脳血管内治療

概要

脳血管内治療とは脳の病気に対して、皮膚を切ったり頭蓋骨を割ったりすることなく、血管の中からアプローチする新しい手術法です。もともと脳血管撮影という、脳の血管をカテーテルと造影剤を使って撮影する検査から発展した手術法です。全身の血管は大動脈を介してすべて繋がっているため、足の付け根や肘の内側の血管など、体の表面近くを通る太い血管からカテーテルを挿入し、大動脈を通じて脳の血管まで進める事が出来ます(心臓のカテーテル検査も同様に心臓に進めます)。手術の際は検査用のカテーテルの中に、さらに細いカテーテルを入れ、病気のある部位(首や頭の中の血管)まで進めていき、様々な道具や薬品を用いて病気を治療します。1990年代以降カテーテルなどの道具の改良に伴い急速に広まっており、現在日本全体では年間1万件以上の脳血管内治療が行われています。

様々な疾患が血管内治療の対象となっていますが、主に金属コイル・接着剤などを使って病変部を閉塞し、出血を予防する手術(脳動脈瘤、脳の血管奇形などが対象)と、狭くなった血管を拡げて血液の流れを改善させ脳梗塞を防ぐ手術に大別されます。

手術法に関して

通常最初に足の付け根か、肘の内側の動脈にシースと言われる短いチューブを入れ、その中を通してガイドカテーテルと呼ばれる直径3mm程度のチューブを首の動脈まで誘導します。さらにガイドカテーテルの中にマイクロカテーテルと言われる1mm強の非常に細いチューブを通して脳の病変部に到達させ、金属コイル等を挿入して病変部を閉塞させます。血管を拡張させる場合は、マイクロカテーテルの代わりに、拡張用の風船の付いたカテーテルや、ステントと言われる金属製の筒を病変に通して血管を拡げます。

この治療法の利点は、一般的な開頭術による外科手術に比べ、患者さまに加わる侵襲が極端に少ないこと、開頭手術での治療が困難な脳の中心部分でも、周辺の脳への影響を与えずに到達が可能であること、総じて入院期間が短いことなどです。また全身麻酔で行われることも多いですが、局所麻酔でも可能であり、麻酔をかける事が危険な高齢者や、心臓や肺の悪い人などには非常に有用な方法です。

適応

治療対象は脳動脈瘤、脳動静脈奇形、硬膜動静脈瘻等の出血性病変や、頭や首の血管の狭窄症(血管の細くなった部分で血液の流れが悪くなったり、小さな血液の塊が出来て末梢の血管に詰まったりして脳梗塞の原因となります)が主な物です。このほかにも脳腫瘍の術前に、手術中の出血を減らすため栄養血管を閉塞させたり、血管奇形や外傷に伴う鼻出血の治療などに応用されることもあります。また脊髄の血管病変に対しても血管内手術は可能です。手術に使われるカテーテル、コイルなどの道具は近年めざましい進化を遂げており、対象疾患が拡大していく傾向にあります。

合併症

この治療法の大きな合併症の一つとして、血管が血栓(血液の塊)により詰まってしまうことが挙げられます。病変部を直すために挿入する金属コイルや、カテーテルは人体にとって異物であり、その表面に血液が付着して血栓ができたり、もともと血管壁に付いていた血栓がカテーテルによって剥がれたりして、血管を閉塞させてしまうことがあります。この合併症が起きにくいように手術中はヘパリンという血液が固まらないようにする薬剤を使用しますが、逆にその薬のために、肘や足の付け根の血管を刺したところから出血したりすることもあります。また脳動脈瘤などの手術中に病変から出血した際、どうしても血管の中から出血がコントロールできないときは開頭術に切り替えなければならないことが有ります。近年そういった手術中の合併症も含めた脳動脈瘤や頚部の血管狭窄症などに関して、従来の直接切開手術との比較研究の結果が発表されましたが、結果は血管内治療の従来との治療の間に差はなく有用な治療法であることが証明されました。これらの合併症以外に、造影剤や金属に対するアレルギーが問題となる場合もありますが、造影剤による重篤な合併症の発生率は0.04%程と言われています。

トピックス

脳動脈瘤に関して

脳動脈瘤が破裂するとくも膜下出血を起こします。再出血は致命的であり、病院到着時に手術可能な状態であった場合は緊急で再出血予防の手術が行われています。従来は開頭してクリップを脳動脈瘤の根本にかけるクリッピングといわれる手術が第一選択でしたが、2002年にLancetに発表された論文では、クリッピング術と血管内治療を各1000例以上比較したところ、血管内治療の方が破裂脳動脈瘤患者の1年後の生活レベルを向上させると結論されています。これはヨーロッパの病院を中心とした研究であり、そのまま日本に当てはめるわけには行きませんが、血管内治療がクリッピング術と比べても急性期の成績では劣らない治療で有ることが示されました。

頚部頸動脈狭窄症に関して

頚部頸動脈狭窄症に対しては、標準的な治療として”頸動脈内膜剥離術(以下CEA)“と言う、首の部分を15cmほど切開して血管を露出し、狭窄の原因となっているアテロームと言われる血管壁に付着したゴミを取り除く手術が広く行われてきました。近年海外ではこの手術の危険性が高いとされていた患者さまに対して、ステントと言われる筒状の金属を留置して血管を拡張する手術が行われています。

昨年米国の学会で、手術危険患者において、CEA群とステント留置術群を、無作為に振り分けて、どちらが有効かを検討したSAPPHIRE(Stenting and angioplasty with protection in patients at high risk for endarterectomy)といわれる研究結果が報告されました。米国の29施設で行われたこの試験の対象は、1)無症状の80%以上の狭窄症、2)症状の出ている50%以上の狭窄症で、手術の危険性が高いと判断された(心不全、冠動脈疾患、肺疾患など)患者さんです。それぞれの治療の専門家がどちらの治療も可能と判断した307人の患者さまをくじ引き試験で無作為に振り分け、30日以内の有害症状(死亡、脳卒中、心筋梗塞)の発生率は、CEA群では12.6%、ステント留置術群では5.8%で、ステント留置術群の方が有意に治療成績は良好でした。 しかしこの治療法は、10年程度の経過しか観察されておらず、日本ではまだ保険の認可が無いため、行える施設に限りがあります。

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