後天性凝固因子インヒビター |
何らかの機序によって、凝固因子の活性を阻害する自己抗体が出現し、因子活性が低下する病態です。凝固第VIII因子に対する抗体が出現する場合が最も多く、ついで凝固第V因子やフォンビルブランド因子に対する抗体が多く認められます。また凝固第XIII因子に対する抗体や凝固第VII因子に対する抗体などが報告されています。
凝固第VIII因子に対する抗体が出現した場合は、先天性の血友病A(第VIII因子欠損/低下)と同じ病態となるため後天性血友病A(もしくは単に「後天性血友病」)と呼ばれます。先天性血友病と呼べるものは、血友病A(第VIII因子欠損/低下)、血友病B(第IX因子欠損/低下)、血友病C(第XI因子欠損/低下)並びにパラ血友病(第V因子欠損/低下)ですが、第IX因子および第XI因子に対する抗体の報告はほとんどなく(多くはループスアンチコアグラント症例における擬陽性反応です)、また第V因子に対する抗体は第VIII因子に対する抗体に比べ少ないため、後天性血友病という場合は、ほとんどの場合は第VIII因子インヒビター症例を指します。第V因子インヒビターは後天性パラ血友病と呼んでも良いのかもしれませんが、一般的な名称ではありません。また、凝固第XIII因子に対する自己抗体し症例を「後天性血友病13」と呼ぶ人がいますが、明らかな誤りです(先天性の凝固第XIII因子欠損症は血友病とは呼びませんし、凝固因子の番号はローマ数字で表すのがルールです)。後天性凝固第VIIIインヒビター症例は、臨床的に著しい出血傾向を呈しますが、新鮮凍結血漿や血小板製剤の輸血は無効で、止血のためにはバイパス製剤と呼ばれる薬剤による治療介入が必要となります。
診断に迷う場合や、治療経験がない場合などは、速やかに凝固線溶系に詳しい本当の専門家がいる治療経験のある施設に転院させてください。諸般の事情により転院が困難な場合でも、専門家の助言のもと診断および治療を行ってください。
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本邦では公的・準公的機関による疫学調査は施行されていませんが、人口100万人あたり年間1〜1.5名発症すると考えられています。したがって年間国内で120-180名が発症していると考えられますが、この人数は新規の先天性血友病の年間発症数(120-150人)より多い数字です。このことは、PTが正常でAPTTが延長している症例に出会った場合、先天性血友病を疑うのと同じかそれ以上の確率で後天性血友病を疑うべきであることを示しています(年齢や性別などによって確率は異なりますが)。
60歳以上の高齢者(男女とも)が発生頻度が高く、20-30歳の女性に小さなピークがあります。ただし10歳以下で発症した症例の報告もあります。
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PT正常、APTT延長
延長したAPTTは、混和2時間後の補正試験で補正されない (混和直後は補正される場合と補正されない場合があります) 第VIII因子活性の低下 (多くの場合は数%以下に低下しますが、時に10-20%程度の因子活性が認められる場合があります) フォンビルブランド因子活性および抗原量は正常 その他の凝固因子は正常 血小板数は正常 (出血部位や程度によってはFDPの上昇を認める場合もあり、DICと誤診された例もあります) |
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出血に対する止血療法と、原因となっている自己免疫反応の抑制を並行して行う必要があります。
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第VIII因子濃縮製剤は無効です ←抗体によって不活化されてしまうため
(海外では交差免疫反応を生じないブタ第VIII因子製剤を使用する場合がありますが、本邦では手に入りません)
このためバイパス製剤を用いた止血管理が主流です。
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バイパス製剤に使用される薬剤として「ファイバ」「ノボセブン」および「バイクロット」の3製品があります。全て高価であり、また血栓症のリスクもあるため、適切な使用を心がけてください。
予防的投与することによる出血抑制効果については明らかたエビデンスはありません。
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原因となっている凝固第VIII因子に対する抗体の産生を抑制することが、治療の本質です(止血療法は対症療法です)。このため可及的速やかに免疫抑制療法を開始する必要があります。ステロイド1mg/kgを基本としますが、年齢やその他のリスクに応じて減量します。効果が弱い場合はその他の免疫抑制剤の併用を行う場合もありますが、感染症のリスクが増大します。この点も治療経験のある施設、もしくは同施設の助言のもと施行する必要があります。
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生理的止血反応は活性型凝固第VII因子が血管外に存在する組織因子と結合することで開始されます。この活性型第VII因子-組織因子複合体が効率よく活性化する凝固因子は凝固第IX因子であり、活性化された第IX因子が活性型第VIII因子と共に第X因子を活性化する経路が止血反応の主な経路です。活性型第VII因子-組織因子複合体は凝固第X因子を活性化することはできますが、その効率は第IX因子活性化より悪く、反応経路としては副経路(バイパス)となります。このバイパス経路を利用するのがバイパス療法で、活性型凝固第VII因子を含む製剤を使用します。
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