた好事例の共有、�B長時間労働を前提としない業務設計と体制整備、�C管理職が率先して業務改善や働き方改革に取り組み、職場文化として定着させること、を提言する。
労働時間に関する規制や法律の整備だけでは、現場レベルでの実効性を十分に担保することは難しい1)。そのため、労使が自主的・主体的に実施する職場環境改善の取り組みが不可欠である。とくに、労働者が自ら参画して業務の進め方を見直し、休憩の配置や時間外労働削減、夜勤の負担軽減などの具体的な対策を検討する参加型職場環境改善が有効である2)。
長時間労働の是正や休息確保には、組織レベルでの包括的な改善活動の積み重ねが重要であることが指摘されている3)。参加型職場環境改善を活用することによって、労働者の自己効力感と職場全体の一体感が強化され、健康や安全だけでなく生産性向上や良い職場風土の醸成にも資する4, 5。働き方改革や労働時間規制等、制度として導入するだけではなく、職場ごとの働き方の実態に応じた調整やルールづくりが必要である。労使の自主的な取組みとしての参加型職場環境改善を推進することで、安全・健康で持続可能な職場環境の構築が実現される(第2、3、7 回研究会)。
これまでの労働時間日本学会における議論において、労働者のウェル・ビーイング向上のために、�@長時間労働の防止、�A勤務間インターバルの確保、�Bオフ時間における回復の確保が重要であることが示された。
長時間労働は身体的・精神的健康と関連するが、世界人口の8.9%が週55 時間以上の長時間労働に曝されていると試算されている1)。日本においても長時間労働による過労死等が問題となっており、これまでの労働時間日本学会での議論においても、長時間労働の防止の必要性があげられた(第1、2、3 回研究集会)。
また、現状、時間外労働の上限規制はあるものの、業務の繁忙期等の特定時期に労働時間が集中する場合や夜勤・交替制勤務といった勤務体系において、勤務間隔が短くなり十分な休息時間を確保できない場合も生じうる。これに対して、勤務間インターバルの確保が、労働者の睡眠時間や余暇時間2)、心身の健康確保3)につながることが報告されており、本研究集会でも短い勤務間インターバルの悪影響やその対策としての勤務間インターバル制度の有用性が議論された(第3、4 回研究集会)。
一方、勤務間インターバルが確保されても、その間に仕事の連絡があると労働者の心身に悪影響が生じることが報告されている4, 5)。これは、オフ時間における回復のためには、仕事からの心理的ディタッチメント(心理的な切り離し)が重要であることを示している。本研究集会においても勤務時間外の連絡の悪影響とその対策としてのつながらない権利の有用性が議論された(第4、9 回研究集会)。
労働に関する法律の性質・役割は、裁判規範・行政規範であり、また、行為規範である。前者は、事後的な救済及び法違反の是正を意味し(法理論も同様)、後者は、事業場・企業において遵守すべき社会的規範であることを意味する。労働時間に関連して労働者が過重な負荷を受け、心身に悪影響が及ぶ場合、事後的な救済や法違反の是正よりも、そこに至る以前に事業場・企業が法令等を遵守することこそが、過重負荷による心身の悪影響に対する予防的措置として極めて重要である。
平成30(2018)年に成立した働き方改革関連法により、労働基準法や労働安全衛生法が改正された。労働基準法では、厚生労働大臣告示であった法定時間外労働の限度基準の内容が労働基準法に明記され(1 か月45 時間、1 年360 時間)、かつ、単月100 時間以上又は6 か月平均80 時間超の法定時間外労働を行わせた使用者に対しては罰則が設けられた。また、年次有給休暇の付与日数が10 日の労働者について、使用者は、年間最低5 日の年次有給休暇付与義務が罰則付きで課されることとなった。労働安全衛生法では、1 か月当たり100 時間以上の法定時間外労働を行った労働者について、事業主は当該労働者に医師との面談をさせることが義務付けられていたが、対象となる法定時間外労働時間数が80 時間に引下げられた。これら法改正は、長時間労働による職業生活・家庭生活への影響を低減させるとともに、労働者の心身の健康への過重な負荷を低減させようという国としての意図を読み込むことができる。
また、働き方改革以前の事案ではあるが、最高裁判所は、平成12 年の電通事件判決において、「ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができる。・・・労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を心因的要因としてしんしゃくすることはできない。」と述べ、また、平成26 年の東芝事件判決において、「使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分安全配慮義務を負っている」と述べ、契約上の安全配慮義務(損害賠償請求訴訟)に関する実務的限界を明らかにしている。
事後的に、法違反を犯した使用者に罰を与える、職場の労働状況の改善を目指して行政が是正指導する、安全配慮義務違反を根拠に損害賠償請求訴訟を提起することは、今後同様の事案が発生しないようにする取組み及び被災者・遺族に対する救済として重要ではある。しかし、長時間労働による過重負荷がもとで心身の健康を害した被災者にとっては、事後的・経済的救済では回復し得ない不利益を被る場合も十分考えられる。したがって、使用者・事業主は、上記の法令や法理論に基づいて、長時間労働を抑制したり、それによる労働者の心身の健康に対する配慮を十分に行う事前の予防的措置を取ることが肝要である。具体的には、上記で述べられている産業保健・衛生分野の各研究者の提言を参考に、職場で取組みを進めることが何より重要である。
労働条件の最も基本的な要素である労働時間は、長さ、時間帯(タイミング)、そして質という点から捉えられる。上述のとおり、労働時間の影響は身体的及び精神的健康、家庭・社会生活、生産性、働きがいに深く関連する。ひいては、居住する地域や国の成長につながる。
日本は働く時間が最も長く、生産性は低く、過労死等すら多発しているのであれば、とりうる限りの対策を考案し、継続的な改善を求めてしかるべきである。まして、これまでは働く人と言えば「労働者(雇用者)」が想起されたのに対して、今は広く「就業者」として考慮することが重視されている。コロナ禍などのせいで、働き方も多様化しているため、在宅勤務などが普及し、従来の労務管理では対応しきれないようにもなっている。
労働時間について、ますます複雑になる見込みを踏まえると、学術的には医学、看護学、心理学、法学、経済学、社会学ほかの専門知見に基づいて対策が考案される必要がある。同時に、労働現場の人々や職場を支える専門家(産業保健職や社会保険労務士など)との綿密かつ建設的な意見交換を通じて、それぞれの職場に即するよう,対策の最適化が重要になる。
労働時間日本学会が2016 年に創立して以来、この10 年間にわたって労働時間とそれに関わる諸問題を向き合ってきたことは誇りとも言える。以後、新たな団体が新たな、より効果的な方策でもって、より良い労働生活の実現を叶えてくださることを切に祈っている。