5. 自閉症の原因を明らかにするために

原因を探るにはどのような研究が役立ちますか?

次に具体的原因を考え、それを明らかにする研究方法についてご紹介いたします。

  1. 遺伝子に関係すること
  2. 環境に関係すること
  3. 脳の機能や形態を調べること

@遺伝子に関係した研究

先にご説明したとおり、自閉症は「遺伝病ではありません」が、複数の遺伝子の微妙な変化が発症にからんでいると考えられます。それがどのような遺伝子かがわかれば、発病のメカニズムを明らかにし、治療や発病を防ぐ手がかりが得られる可能性があります。どのような遺伝子が関係するかを調べる手がかりのいくつかをご紹介したいと思います。
手がかりの1つは、自閉症の一部がこれまでに原因遺伝子が解明された病気と関わっておきることです。結節性硬化症、脆弱X症候群、神経線維腫症、フェニルケトン尿症などがそれらの病気です。これらの病気の原因遺伝子やその近くを調べることで、自閉症の発病に関わる一部の遺伝子が見つけられるかも知れません。
自閉症の患者さんでは、神経間の信号伝達をになう「セロトニン」という物質の量が大きく変化しています。したがって、このセロトニンの合成や分解、神経での利用に影響する遺伝子に何らかの変化があるかも知れません。
また、海外で兄弟2人以上が発病した家族を多数集めてDNAの解析を行った結果からは、第7番の染色体の一部など、いくつかの染色体の領域に、自閉症と関係する遺伝子が位置する可能性が示されました。もちろん、我が国の患者さんでもこの染色体領域に位置する遺伝子が自症と関係するかどうかは調べてみる必要があります。実際に自閉症の発病とはっきり関係する遺伝子を見つけるにはまだまだ時間はかかりそうですが、海外ではこのような観点から現在精力的に研究が進められています。また、そのために必要な血液サンプルの収集が、患者さんやそのご家族の協力のもとに進められています(遺伝子の研究では、血液からとりだしたDNA(=遺伝子を作っている物質)を調べます)。私たち東京大学の精神科でも、他機関との協力のもとに本格的研究の準備を始めております。

A環境要因に関する研究

近年自閉症児の数が増えていることと、最近世間を騒がせている内分泌かく乱物質(環境ホルモン)とに何かかかわりがあるのではないかということで、これをヒトで調査し、動物実験で検証してみようという試みを東京大学精神科と協力研究機関で始めています。アメリカで、PCBに汚染されたミシガン湖の魚をたくさん食べたお母さんから生まれた子供のIQが、そうでないお母さんから生まれた子供のIQより低かったという報告があります。PCBは環境ホルモンの1種ですが、環境ホルモンはヒトの体内で性ホルモンのような働きをします。性ホルモンは、男性女性への分化をつかさどるだけではなく、内分泌機能の発達、中枢神経の発達に重要な役割をはたします。また、水銀や鉛などの重金属もヒトの体内で環境ホルモンと同じ様に働くといわれています。これらの物質の自閉症に対する影響はへその緒や乳歯で調べることができます。
へその緒、乳歯の一部はお母さんの胎内にいる間に作られますが、その際に血液を介してさまざまな化学物質をとりこみます。つまり生まれる前の赤ちゃんが育った環境を記録しているのです。ですから、へその緒や乳歯に含まれる微量の有機化合物や重金属を測れば、それらの物質が自閉症に関係しないかどうかを調べることができます。

また、甲状腺ホルモンも脳や神経の発達に重要な役割を持っています。甲状腺ホルモンはヨードから合成されますが、ヨードの不足する国では、妊娠中の母親のヨード摂取不足のためにクレチン症という病気を発症する子どもがたくさん生まれます。ただし生まれてすぐ治療を始めれば、これらのお子さんの発達の遅れを防ぐことができます。また、人工的に作られた甲状腺ホルモンの受容体(受け手)を持たない動物は、多動、学習障害、こだわりなど自閉症に似た症状を示します。甲状腺ホルモンは、性ホルモンと働き方が似ているため、環境ホルモンの影響を受ける可能性の高いホルモンです。微妙な甲状腺ホルモンの低下が自閉症の発病に影響しているのかもしれません。これを明らかにするため出生時の甲状腺ホルモンを調べて比較検討しようというのがもう一つの重要な試みです。
どちらの調査も非常に多くの患者さんからのデータが必要です。その他の環境ホルモンやさまざまな物質についても、脳や神経の発達にどのような影響を及ぼすかはまだまだ調べることが重要と考えられます。

B 脳の機能と形態に関する研究 (脳画像と発達心理学研究)

自閉症のお子さんたちは数字や図形などの認知、記憶に特殊な能力を持つ場合があります。カレンダーボーイという、何年も先の年月日が何曜日になるか瞬時に計算できたりするのもこの能力のひとつです。一方で、物事全体の流れを理解したり、相手の気持ちを汲んだりという社会的コミュニケーション能力が障害されています。


不快

恐怖

 

自閉症のお子さんの脳構造の異常については、これまで主にCTスキャンを用いて研究されてきましたが、運動を調整する小脳に異常があることが比較的共通した所見として明らかになっています。さらに最近の医療機器の進歩により、与えられた検査をしているとき、脳のどの部分が使われているのかが見えるようになりました。機能的核磁気共鳴画像(fMRI)というのがその検査です。この検査で、自閉症のお子さんは、表情の認知に問題があるという興味ある結果が認められました。笑いから怒りにいたるまでのいろんな表情を見せてそのときに脳のどの部分が活動しているか調べた結果、自閉症のないお子さんたちが表情を見たときに働かせる脳部位の活動が自閉症のお子さん方では低下していました。これはヒトの表情から情緒や思考を読み取る能力が不足していて、それで他人との関係が築きにくいのではないかという仮説につながります。このような脳の働きを調べる研究を進めています。

 

これまでご説明しましたように、東大病院精神神経科では遺伝子、環境物質、脳画像ならびに発達心理学の各分野で自閉症の原因やメカニズムを明らかにするための研究を始めています。これらの研究により原因がすぐさま解明されるわけではありません。十分な結果が得られるには長い年月が必要かと思います。しかしいずれは、原因が明らかになり、治療改善や予防確立につながるものであり、できるだけ早く開始すべき研究であると考えています。
これらの研究を進めるには、スタッフの努力と熱意ともに多くの患者さんとご家族のご協力が必要不可欠です。もしご関心をお持ちいただけるようでしたら、ご質問なり何なり、ぜひとも担当医やスタッフまでお声をかけ下さい。