ヘモグロビン
【ヘモグロビン】
ヒトヘモグロビン(Hb)は、ヘムとグロビンが結合し会合して四量体を形成した赤色の複合蛋白です。グロビン鎖には141個のアミノ酸よりなるα鎖と、146個のアミノ酸よりなる非α鎖(β、γ、δ)があり、α鎖と非α鎖とは、通常、互いに過不足なく均衡をとって合成されています。健常成人の赤血球中のヘモグロビン組成は90%以上がHbA (α2β2)で約2%の HbA2(α2δ2)、1%以下のHbF(α2γ2)です。このほかにHbAが糖と結合したHbA1が約7%存在します。各グロビンのサブユニットの疎水性ポケットには1個のヘムが結合しており、Hbは計4個のヘムを持っています。
ヘモグロビンは代表的なアロステリック効果を持つ蛋白質です。アロステリック効果とは、酵素や受容体などの蛋白質の機能が、エフェクターと呼ばれる他の化合物が標的蛋白質の活性部位やリガンド結合部位ではない部位(アロステリックサイト)に結合することで、調整される現象です。エフェクターによって標的蛋白質の立体構造が変化することで起きます。ヘモグロビンの場合は、やや複雑で、それぞれのヘモグロビン蛋白(例えば、HbAにおける一つのヘムとα鎖)は酸素との結合には一定の平衡定数が存在します。しかしそのヘムに酸素が結合すると、グロビン鎖(α鎖)の立体構造が変化し、その変化は、残りのグロビン鎖(もう一つα鎖とβ鎖)の立体構造を変化させます。この変化によってそれぞれのヘモグロビン蛋白に存在するヘムの酸素結合定数が変化し、酸素と結合しやすくなります。同じヘム蛋白でも、ミオグロビンのそれぞれのヘムにはヘモグロビンのようなアロステリック効果はありませので、ヘムの酸素結合と酸素濃度の間の関係は単純な濃度依存関係です。これに対して、ヘモグロビンのヘムの酸素結合と酸素濃度の関係はS字状の変化を示し(シグモイドカーブ)、このような作用により、酸素濃度の高い所では単独のヘムよりも効率的にヘモグロビンは酸素を取り入れることができます。
またこのヘモグロビンの平衡定数はpHや温度などによって変化します。二酸化炭素が多い環境(末梢組織)では二酸化炭素が水と反応し、重炭酸イオンとなり、赤血球内のpHが低下します。この結果、ヘモグロビンの酸素親和性が低下しヘモグロビンは酸素を解離しやすくなります(酸素解離曲線の右方変移と呼びます)。また温度が上昇した場合や、解糖系の中間体である2,3-ビスホスホグリセリン酸塩(2,3-BPG)の濃度が上昇した場合も酸素解離曲線の右方変移が起こります。このような現象をボーア効果(Bohr effect)と呼びますが、酸素需要が亢進してる部位(内呼吸が亢進している部位)でヘモグロビンは酸素を遊離しやすいという合目的な反応と考えられます。

【ヘモグロビン異常症とサラセミア】
健常成人の赤血球中のヘモグロビンの大多数を示すHbAはそれぞれ2本の141個のアミノ酸からなるα鎖と146個のアミノ酸からなるβ鎖で構成されています。このいずれかのグロビン鎖に異常がある場合をヘモグロビン異常症と呼びます。量的にいずれかのグロビン鎖の形成不全が惹起されている場合をサラセミアと呼び、量的な異常はないものの機能低下症などが認められる場合を異常ヘモグロビン症と呼びます(狭義のヘモグロビン異常症と呼ぶ場合もあります)。本質的にはサラセミアはグロビン鎖の欠損症で異常ヘモグロビン症は変異症です。しかしサラセミアの場合は酸性が正常なグロビン鎖(例えばβサラセミアではα鎖)が蓄積変性し、赤血球膜障害などを引き起こし溶血を合併する場合があります。一方異常ヘモグロビン症でも一部の変異では(鎌状赤血球症など)では変性し赤血球膜障害を引き起こし溶血を合併する場合もあります。