サラセミア
【サラセミアとは】
ヘモグロビンを形成する4つのグロビン鎖(α鎖、β鎖、γ鎖、δ鎖)のうち1つの鎖の産生が低下している病態で、ヘグロビン鎖の不均衡なために生じる遺伝性疾患群です。
α鎖異常によるものをαサラセミア、β鎖異常によるものをβサラセミアと呼び、この2つの蛋白異常が多くを占めます。稀にγサラセミアやδサラセミアも存在し、β鎖とδ鎖がともに異常を呈するδ-βサラセミアも存在します。また変異が対立遺伝子の一方だけか両方かによっても分類し、ヘテロの異常症をサラセミアマイナーと呼び、ホモの異常症もしくは複合ヘテロで同一種類のグロブン産生が低下している場合をサラセミアメジャーと呼びます。この二つの組み合わせで疾患を分け、例えばαサラセミアメジャーやδ-βサラセミアマイナーなどと呼びます。またサラセミアマイナーは遺伝学的にはヘテロの異常であるのでサラセミアヘテロ、サラセミアメジャーはホモの変異ですので(複合ヘテロの可能性もありますが)サラセミアホモと呼ぶ場合もあります。
αサラセミアはアフリカ系のいわゆる黒人と呼ばれる方に多く、βサラセミアは地中海地域と東南アジア地域出身の人に多くみられます。サラセミアは鎌状赤血球症と同様にマラリアに対する抵抗力が高いことが示唆されており、疾患頻度の高さと関連が示唆されます。
本邦でもαサラセミアは一般人の2500人に1人程度、βサラセミアは一般人の1000人に1人程度と言われ決して稀な病態ではありません。

【遺伝形式】
常染色体顕性(優性)遺伝形式をとりますが、サラセミアマイナーでは軽度の貧血のみもしくは全くの無症状の方も多いため、家族歴だけでは遺伝形式がはっきりしない場合もあります。

【臨床症状】
疾患の多くを占めるαサラセミアマイナーおよびβサラセミアマイナーでは、軽度の貧血が認められるのみです。
αサラセミアメジャーでは中等度から重度の貧血の症状が現れ、疲労感や息切れ、蒼白など症状や脾腫および脾腫に伴う腹部の膨満感や不快感などを呈します。
βサラセミアメジャーはクーリー貧血(Cooley anemia, Cooleyは病態を解析した研究者の一人の名前です)とも地中海貧血(地中海沿岸に多かったため)とも呼ばれる貧血です(後の二つの呼び名は使用されなくなってきているようです)。一般に貧血の程度は重度であり、臨床的には疲労や脱力感、息切れなどの症状が現れます。βサラセミアでは相対的に過剰となったα鎖が蓄積することになりますが、α鎖だけでは四量体は形成することができません。このため蓄積したα鎖は重合することなく赤血球膜障害を招き溶血性貧血を合併すると考えられています(β鎖はホモ四量体を形成することができることが、αサラセミアではβサラセミアに比べ溶血症状は強くない理由と考えられています)。この溶血に伴う黄疸や胆石などもみられることがあり、また脾腫も認められます。骨髄の活動が過剰になり、特に頭部と顔面の骨が厚く大きくなります。腕と脚の長管骨が弱くなり、骨折しやすくなります。小児は成長が遅く、思春期に達するのが正常より遅れます。鉄の吸収量が増加する場合があることに加え、頻繁な輸血が必要になる場合もあり、結果として鉄過剰状態となり心不全など生命予後に影響する場合もあります。

一般的にサラセミアの重症度は
αサラセミアマイナー
βサラセミアマイナー
αサラセミアメジャー βサラセミアメジャー
となります

【検査所見】
小球性貧血
鉄欠乏性貧血との鑑別が重要です。一般に血清鉄や鉄結合能は正常です。また、赤血球数の増加が鉄欠乏性貧血に比べ著しいことが多く、しばしば50x106/μL以上になります。しかし鉄欠乏性貧血との合併例も必ずしも珍しくはありません。

ヘモグロビン電気泳動検査
βサラセミアでは相対的に他の非α鎖が増加するため、HbFやHbA2が増加します。増加の程度はβサラセミアマイナー(ヘテロ異常)でHbFが3-5%の増加、βサラセミアメジャー(ホモ異常もしくは複合ヘテロ異常)で60%程度の増加と言われています。またβサラセミアの一つであるδ-βサラセミアではδ-βサラセミアマイナーで10-20%、δ-βサラセミアメジャーで100%近い異常を示します。αサラセミアではHbFは必ずしも増加せず、特にαサラセミアマイナーでは正常範囲内の値を示します。

【治療】
サラセミアマイナーなどでは治療介入する必要はありません。
サラセミアメジャーでは、輸血が必要になる例があります。また脾腫のため脾臓摘出が必要な場合や、鉄過剰状態改善のため鉄キレート療法が必要な場合があります。重症サラセミアでは幹細胞移植が必要な例もあります

【その他】
サラセミア(thalassemia)は、ギリシア神話の女神であるタラッサ(Tarassa)/タラッタ(Talatta)から由来しています。タラッタはギリシア神話に登場する海を神格化した原初神で、文学作品などでは地中海を擬人化したものとして登場するそうです。サラセミアは地中海沿岸に多い貧血のため、thalassemiaと命名されたということです。海王星の惑星の一つにタラッサという名前の衛星があります。