研究概要

2010年に臓器の移植に関する法律が改正されて以降、ご両親の意思に基づいた18歳未満の小児の脳死下臓器提供は35件(2019年7月15日時点)に至ります。

小児の脳死下臓器提供に関しては、子どもに適した脳死判定基準、子どもの意思表示をどう確かめるか、どのようにして被虐待児を除外するのかなど、長きに渉り多くの課題が指摘されてきました。

本研究では、日本全国でこれまで18歳未満の小児からの脳死下臓器提供を経験し、施設名を公表された医療機関へ出向き、当時臓器提供を担当された医療従事者の方々から直接そのご経験を伺うことを中心にして、課題の抽出と改善策を立てるための調査を行っています。

提示された課題を、救急初期診療・法的脳死判定・虐待の除外・家族ケア・小児の意思表示の5種別に分類し、現行の法的脳死判定マニュアル等と照らし合わせを行いながら検討を加えます。

小児の脳死判定の実践や、小児の終末期に際してどのように家族支援を行うか学ぶための資料の作成、小児の臓器提供を実施するにあたり必要な知識を得るための包括的な教育ツールの作成を目的としています。

研究の趣意

わが国において脳死下臓器提供が開始されてから20年を経て、年間の臓器提供件数は緩徐ながらも増加の一途にある。改正法の施行により小児の臓器提供が可能となり、2010年7月17日以降18歳未満の小児の臓器提供は35件(2019年7月15日時点)を数える。本研究では、これまで18歳未満の小児からの脳死下臓器提供を経験し施設名を公表した医療機関より聴き取り調査を行い、小児の脳死下臓器提供の課題を抽出する。提示された課題は各々、救急初期診療・法的脳死判定・虐待の除外・家族ケア・小児の意思表示と5種別に分類し、現行の法的脳死判定マニュアル等と照らし合わせを行う。特に被虐待児の除外に関わる経緯、家族ケアに関わる経緯については重点を置いて検討する。令和元年度は、概して10施設から聴き取りを行った後、逐語録を作成し問題の分類を行う。また日本臓器移植ネットワークより匿名性に留意されたデータを借用し、小児脳死下臓器提供の傾向を示す。定量的データに関しては標準的統計手法を使用し、定性的データや意見などは質的研究の手法を用いて研究する。一定の傾向を示した時点で子どもの脳死と臓器提供に関するシンポジウムを開催し、研究結果について報告を行う。また抽出した課題を一元的に網羅した教育ツールを開発する。令和2年度は、教育ツールを用いたセミナーや研修会を実施し、意見をまとめながらハンドブックなど診療支援を可能とする成果物を作成する。脳死判定手順の効率化やより良い家族ケアを実現するための方策を提言し、具体的な現場の負担軽減に寄与するところを目指す。
子どもやその家族が臓器移植について考える機会を設けることを主眼とした研究を行う。平成30年度は、例年中学3年生に配布されている移植医療に関するパンフレットの改訂を行った。また道徳授業の一環として実際に行われた「いのちの授業」を撮影し、自己学習用ツールを作成した。令和元年度は、改訂パンフレットに関するアンケートを実施し更なる改訂を図る。令和2年度には自己学習ツールや改訂パンフレットを用いた模擬授業を試み、客観的な評価を通して継続的発展が可能な成果物の作成を目指す。移植医療に関する情報提供に止まらず、令和元年度からの中学道徳授業必修化に併せ授業導入を目指した指導案・ワークシート作成を急務とする。以上の取り組みを通し教師・生徒間、家庭内において生命倫理観が醸成されるための基盤作りを目指す。

脳死下臓器提供数は年々増加傾向にあるが、18歳未満の小児からの提供の割合は低い。本研究では、小児脳死下臓器提供の制度と実施の行程を改めて見直し、問題点を解決するための考察と提言を大枠の目的としている。特に被虐待児の除外に関する判断がいかに行われてきたか、また小児の家族ケアの特殊性を知り、具体的に参考となる方策に関する解説書を作成することにより、現場の判断に資するものとなることを期待する。予期せずして提供の意思が提示された場合、体制不備を理由に申し出を断るなどの事例が減少し、解説書を軸として対応策が練られ、実際の提供に至る施設が出現することも期待する。今回の調査は原則として実際に脳死下臓器提供を経験した施設を対象としているため、現実的な視点で資料を活用出来る利点がある。一方、道徳授業など学校教育の場で移植医療について考える機会を提供することによりいかなる成果が得られるかについては、現在厚生労働省が中学生向けに配布しているパンフレットや模擬授業の展開を通して評価される。令和元年に指導案・ワークシートを完成し、授業実例の紹介や教育セミナーを通して周知を図る。令和2年度は使用実績を高めるため、適宜内容のビルドアップを行う。令和2年度は、成果として移植医療に関する授業の実施がどのように変化したかについて追跡を行う。

