ビタミンK依存性蛋白質
【ビタミンK依存性蛋白質(ビタミンK依存性凝固因子・凝固制御因子)】
ビタミンKサイクル
脂溶性ビタミンの一つであるビタミンKが補酵素として作用する、γ-カルボキラーゼによって産生されるγ-カルボキシグルタミン酸(Gla)残基を持つ蛋白質群をビタミンK依存性蛋白質と呼びます。
通常、安定な酸化型(quinone form)で存在するビタミンKは、細胞内に入るとビタミンK還元酵素(vitamin K reductase)の作用よって還元型(hydroquinone form)となります。γ-カルボキラーゼこの還元型ビタミンKを補酵素として用いながら、対象となるグルタミン酸残基のγ位から水素を引き抜き、1分子のCO2を添加します。この反応の結果、グルタミン酸残基は二つの-COO-を持つGla残基に変換されます。この時、ビタミンKは還元型からエポキシド型(epoxide form)に酸化されます。エポキシド型ビタミンKはビタミンKエポキシド還元酵素(vitamin K epoxide reductase;VKOR)の作用によって還元され、酸化型となり再びγ-カルボキラーゼの補酵素として作用されます。この様な反応形をビタミンKが酸化還元反応を通じて再利用されるためビタミンKサイクルと呼ばれます。
この様な反応系によって修飾を受けた蛋白質をビタミンK依存性蛋白質と呼びます。凝固因子の中では凝固第II因子(プロトロンビン)、凝固第VII因子、凝固第IX因子および凝固第X因子が含まれ、凝固制御因子ではプロテインCやプロテインS、プロテインZが含まれます。また骨代謝において重要な役割を果たしているオステオカルシンなどもビタミンK依存性蛋白質として知られています。


【Gla残基の役割】
Gla残基は、ビタミンK依存性蛋白質のN末端近傍にが9-13残基します。このGla残基を含む45残基前後のN末端領域をGlaドメインと呼びます。Gla残基は-COO-構造を2分子持ち、陰性荷電を帯びています。カルシウムイオン(Ca2+)がGla残基に結合すると、Glaドメインの立体構造が変化し、N末端に疎水性ループが形成されると考えられます。さらに、Gla残基はCa2+を介して活性化血小板の表面に露出したホスファチジルセリンのセリン頭部と結合します。この疎水ループ出現とGlaドメインを介したホスファチジルセリンとの結合によって、ビタミンK依存性蛋白質は活性化血小板表面などの特異的なリン脂質膜との結合が促進され、活性化血小板などホスファチジルセリンを露出した細胞膜表面にのみ集積・局在化します。
ビタミンK依存性凝固因子および凝固制御因子のプロテインCは、活性中心にセリン残基を持つセリンプロテアーゼと呼ばれる切断酵素です。この酵素反応は補酵素(凝固第IX因子に対する凝固第VIII因子など)が存在するとその反応速度は数十倍に促進されますが、さらに反応の場として補酵素とともにホスファチジルセリンが存在すると、反応速度は数万倍から数十万倍に促進されます。


【ビタミンK欠乏状態とビタミンK依存性蛋白質】
ビタミンK欠乏状態になるとビタミンK依存性蛋白質の前駆蛋白質に対するγ-カルボキラーゼの作用は不十分となり、Gla残基を有しないビタミンK依存性蛋白質が形成されます。この様な蛋白質を、PIVKA (protein induced by Vitamin K absence or antagonists)と呼び、PIVKAの後に本来産生される凝固因子の番号(もしくは略号)を付けるルールとなっています。例えば本来プロトロンビンになるべき蛋白質がPIVKAとなった場合はPIVKA-IIと呼び、プロテインCとなるべき蛋白質がPIVKAとなった場合をPIVKA-PCと呼びます。PIVKAとなった凝固因子・凝固制御因子は不十分なGla残基しかないため、活性化血小板に結合することができず、その凝固活性または凝固制御活性をほとんど有しません。このためビタミンK欠乏状態では出血傾向もしくは血栓傾向を呈することになります。オステオカルシンもビタミンK欠乏状態になると、骨代謝に対する作用が低下します。このため低カルボキシル化オステオカルシンが上昇し、骨粗しょう症発症に関与しますし、また妊娠中の母体がビタミンK欠乏状態になると胎児の骨発達異常を合併する場合があります。


【ワルファリンとビタミンK依存性蛋白質】
ビタミンK依存性凝固因子・凝固制御因子
因子名 分子量
(Da)
血中濃度
(nM)
半減期
(hr)
プロトロンビン 72,000 1500 100
凝固第VII因子 50,000 10 5
凝固第IX因子 56,000 70 24
凝固第X因子 59,000 170 65
プロテインC 62,000 65 6
プロテインS 80,000 140 60
ビタミンKはγ-カルボキラーゼの補酵素としてビタミンKサイクルを介して再利用されています。しかし、このサイクルをワルファリンは阻害します。
ワルファリンビタミンKサイクルの中でVKORを阻害するアンタゴニストです。ビタミンK還元酵素も阻害し得ますが、かなり高濃度でしか起こらない現象です。ワルファリンを投与すると、VKORの阻害の結果、ビタミンK依存性凝固因子の濃度が低下します。その結果、抗凝固作用を発揮しますが、同時に凝固制御因子であるプロテインCなども低下するための抗凝固脳も低下します。このためワルファリン使用では適切な量を用いることが重要になります。
表に示す様に凝固因子の半減期は大きく異なるため、ワルファリン投与直後に低下するのは凝固第VII因子とプロテインCです。凝固第VII因子は先天性凝固第VII因子欠損症で示される様に、軽度〜中程度の低下では出血傾向・抗凝固機能はていしません。一方プロテインCはヘテロの欠損症、すなわち50%程度の低下でも血栓素因となります。したがって、ワルファリン投与直後の病態ではワルファリンによって抗凝固療法を施行しているにも関わらず、全体としては向凝固(procoagulant)の方向に向かいます。時間とともに凝固第X因子などの他の凝固因子の低下が惹起されますので向凝固と抗凝固(anticogulant)が同じ状態になり、最終的に抗凝固の状態になります。このため、ワルファリン導入時にはヘパリンなどの別の抗凝固療法下で行い、ワルファリンの治療の指標となるINR-PTが目的の値になった後、2-3日は両者の併用し(ヘパリンブリッジングと言います)、その後ワルファリン単独に変更します。
また逆に、ワルファリンを用いた治療中に、緊急でその効果を中和し泣けてばならない場合は、ビタミンKの投与でPTは改善するのもの、凝固第X因子やプロトロンビンなどの回復には時間がかかるため、ビタミンK依存性凝固因子の濃縮製剤である「ケイセントラ」などの使用が必要となります。