3. 劇症型レンサ球菌感染症例
GAS による「劇症型感染症」例は?
50歳代の GAS 例を 図-12 に示します。
既に多くの症例が報告されていますので,ここには SDSE 感染症の対照として示します。「劇症型レンサ球菌感染症」の診断基準(表-1)を満たし,GAS も分離されたために「劇症型レンサ球菌感染症」と診断された症例です。
入院時から短時間で臨床症状が悪化・進行しています。症例の経過は図中に要点のみ記しましたが,入院後に第3世代の注射用セフェム系薬が投与され,経過観察されていました。しかし,急激に病態が悪化したため,抗菌薬は SBT/ABPC(6g/day) へと変更されています。同時に外科的デブリドマンが施行されています。
基礎疾患を認めなかったとのことですが,職業柄日常的に地下足袋を履いて炎症部は常に圧迫状態にあったということでした。
このような症例では炎症部位の検査材料にグラム染色を施して観察するとレンサ球菌が認められるはずで,その時点で使用抗菌薬はペニシリン系薬の大量投与(あるいはパニペネム)+クリンダマイシンの併用へと速やかに変更することが肝要です。
基礎疾患を有する SDSE による「劇症型感染症」例は?
70歳代の SDSE 例を 図-13 に示します。
本例は,SDSE が問題となり始めた2003年,某大学付属病院で経験された症例です (感染症学雑誌,80: 436-439,2006)。図中に示す基礎疾患を有し,現疾患での入院時には下肢の蜂窩織炎と診断され,緊急入院となっています。
炎症部位の細菌検査によって SDSE が分離され,その後に「劇症型レンサ球菌感染症」と診断されています。治療抗菌薬はメロペネムから「ピペラシリン: PIPC (8g/day) + クリンダマイシン: CLDM (2.4g/day)」に変更されていますが,入院第8病日に死亡されています。
SDSE は水疱や組織のみならず,咽頭培養からも同一菌が分離されています。
本例は入院時に既に DIC に陥っており,血液検査値(表-2)でも予後不良群の範疇でした。宿主側のリスクファクターとして,婦人科系の手術歴があり,リンパ節の郭清術等が施行されていることが大きく影響しているように思います。
SDSE 発症例で「救命しえた症例」の臨床経過は?
図-14には40歳代,男性の「壊死性筋膜炎」の症例を示します。
起床時に左足関節を中心に疼痛・腫脹が出現し,次第に増悪することから始まっています。その日の夜間に時間外受診し,ICU へ入院となっています。左下肢腫脹・疼痛と発熱,血液検査のWBCおよびCRP値からレンサ球菌感染症を疑い,治療抗菌薬としてアンピシリン (ABPC:8g/day) が投与されました。
しかし,翌日ショック状態に陥り,気管内挿管が施行されています。第3病日には左足背に水疱が出現し膝下まで発赤拡大,「劇症型レンサ球菌感染症」と診断されています。治療抗菌薬はメロペネム(2g/day) + クリンダマイシン(1.8g/day) の併用に変更されています。本例にはアンプテーションも一時検討されたものの回避でき,長い入院期間の後にようやく退院できた症例です。
本例は i) 比較的若年で重篤な基礎疾患がなかったこと, ii) ICU に入院できかつ感染症専門医がおられたこと, iii) 早い段階でレンサ球菌と判明し抗菌薬が変更されたこと,等により救命できたと思われます。
SDSE による「予後不良例」の臨床経過は?
表-3 には不幸な転帰をとった50歳代の SDSE 例を提示します。
数日前より微熱があり,全身痛出現,救急車で某病院を受診しています。その時の発熱は38℃,解熱剤を処方されて帰宅しています。翌々日(48時間後)に全身痛が著明となり,深夜に別の中規模病院に救急入院となっています。入院時の意識レベルは清明,体温は37.5℃,血圧は125/71,脈拍は85 bpm,呼吸音は清,心音整,雑音なしでした。血液検査値はWBC値が6,000/μlでしたが核の左方移動がみられ (stabとsegの合計が95%,Lyは5%),CRPが著しく高い異常値 (31.5mg/dL) を示していました。
翌早朝から第三世代セフェム系薬のセフトリアキソン (CTRX:2g/day) の静注が開始されましたが,同日午後に呼吸・心停止となり死亡が確認されています。
図-15 はその際の腰部のCT所見ですが,腸腰筋がダメージを受けていることが明らかです。
既往歴に明らかな基礎疾患を有していた記録がなかったということです。今回の発症時,異常な全身痛を主訴としていました。その時に血液検査を施行していたなら,細菌感染の兆候を見つけられたかも知れません。その後48時間の空白があり,抗菌薬治療のタイミングを失したと思われます。急激に臨床症状が悪化しており,「どの時点までにレンサ球菌感染症と気付いていれば救命しえたのかは,判断が難しいように思う」というのが症例を診た病院の感染症専門医の意見でした。