研究の体制

(1)研究実施体制

研究代表者は研究分担者と協議の上、具体的な研究計画、スケジュールを作成し、研究の進捗管理を行う。全体会議、並びに以下の分科会を設置し研究を進める。

(2)研究計画・方法と年次計画

平成30年度は、国内で過去に小児脳死下臓器提供を行った事を公表した施設(11施設)を対象に、関係者(医師、看護師等)に対するヒアリングを実施した。臓器提供が行われるまでの全行程についてヒアリングを行いデータ集積を開始した。引き続き現行の法的脳死判定マニュアルや制度の解釈のうち、小児に関する部分に着目して、臨床現場における課題を分類し実効的対策を検討する計画である。また抽出された問題点から脳死下臓器提供の円滑な実施における律速因子について検討を重ね、マニュアル上に新たな註釈を示すなど包括的報告書の作成を目指す。

令和元年度は分担班の調査に関する報告書の編纂と総合的な教育プログラムの開発を行う。日本小児救急医学会脳死判定セミナーにおいて完成した教育プログラムを用いて教育を実践し、内容や効果について講師や参加者から評価を受ける。評価を基にした改訂を行い令和2年度には臓器移植関連学会協議会等の承認を受けるなどの手続きを経て、正規の教育プログラムとしての完成を目指す。脳死下臓器提供の実施において律速因子と考えられた問題は、質疑応答集や現行マニュアルの解説集において解説を行う。令和2年度は、質疑応答集やマニュアル解説集について学会・学会HP等で周知を行いながら、小児における臓器提供実施手順の共通認識の確立を目指す。

