細胞膜リン脂質
【細胞膜リン脂質】
細胞膜は脂質二重層構造をとっており、外層と内層リン脂質で組成が異なります。「膜リン脂質の非対称性(asymmetry)」と呼ばれる構造で、細胞膜のみならずミトコンドリアやゴルジ器官などを含む真核細胞の生体膜に共通して見られる構造です。通常では、外層にはホスファチジルコリン(phosphatidylcholine; PC)やスフィンゴミエリン(sphingomyelin; SM)などの中性リン脂質が、内層にはホスファチジルエタノールアミン(phosphatidylethanolamine; PE)やホスファチジルセリン(phosphatidylserine; PS)、ホスファチジルイノシトール(phosphatidylinositol; PI)などの陰性荷電を帯びた酸性のリン脂質が多く含まれています。

【血小板活性化と細胞膜リン脂質】
血小板が活性化されると、この膜組成が変化し、内層に多くあったホスファチジルセリンなどが外層に、外層にあったホスファチジルコリンなどが内層に移動します。この現象をフリップ・フロップ(flip-flop)現象と呼びます(flip-flop=180度方向転換する)。
脂質分子は、同じ層内の平面方向には比較的自由に動くことができます。しかしリン脂質は水溶性の頭部と脂肪酸からなる尾部から構成されていますので、内層のリン脂質が外層に頭を出すためにはかなりのエネルギーを要します。このためこのフリップフロップが起きるためには何らかの蛋白質(輸送分子)の助けが必要となります。この様な蛋白質には、ホスファチジルセリンを内向きに(形質膜外層から内層へ)輸送するフリッパーゼ(アミノリン脂質トランスロケース)や、カルシウム依存的にリン脂質を両方向に輸送するスクランブラーゼがあります。これらの蛋白質やフリップフロップ機構には不明な点の方がまだまだ多い様ですが、いくつかの蛋白質がフリップフロップ機構に関与していることが判明しており、その一つであるTMEM16F(Transmembrane protein 16F)がスクランブラーゼとして作用しています。血小板のプロコアグラント異常で出血傾向を呈するScott症候群はこのTMEM16Fの異常症と考えられています。TMEM16Fおよびフリップフロップ機構の詳細はhttp://first.lifesciencedb.jp/archives/1809にまとめられています。なおこの様なホスファチジルセリンの様な陰性荷電を帯びたリン脂質が表面に出てくる現象は血小板に限らず認められ、特にアポトーシスに陥った細胞で起こり、マクロファージによる捕食を惹起するため「eat-me-signal」とも呼ばれています。
血小板の場合、活性化によりホスファチジルセリンの様な陰性荷電を帯びたリン脂質が表面に出てくると、凝固因子の中でビタミンK依存性蛋白と呼ばれるγ-カルボキシグルタミン酸(Gla)ドメインを持つ蛋白質がカルシウムイオンを介して活性化血小板表面に集積します。この様な凝固因子としては凝固第X因子や凝固第IX因子、凝固第II因子(プロトロンビン)があり、また凝固制御因子としてプロテインCやプロテインSが挙げられます。凝固第VII因子もGla構造を持っていますが、活性化血小板表面に結合するのか、またその結合に意味があるのかは不明です。
凝固因子が活性化血小板に集積することは、止血血栓形成部位において凝固反応が液相中の反応(3次元空間での反応)から固相表面での反応(2次元空間での反応)に変わることを意味し、このことは例えば酵素としての活性型凝固第IX因子が基質としての凝固第X因子を活性化する場合、両者の分子が出会う確率が格段に上昇することを意味しています。さらに活性化血小板の膜へと移行した補酵素としての凝固第VIII因子が存在することで、凝固反応は数十万倍の速度へと促進されます。
一方凝固活性化が進行した場合のプロテインC/プロテインS系による制御(凝固第VIII因子および凝固第V因子の不活化)も活性化血小板上で起こり、活性型プロテインC製剤を投与しても流血中の凝固第VIII因子や凝固第V因子の分解や出血傾向が出現することはありません。