分担班ごとの研究テーマを以下に示す。

  1. 荒木班;国内における小児脳死下・心停止下臓器提供事例における研究
    これまで国内において実際に行われた小児の脳死下・心停止下臓器提供事例について、救急初期診療・法的脳死判定・虐待の除外・家族ケア・小児の意思表示の5段階に分け、ヒアリング調査により成人の提供事例と比較した上で律速因子を抽出する。段階毎の問題点を既存の法的脳死判定マニュアルと照合し、各問題点に対する実効的解決策を検討しながら医療従事者用の教育プログラムを開発する。
    令和元年9月には虐待の頭部外傷に関する国際シンポジウムにおいて学会発表を行う予定である。内容は日本の小児脳死下臓器提供における被虐待児の除外に関するものであり、海外との比較を通して広く意見を収集する予定である。
  2. 西山分担班;重症小児救急事例の発生頻度と初期診療における家族の意思確認に関する研究
    脳死下臓器提供事例に至る前の段階として、重症小児救急事例が存在する。平成29年度厚労科研採用課題の中で、名取分担班員により病院に救急搬送された重症患者に対する家族の意思に関する研究が行われているが、成人以上に小児の救急搬送例においては家族の意思確認が重要となる。本研究では、脳死に至る前の段階としての小児救急現場における現状把握に関する研究を行う。
  3. 種市分担班;被虐待児の除外に関する研究
    小児からの臓器提供を行う際には、施設において虐待の有無を確認する必要がある。身体的虐待だけでは無くネグレクトの除外等を含め、確認項目は多岐に及ぶ。現在被虐待児を除外するためのマニュアルが広く使用されているが、現場における課題も大きい。これまで脳死下臓器提供に至った事例において、被虐待児の除外のために施設で開催された虐待防止委員会等における議事録から、争点をまとめることで、現場における負担の軽減を図る。
  4. 多田羅分担班;小児の終末期医療の実践に関する研究
    小児の終末期医療の実態調査は、個別に対応されることが多いことから、未だ広く行われていないのが現状である。②の研究と同じく、脳死状態にある小児患者だけではなく、小児に対する終末期医療に関する現状調査を広く行うことで、脳死状態にある患者の意思決定に及ぼす影響因子について同定することが可能となる。
  5. 別所分担班;小児脳死下臓器提供における家族ケアに関する研究
    小児の終末期医療における家族ケアは最優先事項である。子どもを失う家族の悲嘆の特殊性については過去様々な報告があるが、脳死下臓器提供における場合も多くの共通点を有する。臨床心理士が入院早期から家族ケアに携わる利点を生かし、④の研究と並行しながら、新しい家族ケアのあり方について明確な指針を設けることを目的とする。
  6. 日沼分担班;小児脳死下臓器提供における看護ケアに関する研究
    小児脳死下臓器提供における看護職は、救急室、集中治療室、手術室、あるいは看取り後のケアなど多岐にわたり各々異なった役割を有している。段階毎の問題点を抽出し、各問題点に対する解決策を講じ、全ての課題を反映させた形での看護職用教育ツールを開発する。また、②、④における研究を家族ケア・看護ケアという観点で実施する。
  7. 瓜生原分担班:「生命の尊重」に関する教育支援ツールの開発
    文部科学省の中学校学習指導要領の改訂に伴い、道徳科の必修化され、8社の教科書において、「生命の尊さ」の題材として臓器移植が取り上げられている。そこで、中学教諭が臓器移植を題材に「生命の尊さ」に関する授業を円滑に実施できる教育支援ツールの開発などをとおして環境整備を行う。
    平成30年度は、教育現場における臓器移植を題材として授業について、実態調査を行い、既に授業を実践している佐藤毅氏(研究協力者)の授業実例とその解説の動画を作成した。令和元年度以降は、それに加え、多様な授業実践例と授業指導案、ワークシートを集積する。それらを教育セミナーにおいて模擬授業として紹介し、双方向のワークショップを通して、初めての実践に資する展開を行う。また、これらを「授業実例集」としてまとめ、研究班HP上に公開し、教育者へ周知をするとともに、教育現場からの意見を踏まえ、指導案、ワークシートの改訂を行う。関連学会や研修会等で授業指導案、ワークシートの評価を行い、内容についての合意形成を図る。
    一方、全国の中学3年生を対象に、厚生労働省より臓器移植に関するパンフレットが配布されているが、配布時期やパンフレットを利用した指導要綱がないといった理由から、実際の授業で用いられることは少ない。パンフレット内容の改訂を行うとともに、各生徒の手元に届き、授業で活用される指導要綱を策定し、水平展開を実施する。

平成30年度は文部科学省の学習指導要綱における「いのちの教育」を重視する方向性に準じ、道徳授業必修化を見越した教育ツールの開発について検討した。また、厚生労働省より全国の中学3年生を対象にパンフレットが配布されているが、配布時期やパンフレットを利用した指導要綱がないといった理由から、実際の授業で用いられることは少ない。平成30年度はパンフレット改訂を行い、令和元年度以降は、佐藤分担班が授業実例を提示したビデオの視聴や実際の模擬授業を通して教育者への周知と検討を重ね、実際の授業内容として更なる展開を期待し観察する。

教育セミナー・パンフレット改訂については、瓜生原分担班の広報活動に寄与するところが大きい。学校教育における普及啓発は、学校や教育指導者への資料配布などが中心であったが、高校生や大学生も含めた広く対象への啓発が実践できる内容となった。移植医療の普及啓発活動に実績があることから、斬新な手法にて広報活動を実施する。平成30年度は移植医療を取り上げる場合の授業指導案やワークシート作成に着手した。令和元年度中には、指導案、ワークシートを研究班HP上に公開、教育セミナー参加者等の教育者への資料の配付(CDによる配布)を行った後、各々内容についての意見を収集する。令和元年度は、教育現場からの意見を踏まえ、指導案、ワークシートの改訂を行う。関連学会や研修会等で指導案、ワークシートの評価を行い、内容についての合意形成を図る。

厚生労働科学研究費補助金 移植医療基盤整備研究事業
「小児からの臓器提供に必要な体制整備に資する
教育プログラムの開発」研究班

埼玉医科大学 総合医療センター
住所 〒350-8550 埼玉県川越市鴨田1981
電話番号 049-228-3400(総合インフォメーション)
問い合わせ先 高度救命救急センター 荒木尚(あらきたかし)